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三十九話 あの男はリアルに悪

バランガ・レースはカーテンを閉めた薄暗い自室にて、ソファーの上で踏ん反りかえっていた。

その傍に立つ彼の取り巻きが、ちょうどやってきた来客を迎えにいく。


玄関でのやりとにバランガはほとんど興味を示さない。

何が起きているか分かっているのもあるが、今は頭の中が明日の公式戦で一杯だった。

憎きスカイ・ヴィンセントととの再戦が待ち受けている。


初めて敗れたのは10歳の時。

そして次に敗れたのが15歳。つい先日のことだ。


二回とも目にも見えぬ速さで打ち抜かれた謎の魔法。

おかげで大きく恥をかかされた。しかも、先日の件に至っては鼻の骨を折ってしまっている。今も鼻の骨には固定器具が挿入されたままだ。完膚なきまでに叩きのめされたと言ってよかった。鼻をかむたびに鼻血とスカイへの憎しみが湧き出てくる。

小さい頃から天才の呼び声高かった自分に二度も泥を塗った男、それがスカイだ。

しかも同じく天才の部類ならいいのだが、相手は魔法使いの下も下、ビービー魔法使いなのだ。


絶対に負けてはならない相手に2連敗。

もちろん見ていた者の口は塞いでいるが、こういうのは完全に情報を閉ざすことができない。

バランガはスカイに負けたと影で噂されることが度々あったし、それを腸が煮えくり返るような思いで聞いていた。


おかっぱ頭のバランガは、綺麗に整えられた前髪を指で弄びながら明日のことを考える。

スカイの謎の魔法は封じた。

スカイの兄、スール・ヴィンセントと思惑が被さったこともあり、レース家とヴィンセント家の威光を持ってしてスカイに不正ありと学校側に打診した。

それは思惑通りことが働き、スカイの魔力弾が公式戦で使用禁止となった。


スカイが今まで公式戦で見せた魔法は2種類だけ。

魔力障壁がある公式戦において、有効打撃と考えられるのは魔力弾だけだった。

つまり、それさえ封じてしまえば相手は魔力総量も使用可能魔法も少ないただのちんけな存在。つまりは紛れもないビービー魔法使い。


多少体術に覚えはあるようだが、それはバランガも同じだった。

体術でかかってくるのなら、体術で受けてたつ。さらに魔法も交えれば負けがあるはずもない。

バランガは何度も繰り返した思考を再度一通り繰り返して、ニヤリと笑った。

やはり勝ちしか見えない。


そのころ、玄関のやりとりも終わったみたいで、取り巻きの男が生徒を引きずるように室内へと連れてきた。

「バランガ様、こいつお金が返せないんだそうです」

「おいおい、お金が返せないからって、そう乱暴にするもんじゃない」

バランガにそう言われて、取り巻きは手を放した。


この生徒は一年生の平民階級の生徒である。

先日金に困っていたところをバランガに金を貸してもらっていた。

「これくらい別にいいさ。あげたものと思ってくれ」

礼を言った彼にバランガが残した言葉だった。

金を借りた生徒にしてみたらそれなりのお金だったのだが、バランガにとっては小さなはした金でしかない。

バランガの良くない噂を聞いていた彼だが、噂なんて当てにならないなとその時はバランガに好感を抱いた。


その後も、王都へ遊びに行く友人との交際費もなかった彼だったが、機を見てはバランガが金を貸してくれた。

その度にバランガは同じセリフを残す。

「あげたものと思ってくれ」

そうして何度か繰り返すうちに王都での遊びにもすっかり慣れてしまった彼は、ある日王都で一際輝く賭博場を見つけた。

そういえばバランガがその賭博場について話していたのを、記憶の隅っこから引っ張り出した。

学校に帰ってバランガにその話をふると、人の良さそうな顔をしてバランガは笑みを浮かべて話を聞いた。


「いやー、あんな賭博場で一度でいいから遊んでみてーなー。バランガさんとかなら遊び慣れているんだろうけど」

「いやいや、貴族家って言うのは恵まれた生まれだからか、ここぞっていう勝負ごとに弱い。特にハングリー精神が足りていないのか、賭博系は本当にひどい結果で散々だ」

取り巻きの何人かも、そうだそうだと良い雰囲気で話を盛り上げる。


緩んだ雰囲気で賭博話に華を咲かせて、いよいよバランガが本題に入る。

「そうだ、もし良かったら僕がお金を貸そうか? 君は随分とお金に困っているようだし、上手く言ったら在学中に必要な分どころか、将来への貯蓄分も勝ち取ることができるかもしれない」

そう言うと、取り巻きたちも、やれ勝負ごとに強そうだとか、運が良さそうだとか、いろいろな言葉を用いておだてる。

おだてられれば、豚だって木に登るものだ。

平民の彼にしたら大金を得る数少ない機会。いい成績で学校を卒業できれば華々しい未来が待っているというのに、目の前の誘惑には耐えられなかった。

「やるよ。俺やってみる! 」

「それはよかった。もちろん元手となるお金は全額貸すとしよう。ただね……」

「ただ? 」

「あそこの賭博場は掛け金がかなり大きい。お金を貸すにしても、今までのように返さないでいいっていう訳にはいかないんだ。俺もまだ学生の身だから、大金はおいそれと動かせないんだよ」

「わかっています。勝ったら山分けです! 」

「いいのかい? 気前がいいね」

そうして彼はまんまとバランガの策に嵌っていくこととなった。


借りたお金は平民階級が数年働いて稼ぎだす金額。借用書に拇印をおして、彼は大金と夢と共に賭博場へと向かった。

賭博場から帰ってきたとき、彼は顔を真っ青にしており、荷物は一切なかった。夢も希望も。


そう賭博場で全額負けたのだ。

最初は良かった。中盤もよかった。ただ、最後に全てを持っていかれた。

相手はギャンブルのプロだ。早々うまくいくはずもない。


ただし、今回の場合はそれに追加で彼は更に知らないことがある。


彼が向かった王都一の賭博場は、バランガの実家、レース家が経営している賭博場なのだ。

彼の負けはそもそも初めから決まっていたのであって、ずっとバランガの手の上で転がされていたのだ。


そんな事実を今も知ることなく、彼はバランガの前に引きずり出されて地面に頭をつける。

「バランガさん! すみません! 俺、俺、勝てるはずだったんです! 」

「そうだよなー。そう思っていたから金を貸したんだ」

バランガの声はどこか優しい。彼は一瞬だが、期待した。

きっと優しいバランガさんなら、今まで通りあの言葉をくれるんじゃないかと。

そう、きっと彼なら「あげたものと思ってくれ」と。


しかし、現実はそうではなかった。

バランガがこらえていた笑いを盛大に吹き出し、彼の頭をわざわざ靴下を脱いで足の裏で踏みつけた。

「ばーーーーーーか!! てめー、俺の金を何なくしてくれてんだよ! おい! 金貸せよ! 今すぐ返せよ! 金を持ってこい! 」

思いっきり腹を蹴り飛ばす。

生徒の口から唾液が吹き出し、苦しそうにうずくまる。


「生徒会に言うか? 教師に相談するか? いいぜ。言えよ! けどな、金はしっかり返せや! 」

バランガの本性をようやく知って、彼は大粒の涙を流す。

しかし、既に時遅し。

彼は部屋に入って来たバランガの複数人の取り巻きにつれていかれて、バランガの部屋を出る。


この後のパターンも決まっている。

バランガが鞭を加えた後、取り巻きのうちの一人が飴を与えるのだ。

例えば、公式戦の勝ちを譲れば借金がいくらか減るかもしれないから取り合ってやる。バランガの頼みを聴けば借金がいくらか減るかもしれないから取り合ってやる。もはや例えではないのだが、こうしてバランガの蟻地獄にまんまとかかってしまった彼は生き血を吸い続けられるのだ。


ここに何人目かも忘れた奴隷が出来上がった。

「バランガ様。これで明日の公式戦でスカイの野郎に勝って単独トップの5勝。奴隷どもを使って更に6勝。12週で合計11勝いけます。アエリッテ・タンガロイも勝ちを伸ばすでしょうが、このペースでいけば付け入るスキはありませんね」

「ふんっ」

それはどうでも良かった。

バランガにしてみれば、奴隷たちから不正に勝ちを得なくても自力で勝ち星を積み重ねる自信がある。

まあ奴隷たちの使い道はあるので、数を増やしているが公式戦に関しては特に手助け不要だった。


アエリッテ・タンガロイは相当強いと聞く。後、平民のレメも。

しかし、平民のレメに関してはいくらでも搦手が使える。

アエリッテ・タンガロイはまだ公式戦にそれほど真剣に取り組んでいない。勝ち星を放すなら今だ。

クザンという生徒も勝ちを積み重ねているが、平民なのでこれに関してもレメ同様いくらでも対象のしようがある。


目先の敵はいないと言ってよかった。

あの男を除いては……。


結局バランガの頭の中はスカイのへの復讐心で満たされるのだ。

スカイを、憎きスカイを倒して、その頭を地面との間に踏みつけることでしかこの怒りは収まりそうにない。いや、それでも足りない。

できれば奴隷の一員にしてやりたい。そうして初めて気が晴れる気がした。


明日の公式戦が待ちきれないでいた。


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