三十八話 勘違い
あれからレメとの猛特訓を経て、大量に嘔吐を繰り返しはしたが、それでも5日である程度光の魔法が形になって来ていた。
スカイはダンジョンの中で見たレメの動きを思い出しながら授業中も頭の中でシミュレーションしていく。
そんなことばかりに気を取られているものだから、教師がスカイへ指示を出していることにも気づかず、怒りの注意を食らう羽目になった。
普段クラスで目立つ行動をとらないスカイが珍しく注意されたことで悪目立ちをしてしまう。
そんな様子を教室の端から見ていた女子生徒が少し吹き出した。先日スカイをレメの部屋まで案内した女性生徒だった。
彼女の名前はレンゲ。
ショートカットで制服を着崩したフランクな雰囲気を持つ女子生徒だ。
平民の出で、先日スカイを案内して以来、スカイに興味を示しだしていた。
授業が終わって、スカイが今度こそシミュレーションに集中していると、後ろからポンと肩をたたかれた。
「やっ」
声をかけたのはレンゲ。
スカイは突如肩をたたかれて驚いたし、女性の顔に見覚えがなかった。
クラスでスカイに関わってくる女生徒はソフィアくらいなものだ。脚を踏みつけたり、机を蹴ったりというコミュニケーションと呼んでいいのかどうか怪しいものだが、クラスで唯一関係性のある女性だ。
そのソフィア以外で声をかけてくるのは、男子生徒のタルトンくらいのものだ。
「え? なんでポカーンとしてんの? もしかして私のこと忘れた? 」
「すまん。あまり人の顔を覚えるのが得意じゃない」
「失礼~。このあいだ、Aクラスのレメさんの元まで案内してあげたじゃない」
そこまで聞くと、スカイも思い出した。出来事は覚えているのだが、あの時自分を案内してくれた人ってこんな顔だったか? とまだそこら辺の記憶はあいまい。
「ああ、あの時は助かった」
とりあえず礼を述べておく。
「それは良いから。ほら、結果を教えなさいよ。あんた大事な話があったんでしょう? 」
そうだったと、スカイは報告していなかったことを思い出す。
彼女には案内して貰ったばかりか、レメに頼みを聞いてもらうためのアドバイスもしてくれたのだった。
その報告とお礼も述べなくてはならない。
「そうだったな。あんたのお陰で上手くいったよ。アドバイス通り心を込めて頼んだら聞き入れて貰えた。本当に感謝している」
「きゃー!! やっぱりそうなんだ。なんだか上手くいくと私の直感が言っていたのよね」
「そうなのか? とにかく助かった。あんたにもそのうち礼をさせてくれ」
「そんなのいいよ。それよりさ、もっと何があったか聞かせてよ」
恋話が大好きな年ごろである。詳しく聞ければそれに越した褒美はない。
しかし、二人の間で誤解が生じていることはもはや指摘するまでもない。
スカイは魔法を教わりに行ったのだし、彼女もそう思っているものと考えている。
レンゲは、スカイが告白しに行ったのかと思っていたし、それが成功したのだと勘違いしていた。
「ね? ね? ね? 二人で何したのさー。あれから5日も経っているけど」
「取り敢えず、毎日会っている。最近は授業以外の時間はほとんど一緒だ」
「きゃー!! それそれそれ! そういうのもっと頂戴! 」
レンゲのテンションがおかしいことにスカイはドン引きしていた。
一緒に魔法の修行をしていることがそんなに聞きたいのか? と戸惑いながら、レンゲに変人を見る目を向けた。
それでもレンゲはテンション高く先を促す。仕方なくスカイは語ってやることにしたのだ。
「うーん、他にはだな、そうだレメは結構優しいやつだった」
「なによ。何があったのよ! 」
「俺の醜い姿を見せても全然嫌がらないし、ずっと親身でいてくれる。まるで……」
まるで母牛が生まれたての子牛に接するが如く。と言おうとしたのだが、レンゲがそれを遮る。
「まるで愛ね! 」
「あ、愛……」
母牛が子牛に優しくするのは……、やはりそういうことなのかと結論付ける。
「そうだな。愛だ。レメには愛が溢れている」
「愛が溢れている!? きゃー!! そんなこと言われてみたい! 」
「落ち着け。何を一人で盛り上がってんだ。クラス中から視線が集まっているからやめてくれ」
ただでさえ目立ちたくないのに、異常なほど視線を集めてしまっている。これだけ騒げば無理もない。
レンゲも視線に気が付いたようで、少しテンションを落ち着かせて、小声で話を続ける。
「ねえねえ、他には? ほら、あれとかしたの? あれよ。一番大事なあれ」
「あれ? 」
あれとは何だろうかと考える。
修行でいう一番大事なあれとは……。
ああ、繰り返しのことか、とスカイは理解した。修行で間違いなく一番大事なことは繰り返しだ。何度も何度も繰り返すことによって体に沁みつかせていくことが重要なのだ。
「したぞ。もう何度も何度も」
「きゃーーー!!!! 」
先ほどより一際大きな甲高い声をあげたレンゲだった。
レンゲが聞いた大事なあれとは、すなわちキスのことだった。
した、という答えを期待していたが、まさかの、何度も何度もという期待を大きく上回る返答があったのだ。
二人のロマンティックでエロスな光景を想像したレンゲは顔を真っ赤にしていた。
「お、応援しているからね! これからも」
スカイは週末の公式戦を応援されたのかと思って、ニコリと笑った。
「ああ、応援頼む。週末に本番があるからあんたも見に来い」
「本番!? 見に来い!? なななな、なに言ってんの!? 」
興奮しきったレンゲは、ツーっと鼻から何かが垂れてくるのを感じた。
手でぬぐうと、真っ赤に濡れる。鼻血が噴き出していたのだ。
「ああ、エロすぎでしょ。もうダメ」
先ほどからクラクラしていたのもあり、レンゲはその場にばたりと倒れ込んだ。
慌てふためくクラス中。スカイもその一人。
急いでレンゲを保健室へと担いでいくことになった。
この日以降、スカイはビービー魔法使いと揶揄されることに加えて、公式戦での不正、更に女性にみだらなことをした卑劣漢といういわれなき汚名を背負うことになった。




