三十四話 兄
いざ全ての魔法が使えるとなると、どれを使おうかと悩んでしまって身動きがとなくなってしまう。
まさにその悩みのど真ん中に立ってしまったスカイは一度図書館を訪れて魔法の知識を再度頭の中に刷り込むことにした。
本を読み進めて記憶を補填していく中で、次第に魔法の組み合わせのアイデアも自然と湧いてくる。時間は必要そうだが、時間さえあれば無色の七魔を十分活かせる見込みはあった。
何冊か本を借りて、少し高揚した気分で図書館を出たスカイは、そこで思わぬ人物に出会った。
広い高等魔法学院において、しかも相手は上級生。
偶然会うことはあったとして、気を付けていれば正面切っての遭遇は避けられると思っていた人物がそこに。
スール・ヴィンセント、ヴィンセント家の次男にして、スカイ・ヴィンセントの実の兄にあたる男だ。
相手の様子からして、自分を待っていたのだろうとスカイは思った。
偶然の遭遇ではない。だからスカイから歩み寄って要件を尋ねることにした。
「お久しぶりですね、兄さん。わざわざこんなところで出待ちまでして貰って何の用ですか? 」
「スカイ、お前の最近の行動は目につくものばかりだ」
兄との会話はこれが実に数年ぶりのものだった。
再開を喜ぶ言葉もなければ、最低限の挨拶もない。いきなりダメ出しをするあたり、兄が自分に抱いている感情は良いものでないことが容易に想像できる。
「ここに来る条件として、父上に言いつけられたことを忘れたか」
言われていたことは当然覚えていた。
「……目立つことをせず無事に卒業すること」
「その通りだ。お前は俺の予備でしかない。タラン兄上が王族の一員に加わることになった今、ヴィンセント家はこの俺が支えることなる。それで十分なはずなのだが、父上はもしもがあって血が絶えることを恐れている。それでお前をここに通わせた。お前が家を継ぐことになった場合、最低限の箔をつけるためにな」
今更言われなくてもスカイも当然理解しているないようだ。
「しかし現実的な話、俺にもしもはない。家は俺が継ぐし、俺が更なる発展を齎す。わかっているか、お前は俺の脚さえ引っ張らなければそれでいい。それさえ守れれば父上から約束されている領地も貰えるのだ」
その話は会長が事実を否定したのだが、スカイは敢えて知らないふりをした。
せっかくなので、従順なふりをしておく。そのほうが今後降りかかる火の粉は少なそうだと思ったからだ。
しかし、反論する余地があったので一言添えておくことにした。
「目立つことをして申し訳ありません。しかし、兄さんの脚を引っ張った覚えはありません。むしろ家名を高めるための一助になっていると思うのですが」
公式戦で勝っていること。生徒会役員に名を連ねたこと。
この学校で重要とされている要点は抑えているのだ。
「調子に乗るなよ、スカイ。お前は自分がビービー魔法使いだということをもっと重く受け止めろ。お前が何をやろうとどんな功績を残そうと、お前が欠陥品であることに変わりはない。ヴィンセント家がそんな欠陥品を産んだということをこれ以上世間に広めるな。いいな」
ここまで言われると、スカイは一周まわって怒りを感じなかった。
スールにここまで嫌われているという自覚はなかった。
それほどにまで二人にはずっと距離が開いていたのだ。
しかし、今日で関係性がはっきりした。
スカイは決めたのだ、よしとことん目立ってやろう、と。
父親には学校に入るための約束を破られた。
兄には欠陥品だからこれ以上目立つなと侮辱された。
もうこの二人に協力する必要はなくなった。それほどに自分は貶められて、馬鹿にされたのだ。
ならばとことんやりたいようになってやろうと決心する。
具体的に言うと公式戦で勝ちまくる。ヴィンセント家の名前をとにかく広める。
ビービー魔法使いの家名はヴィンセントだとこの学校中に知らしめるのだ。
それが今一番スールが嫌がりそうなことだと想像がつく。
「俺はヴィンセント家の名前を国中に轟かせる前に、まずはこの学校中に家名を轟かせるつもりだ。ヴィンセント家にスールありとな」
偶然にも二人は似たようなことを考えていた。
片方は貶めるために、もう片方は輝かしい家名にするためにだが。
「そのために俺は公式戦で勝ってきたし、ランキングも2位につけている。2学年の間に生徒会役員であり、現在ランキング1位のプストをも倒すつもりだ。その先に待つ、生徒会長選挙を勝ち抜くためにな」
潰そうと思っている相手がペラペラと野望を語りだしたので、スカイは黙って聞くことにした。
思惑通りスールは語り続ける。
「生徒会長になればその先に待つ未来も輝かしい。ヴィンセント家は伯爵家の更にその上を目指す。いや、俺の代で必ずそうさせる。そのために多くの布石を打った。昨年俺たちの派閥は生徒会長選挙に負けた。現会長スルンにな。しかし、今年こそは俺たちが勝つ。今年度派閥の代表は俺になり、次第に力は増している。後はプストさえ倒せれば選挙の勝利も確実といっていいほどに力を増した。しかし、念には念を入れて一年にも派閥の手を広げている。ちょうど活きのいいやつもいてな、そいつを中心に一年には影響を与えていこうと思っている」
派閥の話はスカイも軽く聞き及んでいた。
大きく二つの派閥が対立していて、平民たちと貴族たちを差別せず実力で測るスルン派。そして貴族絶対主義の選民意識の強い派閥。まさかそっちの派閥のトップを自分の兄がやっているとは知る由もなかった。そこだけは少し驚いてしまうスカイだった。
「俺の後を継がせるつもりの男、それは1年Aクラスのバランガ・レースという男だ。現在公式戦ランキング2位。魔力総量12000。子爵家の長男と申し分のない素養の持ち主だ」
バランガの名前を聞いて、スカイは一瞬笑いそうになってしまった。
随分大きな話をしているように聞こえた兄の口からポンコツの名前が出てきたからだ。
バランガなら目をつむっていても倒せる自信があった。それが申し分のない素養の持ち主? これが笑わずにいられようか。しかし、話の先を聴くために、スカイは寸前で笑いを耐えたのだ。
「戦績は4戦4勝。勝ち星で1位を行っているのにも関わらず、ランキングは1位じゃない。なぜだかわかるか。お前も4勝で並んでいるからだ。今年はEクラスのお前のせいで勝ち星数よりも勝ちの質が重視されている。1位のアエリッテ・タンガロイはまだ2勝だ。倍勝っているバランガが1位をとれていないのは、間違いなくお前の責任だ、スカイ」
今現在の一年生のランキング、その上位は変わらず有名な生徒の名前が並んでいた。
1位 アエリッテ・タンガロイ
2位 バランガ・レース
3位 クザン
・
・
15位 ソフィア・ナッシャー
・
25位 レメ
アエリッテ2勝。バランガ4勝。それぞれ無敗。ソフィアも2連勝そして王族の箔を持ってしてランキングを大きく伸ばしている。一方でレメはなぞの1敗以来公式戦を行っておらずランキングを大きく落としている。
スカイは4勝1敗。
今現在のランキング178位。
勝ち数からはありえないランキングだが、ビービー魔法使いという点を考慮してのものが入っている。
しかし、4勝というのはバランガと並んで一年生の間では最多勝である。
スカイのランキングを低く抑えるには、勝利数に重きを置けない。そういった配慮のため、バランガは巻き添えを食らった形になった。本来なら1位をとれている勝利数なのだ。
スールはそのことを言っている。そして、それが故に怒りに震えているのだ。
「わかったか、スカイ。お前の目立つ行動が父上との約束、そして家名を汚していると同時に、俺の野望をも邪魔しているんだ。何やら随分とインチキな魔法を使うらしいじゃないか。それで生徒会にも取り入ったのだろう?
先日はもっと派手なことをしていたな。Bクラスを殲滅したと聞いた。そういうまがいものの魔法が通じるのも今のうちだ。しかし、まがいものは所詮まがいもの。本物には敵わない。公式戦でも使用禁止を食らったのだろう。この学校にしては正しい決断だった」
まがいもの……。師匠と共に苦しい修行に励み手に入れた魔力弾を言っているのなら、スカイは大人しく聞いている訳にはいかなかった。
「この学校は今間違った人間が権力を握っている。それを正しい者のところへ戻す必要がある。これまでお前は俺の足を引っ張て来たんだ。これからは俺の手となり足となり働いてもらう。まずは一つやって貰いたいことがある。来週の公式戦、お前も出ろ」
「急ですね。そんなことで兄さんの助けになれるとは思えませんが」
「いいんだよ、それで。対戦相手はあのバランガ・レースだ。同じ4勝同士がぶつかり、バランガが勝つことで単独5勝になる。そうなればランキング表の採点方式も少し変わることだろう。バランガが1位に立てば俺たちの派閥はさらなる影響力を持つ。お前はそのための礎となるのだ」
「そう言うことでしたか。兄さんの聡明さには感服致します。しかし……」
「なんだ? 」
「俺が勝ってしまったら計画に狂いがでますね」
「万に一つもない。インチキ魔法も封じたんだ。お前に勝ち目はない。そして、これは兄からの命令だ。ビービー魔法使いらしく、惨めに負けて散れ! 」
封じた、と言ったスールの発言をスカイはしっかりと聞いた。
掲示板に書かれていた文言を思い出す。
生徒と教師による提言によってスカイの魔力弾は使用禁止にされた。まさか、実の兄が絡んでいようとは夢にも思ってはいなかった。もしかしたらバランガあたりも噛んでいるのかと想像を膨らます。大いにあり得そうだという結論が出た。
スカイの先ほどの決意は益々固くなるばかりだった。
「わかりました。兄さんの脚を引っ張ったお詫びに、俺はバランガと戦います。勝てはしないでしょうが、それでも家名を最低限汚すことのないように必死に戦います。そして最後には惨めに散っていきます。どうぞ、ご安心を」
「……ふん、分かればいい」
言いたいことを全て言い終えて、満足したスールは軽い足取りでその場を後にした。
スカイはその背中を静かに見送る。顔には大げさなほどの笑みを携えて。
さっき述べたことは全て大嘘である。
いや、公式戦をうけるところは本当だ。
しかし、必死に戦わないし、惨めに負けもしない。
バランガ・レースをこれでもかというくらい叩きのめして、派閥の顔である兄にこの上なく恥をかかせてやるのだ。スカイに負ければバランガのランキングは大きく下がる。負けっぷりが酷ければ酷いほど落ち幅も大きいだろう。
スール・ヴィンセントが代表する派閥は、ビービー魔法使いにも勝てない奴らだと学校中に知らしめる。それがスカイの思惑だ。
そうと決まれば、来週に向けて急いで準備が必要だ。
公式戦では魔力弾の使用が禁じられている。
無色の七魔も極めるには今からじゃ時間が足りない。
となると、急ピッチで間に合わせるにはあの方法しかなさそうに思えた。
スカイは、あの人を頼るために女子寮へと足を向けた。




