三十三話 禁忌魔法の代償
禁忌魔法の話の対価としてスカイは魔力変換速度の話をタルトンに提供した。
魔力変換速度の単語を聞いたとき、タルトンは以前師匠から軽くその話を受けていたのを思い出す。やはりタルトンの師匠も知っていた知識のようで、スカイの説明はスラスラとタルトンの頭に吸収されていった。
「確か僕は師匠にかなり遅いと言われたんだ。60%くらいだったかな。見込み無しと師匠にあきれられていた気がする」
平均が50%くらいだとアンスは述べていた。60%だとすると悪くはない。
「これは師匠から習った知識なんだけど、自分の魔力変換速度は簡単に教えるものじゃない。タルトンの魔力変換速度が60%と分かった今、君が発動する魔法のスピードを俺は予測できてしまう。いざ戦うとなると出鼻をくじかれかねない」
「そうか、なんか僕の師匠もそんなことを言っていた気がする。うわっ、もっとよく聞いておくべきだったかな。なんだかこうはっきりと師匠のことを思い出すと、改めて変な人だったなー」
世間に出回っていない知識をそれだけ有していたのだ、普通であるはずもない。
タルトンはスカイの魔力変換速度がどのくらいか気になったのだが、先ほど釘を刺されたばかりなので聞けずにいた。
そうしているうちに魔力変換速度の話は終わり、いよいよスカイに禁忌魔法を教えることになる。
禁忌魔法の習得自体はそれほど難しいものではない。正しい手順を踏んでいけば、一週間ほどで習得できてしまう。もちろんその先の発展にはそれぞれの多いなる努力と工夫が必要にはなってくるが、入り口は意外と広く開かれている。
その日からタルトンの指導のもと、スカイは『無色の七魔』を習得するためのプログラムに挑んだ。順調に過程を踏んでいくスカイだったのだが、それに集中するあまり他のことに一切目をむけることを忘れていた。
毎日アスクと一緒に摂っていた夕食もこの一週間は抜いている。
事あるごとにレメが部屋を訪ねてくるようになったのだが、そのレメも完全に放置である。
「二人で何をしてんのよ! 」
と怒る彼女も放っておく。
「お前には関係ないことだ」
裏でタルトンがレメにしばかれそうになった危機があったものの、何とかこの一週間は無事過ぎ去っていった。
一週間後、タルトンはスカイに『無色の七魔』習得完了を告げた。
「じゃあ、この銀の指輪を右手の人差し指に嵌めて」
「はいよ」
「これでよし、禁忌魔法っていうのは他の魔法と違って習得したらそれで終生身につくわけじゃない。こうして力を指輪に封じ込めて、装着することで力を発揮する。もちろん指輪を外せば禁忌魔法の力はなくなる。禁忌魔法は一人につき一つまでっていうルールがあるからね」
「指輪を取り換えれば、違う禁忌魔法を身に着けることも可能というわけだな」
「その通り。一人に一つまでだけど、ただし交換は可能。指輪をはめ変えるだけだから簡単だよ。指輪はなくさないように、君にしか効果のないものだけど、一応銀製だから盗難の危険性はあると思っていい」
タルトンの忠告を一つ一つ丁寧に噛みしめた。
彼の話にはどこかリアルさがあった。もしかしたら今述べた注意事項はタルトン本人がおかしたミスなのかもしれない。
「それとこれが一番重要なんだけど、禁忌魔法は間違っても二つ装備しないように。やってしまった場合は死ぬからね」
「死ぬの!? 」
「そう、死ぬよ。だから一番目に入る右手の人差し指につけたんだ。指輪は常にそこにひとつだけ。そうすればアホな死に方はしなくてすむ」
コクコクとスカイは頷いた。禁忌魔法っていう名はだてじゃないらしい。やはりそれなりに莫大な力を秘めているのだ。軽々しく扱えないことは今の説明からもうかがえる。
『無色の七魔』を伝授し終えたタルトンは満足していた。
この一週間でスカイとの距離がだいぶ近づいたからだった。タルトンも友人が多い訳ではなく、スカイと友人関係になれたかどうか確信を持てていなかったが、お互いに遠慮のない関係になってきていたのでもう友人といってもいいのではないかと思い始めていた。
スカイも大体同じ気持ちだった。そして、面白いものを授けてくれたタルトンに感謝もしていた。
無色の七魔、その禁忌魔法はタルトンが最初に述べたように公式戦でスカイを助けてくれるかもしれない可能性を秘めている。スカイは本気で公式戦に興味がなかったのだが、以前からの悩みが一つ解決して喜んでいた。
悩みとは、やはり魔法の種類が少ないことである。
ダメージを出せる魔法が魔力弾だけっていうのは戦闘の幅が狭まる。ダメージを出せる魔法を増やそうにも無の性質には安定してダメージを出せる魔法が少ない。これまでは何とかなっていたが、これからなんとかならない可能性があるかもしれない。現状魔力弾の威力が高すぎてそんな場面が訪れる可能性はほとんどゼロに近いが……。それでも嬉しいのだ。
無色の七魔はタルトンが述べていた冗談のような話を可能にする魔法だった。
そう、全ての性質全700種の魔法が使用可能になる禁忌魔法。タルトンもスカイも子供の頃に全魔法を頭に叩き込まれているので今すぐにでも全魔法使用可能な状態だ。しかし、使えると使いこなせるっていうのはまた別の話。
同じ魔法でも使い手、使い方によって大きく様相を変えるだろう。そこは徐々に経験を積んで穴埋めをするほかない。
それよりも、無色の七魔には少し癖があり、まずはその点をキッチリ把握しておくべきだった。
全性質の魔法が使用可能となるのだが、完全に同じ魔法とはいかない。例えば火の性質、初級魔法ファイヤーボール。詠唱時間1秒。消費魔力15。威力は平均300。火の性質を象徴するかのような優秀なこの魔法を例にとってみる。
この魔法は短い詠唱時間で魔力消費も少なく、威力も比較的高い。相手に直線的に飛んでいく火の弾を飛ばす魔法だ。相手に当たれば魔法の威力を与えると同時に、火の性質全てに言えることだが、当然燃焼効果も与える。水の性質などで付与効果の相殺は可能だが、そうせず直で受けた場合は100%燃焼の付与がある。
しかし、無色の七魔でファイヤーボールを放った場合、詠唱時間は変わらず1秒。威力も変わらない。相手に命中した際にもファイヤーボールの威力分のダメージをしっかり与えるのだが、そこに燃焼効果は付与されない。これが無色の七魔の癖である。それぞれの性質が持つ追加効果は、無色の状態では発揮されないのだ。その点を見れば劣化コピーといってもよい。そして、スカイにとって更に重くのしかかる課題がもう一つある。
「無色の七魔を使って魔法を行使した場合、消費魔力は倍となる」
「馬鹿な!? 」
どこまでも悩ませてくれる。魔力の少ないスカイにとって、消費魔力量が増えることは致命的なのだ。ピエロといい、禁忌魔法といい、ピンポイントでスカイの嫌がる点を付いてくる。魔力総量の少なさというのがまたしてもついて回る。この因縁は一生ついて回るのかとスカイは少し落ち込んだ。
ファイヤーボールは魔力消費量が15と少なく優秀なのに、それが30になるとは……。
史上最高の魔力総量を誇るアエリッテ・タンガロイからしたら微量の違いだろうが、魔力総量999のスカイには無視できない数値変動である。
「タルトン、魔力が足りない場合、魔法の行使はどうなる? 」
「もちろん行使できない」
となると、全700種使えるという話も変わってくる。
スカイに限っていった場合、大きく使用可能種類が減るだろう。ある程度魔力総量に恵まれているタルトンには無縁の悩みだった。
そしてここで、スカイはもう一点気になることを思い出した。
練度の問題だ。
全700種使えたとして、その全てが練度0では話にならない。スカイの魔力弾が規格外の威力を発揮できているのは使いこなして練度100まで高めたからである。下手に種類が増えただけで、威力も性質も魔力消費量も通常の使い手に劣るのなら、この禁忌魔法は穴だらけということになりかねない。
まずは練度の話を知っているかとタルトンに聞いてみることにした。
「練度か……。それも以前師匠が言いかけてやめていたな。なんだか気まずそうにしていたからよく覚えている。そして僕にこうも述べていた。器用に生きろ。ただし器用貧乏にはなるな、とね」
あちゃーとスカイは頭を抱え込んだ。
絶対にこれは練度0スタートだと確信する。
タルトンは知らないみたいだったので、彼にも練度の知識を授けた。
ショックを受けるかと思ったタルトンだったが、意外と納得した顔をしている。
「やはりそうなのか。僕は出世が一番の目的だったからね。だから師匠はこの禁忌魔法を僕に授けたんだ。使いようによってはかなり便利だし、融通が利く。やっぱりこの禁忌魔法を授けてくれた師匠には感謝しているよ。それに練度の話はしてくれなかったけど、全魔法が使えるからといって全て使おうと思うなとは言われていた。得意な魔法を極めることと、強い組み合わせを考えなさいと良く言われていたな」
練度の話をすれば、あまりの道のりにタルトンの気持ちをへし折るかもしれないと危惧したのだろうかとスカイは想像した。彼の師匠はやはりただ者じゃないとうかがい知れる。
「癖はあるけど、いい師匠だな」
「その通りだ。変人だったけど、やっぱり恩人だよ」
自分もその人にあってみたいとスカイは思った。
禁忌魔法の知識が全て出尽くした時点で、スカイは今一度禁忌魔法に思いをめぐらした。
間違いなく強力なものだ。
しかし、ただでその力を行使させてくれない。どこかピエロのトリックメーカーに近いものも感じた。
全魔法が使える代わりに、性質はなくなる。魔力消費は倍であり、練度は0から。知識不足なら、下手したら器用貧乏になるかもしれないリスクもある。いや、その可能性の方が高いだろう。
「こうして君に無色の七魔を授けて改めて思うんだけど、こうなったら益々魔力変換速度がものを言いそうだね。君の詠唱はかなり速いんだ、まともにぶつかれば常に君に上を取られてしまう」
それを回避するために色々と魔法を組み合わせるようにタルトンの師匠は教えたのだろう。
しかし、タルトンが言うことももっともだ。
タルトンも師匠に恵まれたが、スカイは自分も負けず劣らず良い師匠に恵まれたのだと実感した。
練度のことでいつまでも落ち込んではいられない。
せっかく魔法の可能性が一気に広がったのだ。タルトン同様性質の壁を超えた魔法の強い組み合わせを考えようと思うスカイだった。
それに練度に関しては頼る相手がいる。後日覚醒したピエロにでも相談しようとひっそり計画しているのだった。
禁忌魔法を知り、習得し、代償を理解したスカイは魔法使いとして少しだけまた進歩をした。




