三十二話 無色の七魔
一年生と上級生の公式戦が開幕した週、スカイも対戦予定にその名を連ねていたのだが試合に出ることなく辞退した。
もちろん辞退すれば不戦敗となり、これまで築きあげた4戦全勝という戦績に泥がついてしまう形となる。
魔力弾の使用を禁止づけられた後、対戦相手の上級生からわざわざスカイに挑発のメッセージが寄せられていた。そこには簡単に言えば逃げるなという内容が書いてあったのだが、スカイは平気でそれを無視したことになる。
それも無理はない。
スカイは魔力総量が少なく、使える魔法に色々と制限がかかってしまう。そのため使用できる魔法の種類が他の生徒に比べて少ない。しかもダメージ面で計算できる魔法は魔力弾のみなので、それを封じられてしまえば公式戦で勝つことは不可能だといえた。
それでもタツの試合で見せたように格闘技を駆使して戦うことは可能だが、あまりに大きなハンデを背負って戦うことになる。
正直、勝ち目の薄い試合にスカイは興味を示さなかった。
他人が制限を加えた舞台なら、その舞台に乗りさえしなければいい。公式戦での敗北など、スカイにとっては痛くも痒くもない。
あくまで挑まれたものを返り討ちにしているだけ。相手の鼻っ柱をへし折ってやりたいだけなのだ。へし折れなくて悔しいくらい気持ちはある。ただ、それくらいしかないのも事実だ。
公式戦がある日は、学校の授業が休みである。
多くの生徒が王都にある繁華街や公式戦が行われている闘技場に足を運ぶ中、スカイは部屋で静かに読書を楽しんでいた。
休みの日特有の静けさが寮にはあった。
金がなくなると冒険者ギルドに赴いたりもするのだが、今はまだ余裕がある。
ということで、自分の知らない魔法理論がまだないかとスカイは先日借りてきた書物を手に取り読み込んでいたのだ。
そんな折、スカイの部屋の扉がノックされた。
スカイの頭に二人の顔が浮かぶ。フルミンとレメだ。
フルミンには魔法の詠唱をしながら動き回れるように、練習メニューを与えた。実戦で戦うにはそこからだと彼女に教え込んでいる。となると、もう一人のレメだと見当がつく。
大方公式戦を辞退した自分に文句を言いに来たのだろうと想像しながら扉を開く。
そこにはレメではなく、先日公式戦で戦った男が立っていた。
レメもさすがに鬼ではない。魔力弾が禁じられたスカイが辞退したことを責めるどころか、処分を受けたスカイを心配してあえて距離を置いてくれたほどだ。
予想がはずれ、思わぬ来客に言葉が出ない。
リベンジでも申し込みに来たか? と警戒感を示す。
たしか、名前は……と考えるが出てこない。同じクラスでもあるのに、やはり名前は一向に出て来やしない。
「スカイ・ヴィンセント、困っているだろう君に手を差し伸べようと思ってね」
少しぽっちゃり太った彼が、先にウインクを混ぜながら気さくに言葉を発した。
困っていることを思い浮かべてみたが、スカイに心当たりはない。水道管が詰まり気味なのは同じクラスの彼に相談することではないだろうことは容易に想像がついた。
「僕の名前はタルトン。今はただのタルトンだ。先日君に公式戦で負けてしまって夢からは少し遠のいたけど、まだまだ僕の野望は始まったばかり。おっと、それはまた今度話すとして、今は君が直面している魔力弾の使用禁止処分について僕が良い解決案を持って来たんだよ」
同じDクラスなら自分のことをビービー魔法使いだと知ったうえで彼は来ている。そんな彼が礼儀正しく言葉を並び立てていることに意外性を感じならがら、それなら自分も丁寧に返答するとしようとスカイは考えた。
「心遣いありがたいが、困ってはいないんだ」
「へっ!? なんで? 」
「公式戦はもう出ないからな。もともとそんなに興味もなかったし」
「ば、ばかな! 君は馬鹿か!? 公式戦で勝ち抜いて30位以内で卒業できれば国から願いを一つ聞いてもらえるばかりか、卒業後も出席街道に乗り続けて華々しい人生を歩めるんだぞ! 僕を瞬殺した君の実力をもってすれば30位以内どころか、トップ3の席も堅い! 馬鹿を言っていないで、ちゃんと自分の将来を考えるんだ! 」
先日フルミンから聞いたような話だった。
癒し系見た目のタルトンだが、熱くなると口早になり顔に必死さが現れやすい。それを見て少し気圧されたスカイだった。
「すまないな。興味ないんだ」
「もう一度言う、馬鹿か、君は! 」
馬鹿を連呼されては気分も悪い。
「馬鹿はお前だ」
子供っぽいと思いながらも、しっかりと言い返しておいた。
「馬鹿は君だ! 公式戦の重みをわかっていない! 魔力弾を禁じられたくらいであきらめちゃダメだ! 僕はそのために来たんだから。僕の禁忌魔法を駆使すれば君の問題をある程度解決できるかもしれない」
思わぬワードの登場に興味センサーが反応する。探しても探しても見つからなかった禁忌魔法に関する情報。フルミンに聞いたところで、更に知識が混乱するだけで本質に辿りつけない。このままその尻尾をつかめないままかと思っていたもの。
そんな求めていた知識が、運よく向こうから歩いてきた。
スカイは自分の幸運を喜びながら、タルトンに入るように伝えた。
何がスカイの心を刺激したのか確信してはいなかったが、禁忌魔法のワードに食らいついたのだろうとタルトンは推測した。どうやらスカイも自分と同じ、異質な魔法を学んだ身なのだろうと推測する。
あの日食らった魔力弾はどこでも見たことがない。禁忌魔法の単語に反応したのもスカイだけ。クラスの連中は禁忌魔法の存在を一切知らなかった。それらの情報をもって、タルトンはスカイの学んできた環境を軽く想像したのだ。
フルミンから分けて貰った紅茶をタルトンに出してやり、二人はテーブルに座った。
「禁忌魔法が、どうとかって言ってたな」
「やっぱりそこに食らいついたのか。先に聞きたいんだけど、禁忌魔法についてどこまで知っているの? 」
「全く知らないといっていい。偶然先日使い手に会って、使うところを見たくらいだ」
フルミンの名前はあえて伏せておいた。黙っているようには言われていないが、使い魔を覚醒させる力ははっきり言ってかなり貴重だ。彼女の平穏な学校生活を守るためにも、軽く口にして良い情報とは思えなかった。
「そうか。てっきり君も禁忌魔法の使い手なのかと思ったよ。先日君にあびせられた魔力弾は禁忌魔法に近いぶっ飛んだものを感じたからね。ちなみに、僕は禁忌魔法の使い手だ」
上手に情報を引き出していこうと考えていたスカイだったが、目の前のタルトンに情報を出し惜しみする様子はない。禁忌魔法がなぜ禁忌魔法と呼ばれているかはわからないが、もっと秘められるべきものだと思ったからスラスラと話すタルトンの様子は意外だった。
「禁忌魔法の使い手か。その内容を聞貸せてもらってもいいのか? 」
一応の確認。
「もちろんだ。僕はそのために来たんだから」
それもそのはず、魔力弾に魅せられたタルントンの目標が、スカイとの友好関係だった。そのための情報提供は惜しむつもりなどない。自分もただで貰った情報なのだ。惜しむ気持ちはなかった。
「まず僕に魔法を教えてくれた人だけどね、自称賢者を名乗っている変人だったよ。禁忌魔法だとは言われずに教えられたものだから、みんなと違うというのは最近知ったくらいだ」
なぜかアンスの顔を思い出すスカイ。流石に自分の師匠も賢者を名乗るような痛い人じゃなかった。タルトンの歩んできた道を想像して少しだけ同情するスカイだった。
「スカイ、君のデータを見たけど、使用可能魔法数は4種類で登録してあるよね? 」
「そうだ」
魔力弾、魔力波、重力渦、魔力封じ、姿隠しの5種類。魔力弾は却下されたので使用可能魔法には入っていない。
「ちなみに僕は1種類だ」
胸に手を当てて恥ずかし事をどうどうというタルトンに、スカイは痛い人を見る目を向けた。
練度の問題はあるが、使用可能魔法1種類じゃもっと恥じたほうが良いだろう。それに良く平民でこの学校に入れたなとスカイは思った。
「これはあくまで学校側が僕に下した公式上のデータだ。当たり前だが、僕が使える魔法の種類は1種類ではない」
「そうなのか? 」
「そうなのか? って当然だろう。まさか、1種類で僕がこの学校に入ったとでも? 」
思ってしまっていたので急いで目を逸らす。
「まったく。そんなわけないだろう。僕が自分のデータを作れるなら、使用可能魔法は700種類と書き込む」
スカイは先ほどよりも痛い人を見る目でタルトンを見つめた。かわいそうな子だ、とその目には映っている。
「信じられないのはわかる」
信じられないなんてものじゃない。
700種というのは全魔法種を指す。一人一系統のこの世界では使用可能魔法100種が限界。それぞれが得意とする基本魔法を使用可能魔法に含めたとして100数種類。つまり自称700種類の魔法が使えるというタルトンは痛い子だという結論に至る。
「君はこう思っているだろう。一人一系なら使用可能魔法は100種が限界だと」
「その通りだ」
「けれど、禁忌魔法がその枠を壊すといったら? 」
「……興味深い」
簡単に信じはしないが、嘘だとも断定しない。
フルミンのときに奇跡のようなものを見せられたからだ。
「僕の育ての親兼師匠は昔、お前には魔法の才能がない! って断定してきたんだ。だから器用に暮らせるようにこの禁忌魔法を授けてくれた。腹が立つことだけど、やっぱり感謝している。そういう訳で俺が知っている禁忌魔法がこの一つだけど、これは君にも使いこなすことができる」
この話が全て事実だとすると、その人は自称賢者ではなく本当の賢者なのではという疑問が生じる。
それはとりあえず置いておき、今は話の先を促す。
「禁忌魔法の名前は『無色の七魔』、無の性質を持つ魔法使いだけが習得することのできる禁忌魔法だ。君は僕と同じ無の性質だよね? 」
タルトンはある程度下調べをして自分のもとを訪ねたことが判明する。
なぜわざわざ? 当然そんな疑問が湧いた。
「タルトン、なんで俺にそんなことを教えるんだ? そもそも俺の魔力弾が禁止された話も知っていたし」
それは結構有名な処分だったので、タルトンでなくとも知っていた。しかし、タルトンには別の理由がある。それを素直に伝えることにした。
「君の魔力弾に魅せられたんだ」
「……そ、そうか」
目をまっすぐ見て素直に褒めるものだから、スカイは思わず照れくさくて目を逸らした。
「そんな理由で『無色の七魔』っていう貴重な禁忌魔法を教えてくれのか」
「ああ、君と友達になりたいと思ったからね」
「そうか」
友達になりたいと名乗り出てきたのはアスク以来二人目だ。
アスクの時は孤児院の話があった。けれど、タルトンにいったってはただ単に魅せられただけ。友達の少ないスカイにとって、そんな理由で友達になることが自然なのかどうかわからないでいた。
「君さえよければ今からすぐにでも禁忌魔法を授けようと思う。けど、その前に僕からも一つ聞いていいかな? 」
「いいぞ」
これだけの話をただで話してくれたのだ。パンツの色を聞かれても答えるつもりでいるスカイだった。
「僕が君の魔力弾に魅せられた理由なんだけど、一つはその圧倒的な威力。二つは洗練されたあの魔力弾の見た目。三つ目に、君の魔力弾凄く速くないかい? 発動して僕に到着する時間もだけど、それよりも君の詠唱が見えなかった」
鋭い目を持っている、とスカイは感心した。答えようとしたところでタルトンが古い話を持ち出す。
「僕の師匠が昔言っていたんだ。この世にはとにかく魔法の詠唱が速い魔法使いがいると。その頂点に立つ者を何て言ったかな……。まあ僕はその点才能がないから全然気にする必要がないと言われたんだけど」
アンス以外にも魔力変換速度を知る者がいる……スカイは軽い驚きとなぜだか嬉しさに包まれた。
「そうだ、思い出した。師匠は昔、最速の魔法使いを”ラグナシ”と呼んでいたな。そうだ、そうだ、そして僕にこう忠告したこともあった。『もしもラグナシと戦かうがあったら迷わず逃げるんじゃ。奇跡が起きたとしても勝ち目はない』って」
ラグナシも知っている。
アンスとの共通点もあるのかもしれない。
どこまで話してよいかと思案し、スカイはタルトンにも全て話すことにした。




