四十一話 ぶっ壊れ性能再び
魔力変換速度200%を発動したスカイは、足元から風を吹かれたように服も髪も重力に逆らって少し反り上がった。
これで詠唱時間は半分に、威力は倍に、消費魔力は半分となる。
ラグナシのみが使える特別な魔法だ。
同時にトリックメーカー『練度違反』も発動し、全魔法の練度を100にまで高めた。
ここから1分間。
スカイの時間との戦いが始まる。
バランガはまだ余裕を見せており、口を開こうとしていたが、スカイは構わず詠唱を開始した。
バランガと違って、スカイには1秒も無駄にしている時間はなかった。
光の性質、中級魔法武器強化。
詠唱時間3秒。魔力変換速度200%により、詠唱時間は1.5秒へ短縮される。
消費魔力400。トリックメーカーで2倍、魔力変換率200%で二分の一。消費魔力量は相殺されて、そのまま400となる。
スカイの総魔力総量999、残り599となる。
「そんなに慌てなくてもいいだろ? 何の魔法を詠唱しているか知らないが、素直にはやらせねーぞ」
バランガの側で浮遊する青いドラゴン、ウォータードラゴンが水の弾を噴き出す。
詠唱を続けながら、スカイは横に飛んだ。
水の弾がわずかに肩をかすめただけで、ダメージらしいダメージは入っていない。
その間に、詠唱も完了した。
レメから借りた刀が透明化していく。
レメの場合激しく光るのだが、スカイの場合は無色の七魔の影響もあってこのような変化になる。
ここから3分間、レメの鋭い刃先を持った刀の切れ味は更に増すことになる。
「なんだあ? その魔法は。まあいい。この試合終わったぜ、スカイ」
スカイが詠唱している間に、バランガも詠唱をしていた。
水の性質、初級魔法水連弾。
詠唱時間1秒。魔力変換速度50%のバランガは2秒要していた。
「食らいやがれ、水連弾! 」
バランガは大量の水の弾を発射させる。
この魔法はスカイにとって想定内の魔法だし、先ほどウォータードラゴンが放ったような高威力でもない。
同じ要領で横にかわすスカイだが、流石に手数の多いこの魔法を完璧にかわすことができない。
それでも有効打となり得るものは一つとして受けていない。
事実、モニターに映し出された魔法障壁のダメージ量はわずか30程度だった。
バランガがなぜ試合が終わったと言ったのか理解できない。
馬鹿な奴とは思っていたが、妄言まで吐くやつだとは思っていなかった。
「スカイ、服濡れているだろう? 」
スカイは構わず魔法の詠唱に入る。
バランガを倒す手順はもう整っている。
「それが終わりだって言ってんだよ」
バランスの側に浮遊するウォータードラゴンが魔力を発揮した途端、スカイは体の異変を感じた。
ズシリと重い。
何かが体にまとわりついてくる。
体を這うように動き回るものの正体は、水だった。
先ほどバランガから受けた水連弾で体はぬらされていた。
その水をバランガのウォータードラゴンが使用したのだ。
「悪いな。俺のウォータードラゴンは使い魔の中でも相当な上位種。選ばれた人間にしか使えないドラゴンなんだわ。体動かないだろう? 半径50メートル以内の水は、今ぜーんぶ俺のウォータードラゴンの支配下だ」
事実水はバランガの意図したとおりに動き回る。
口や鼻を塞げば窒息させることも可能。
しかし、スカイをなぶることが重要なバランガにとって、その手はあまりよろしくない。
水の力で首をまずは思いっきり締め付けることにした。
それがもっとも苦しむと判断してのことだからだ。
体が重く、首も絞められることでスカイは身動きにかなりの制限をかけられることとなった。
当初想定していた勝ちパターンを取ることができなくなった。
作戦を変更する必要が出てくる。
スカイはその場に膝まづきながら、魔法の詠唱に入る。
土の性質、中級魔法身体強化。消費魔力量500。
これでスカイの魔力残高が99となる。
詠唱時間は4秒。それが半分となって2秒で完了となる。
その2秒をバランガも黙ってみてはくれなかった。
再び水連弾の詠唱に入ったバランガ。
2秒後、同時に詠唱完了した二人だったが、水がまとわりついてスカイは水連弾を交わし切れずに幾らか攻撃を受けた。
魔法障壁は200程度のダメージしか受けていない。
しかし、浴びた水の量が先ほどの何倍も多い。
更に外れた水も地面をずるずるとはって近づいてきていた。
ただでさえ時間がないにもかかわらず、更に予断を許さない状況となった。
バランガ絶対優位の体制になって、会場は大歓声に包まれる。
湧き上がるバランガコール。
それに応えるようにバランガが両手をあげた。
バランガは水さえ撒いていればいい。
後はウォータードラゴンが何とかしてくれる。
確かに相性は素晴らしい。
同じ水の性質なら、バランガに太刀打ちできる方法はないだろう。
ただ、それでもスカイには逆転の目が見えていた。
呼吸が苦しいし、体は先ほどの何倍も重い。
身体強化もしたというのに、体の自由度は全く上がっていない。
スカイの勝算は、光速移動でバランガの側に飛ぶことだった。
しかし、残り魔力量99。
消費魔力100が必要な光速移動の詠唱には1足りない。
自然回復を待っているのだが、それには後5秒ほど必要だった。
その間、ただ水に縛られるのを耐えるしかない。
「スカイ、どうだ? 苦しくてもう辞めたいんじゃないか? でもダメだ。魔力障壁にはダメージが通ってないから試合は終わらねーぞ。ふははは、苦しめ。苦しめ。所詮お前はビービー魔法使い。立場をわきまえて大人しく過ごしていれば良かったんだよ」
スカイはニヤリと笑った。
「なんだ? 何がそんなに嬉しい。試合をあきらめたか? それとも実は極度のマゾだったか? 」
スカイはマゾでも、試合をあきらめたわけでもない。
魔力量がたったの1、それだけだがちょうど今回復したのだ。
魔力総量12400もあるバランガからしたら、試合中に魔力量が少量ずつ回復しているという概念すらないのかもしれない。
しかし、魔力総量999のスカイからしたら無視できない影響力を持つ。
そして、それはこの試合においても大きな意味を持った。
光の性質、初級魔法光速移動。
詠唱時間1秒。半分となって、0,5秒で詠唱完了となる。
およそ一瞬の詠唱、バランガには対策しようがない。
何が起こるか分かったところで、水の締め付けを強くするくらいしか手立てはなかっただろう。
つまり、約束された魔法の成功。そしてその後に続く勝利。
スカイはポイントを指定して、飛んだ。
スカイが水に拘束されていた場所に、ばしゃりと大量の水が弾ける。
拘束していた相手が消えたため、ウォータードラゴンが操作を狂わせた。
会場に飛び散る水しぶき。
少しだけ楽し気な悲鳴が湧き上がった。
バランガは姿を消したスカイに驚く。
思考が追いつかない。
何が起きたかもわからず、背後から声を聞いた。
「バランガ、次はペチャクチャ話さず、試合に集中しろよ」
後ろを振り向く時間もなく、バランガは首に衝撃を感じた。
そこには、スカイがレメから借りた刀が叩き込まれていた。
武器強化練度100。身体強化練度100。
魔力変換速度200%により、魔法の威力は倍に。
レメの研ぎ澄まされた刀が急所の首に当たり、魔力障壁は一気に吹き飛んだ。
本来合わさることのない性質違いの魔法が禁断の融合をし、モニターに映し出されたダメージ量、実に10800。
つまりはこの瞬間、試合終了となる。
先程まで大盛り上がりだった会場が一気に静けさに包まれた。
まただ、またビービー魔法使いの試合で訳のわからないダメージ量がたたき出された。
彼らは狐に化かされたかのような顔を一様に見せたのだった。
「そこまで! 」
遅れて試合終了のコールがされる。
喜んでいるレメと、闘技場を立ち去るスカイ。
彼ら以外はまだ思考が追いつかずに、声をあげることもなくその場を動けないでいた。




