二十九話 圧勝より
公式戦2週目がやってきた。
今日の会場の前列、Aクラス用の席には前回同様レメが座っていた。偶然か、ちょうどその隣にはフルミンが。
この場であからさまにスカイを応援しているのはフルミンだけ。レメも本心では応援しているのだが、態度には現さない。あくまで試合を純粋に楽しんでいる姿勢だ。
スカイはよく見ていろよ、という意味合いを込めてフルミンに視線を向けた。
しかし一人盛り上がるフルミンはスカイの視線に気が付かない。何度か視線を投げかけるが、その度にフルミンは何かをしていた。爪を磨いていたときは、流石にスカイも試合そっちのけで説教に行こうかと思ったほどだ。
この視線を投げかけられて、心を乱していた人物が一人。
フルミンの隣で涼しい顔をしていたレメである。
なぜかスカイが自分に視線を向けてくる。
しかも何度も何度も。その度に熱い視線が更に加熱していく。
スカイはフルミンを睨んでいるだけだったが、レメには熱い視線に見えた。
そして挙句、彼絶対私に気があるわ、と思いこむ。
現在進行形でとんでもない勘違いをされているとも知らず、スカイは対戦相手が出てくるのを待った。
今日の対戦相手はBクラスの生徒。先週倒したタツの友人だいうことは分かっている。
本来、スカイに公式戦を申し込んだ順でいうと、Eクラスの生徒が先になる。ランキング表最下位にいるタルトンだ。
なのに、なぜかその試合は繰り越されている。
スカイにもタルトンにも理由は告げられていない。スカイはどの対戦順でも構わなかったのだが、タルトンからしたら屈辱の最下位に名前が載り続けるのは気分が良くない。彼は今現在教師に公式戦の順番に苦情を入れている最中だった。
試合とは関係ないところでも戦っている生徒がいるが、ここ闘技場でも両選手が出そろいいよいよ公式戦が開始される。
体格の良い生徒がスカイの前に立つ。公式線を申し込まれたときから相手が接近戦に自信をのぞかせているのは分かっていた。あえてそれに乗っかっても良いのだが、まだ相手の戦略もわかっていない。とりあえずは、いつも通り魔力弾での殲滅が最優先である。
左サイド
ラークス・ゴゼス Bクラス
魔力総量 3400
魔法性質 土
使用可能魔法 21種
対戦成績 0勝 0敗
右サイド
スカイ・ヴィンセント Eクラス
魔力総量 999
魔力性質 無
使用可能 4種
対戦成績 1勝 0敗
先週勝っているので、スカイは一勝。相手はこれが初戦となる。
レメの不戦敗はまだ反映されていない。そのうち都合のいいタイミングで反映されることだろう。
おそらくレメの評判が下がりづらく、ビービー魔法使いの評判が上がりづらいタイミングで。
「なあ、タツのように怪我してもしらねーぜ」
試合前ににやけ顔のラークスが軽くスカイを挑発したのだが、スカイはそれを無視した。
今日はあくまで勝つだけが目的ではない。フルミンに勝ち方を見せてやる必要がある。
そのためには、いきなり魔力弾で仕留めるのは良くない。
何個か行動パターンを見せておく必要があった。実践を見ておくのはそれだけで経験値になる。ただし、フルミンがちゃんと見ていればの話だが。
フルミンは一人盛り上がっているまま。レメは勘違いをしてほほを染めている。
会場にはそれなりに観客が入っており、雰囲気は悪くない。いい具合に場が温まっている。
前回議論を呼んだ勝ち方をしたスカイと、Bクラスで2番目にランキングが高い二人の対戦だ。それなりに注目度の高い試合といえた。
試合開始に備えて、スカイはピエロを呼び出す。
「ヒャッハー! 今日も来てやったぜ」
覚醒したあとみたいなぐったり感はなかった。
ラークスも使い魔を呼び出す。大方がそうであるように、彼もドラゴン属を呼び出した。
茶色の鱗と、少し大ぶりな体に小さめの翼が特徴の、グランドドラゴン。ドラゴンは地面に四肢をつけて、雄たけびを上げる。低い声が会場を揺らした。
グランドドラゴンは物理面に干渉する。
そして、正面からぶつかり合った場合、その破壊力はドラゴン属でも随一と言われている。
相手の戦闘スタイルをある程度予測し終えたスカイは試合を始めてくれて大丈夫だと教師に告げる。
ラークスも準備が整っている。
開戦の合図が二人に告げられた。
先制攻撃及び牽制を込めてスカイが魔力弾を2発放つ。
ラークスへとまっすぐ飛んでいった魔力弾は、身を挺したグランドドラゴンの体によって守られた。
グランドドラゴンの耐久は驚異的だ。この程度ではひるんだりしない。
スカイは横に移動してグランドドラゴンの後方に隠れたラークスを視界に入れようとする。
グランドドラゴンもそれに合わせてラークスの盾役として常に対角線上に立とうと動く。
スカイはその間も魔力弾を放ち続けて威力を高めていく。
ようやくグランドドラゴンのカバーを振り切り、ラークスの姿を視認したスカイ。
そして直線的に魔力弾を撃ち込むが、驚異的な身体能力で放った6発を全てかわされる。
「はいはい、魔力弾の威力は2000だが、今外した6発の罰としてこれからは魔力消費が1.6倍だ」
スカイの魔力弾は正直並大抵の身体能力ではかわせない。人よりはるかに身体能力値が勝るグランドドラゴンでやっと反応できる程度だ。
それを6発全部かわしたラークス。
土の性質、身体強化の詠唱を終えたと見て良さそうだった。
スカイがグランドドラゴンを交わしきるまでに6秒ほどかかっている。詠唱時間4秒の身体強化を、その間に完成させたということは魔力変換速度70%はあると見て良い。6秒の間スカイはグランドドラゴンの様子を伺いながら重複詠唱で魔力弾を100発は叩き込んでいる。
無事ラークスの身体強化の完了を確認したグランドドラゴンは、その場にぐったりと倒れ込んだ。
立てなくなったグランドドラゴンは亜空間へと引き戻されていく。
スカイから見て、魔力弾を100発受けきったグランドドラゴンは大したものであると評価する。
しかし、驚愕したのはラークスである。
耐久性に絶対の自信があるグランドドラゴンが、詠唱していた6秒間で倒れたのだ。普段上級魔法を10発受けても立ち続けるはずの相棒がである。
身体強化とグランドドラゴンの突進で勝負を決めに行くはずが、相棒を失い動揺するラークス。それでもやはり実戦経験が豊富な彼はすぐに冷静さを取り戻す。身体強化は完成している。更に本来の身体能力にも自信のあるラークスだ。
ここまで形ができていれば必勝だ、と今一度自分に言い聞かせた。
スカイ側は魔力弾を100発。そしてこの先魔力消費量が1.6倍。残りの魔力量が約900程度。
魔力弾を中心とした戦闘なら問題ない数値だ。
盾を削りきったスカイと、積み技を完成させたラークス。
いよいよ本当の開戦がきられた。
素早い動きでラークスはスカイとの距離を縮めようとする。
スカイは杖である拳銃を良く構えてその動きを狙い続けた。
来そうで来ない。確かに実践慣れていることが伺えた。
しかし、ラークスは行かないのではなく、行けない状態に陥っていた。
スカイが詠唱を始めないのだ。定石であれば、身体強化した相手が近づくまでの間に初級魔法の詠唱をするはずだ。それで牽制する。
しかし、それをやる気配がない。
スカイは魔力弾を放つたびに詠唱しているのだが、時間が0.1秒なのでしているように見えないだけなのだ。
詠唱をしているように見えないスカイに、ラークスは不気味さを感じて近づけない時間が続いた。
時間が過ぎていく中、ようやくスカイの狙いすました魔力弾が華麗な軌道を描いて脚へと命中する。一発2000の威力がある。
受ければ衝撃もでかい。ラークスはうつ伏せに倒れ込み、完全に機動性を失った。
そこに立て続けに4発入れれば試合終了なのだが、スカイは連続では撃たない。
あえて時間を作ってやった。
まだしばらくフルミンに試合を見せていたいからだった。
ここで魔導モニターに映し出される魔力障壁のダーメジ量が観客をあっと言わせる。
詠唱すらしていないかに見えるスカイの魔力弾が、たった一撃で2000ものダメージをたたき出したのだ。ラークスの魔力障壁の体力が間違いなく残り18000になっている。
衝撃と戸惑いが会場を包み込む。
見た感じ、ただの無色の魔力弾が上級魔法を上回る威力を計測したのだ。中にはシステムの欠陥ではないかと話す者もいた。
会場の雰囲気の変化には気が付いたラークスだが、倒れた間に追撃されなかったことのほうが今は重要であった。魔力障壁でイマイチ本当のダメージがわからないが、恐らくかなりのダメージが入ったとみていい。そして想定する。恐らく今のは連続では打てないと。追撃されなかったのが良い証拠だ。
ラークスは持っていない知識だが、詠唱を隠す魔法でもあるのではないかと考えた。
それなら話は早い。
見えないだけで、スカイは詠唱を行なっている。
時間を与えすぎたために上級魔法レベルを食らってしまったと。
まだ身体強化は2分以上ある。魔力弾をもう一発受ける覚悟で、スカイに接近すれば勝てる。
なぜならば、あの魔法は連続で打てないからだ!
勝ちを確信したラークスは早速身体強化をフル活用して高速で一直線にスカイへ接近していく。
スカイは魔力弾を撃てば正面からくるラークスを圧倒できた。しかし、そうはしない。
あくまでフルミンへの教示が最優先だからだ。
ラークスの突進が分かって、スカイは魔法の詠唱に入った。
無の性質、初級魔法魔力波。詠唱時間1秒。
スカイが魔法の詠唱に入ったのをみて、ラークスは仮設の正しさを実感していた。
先ほどの魔法はやはりそうそう撃てないのだろうと。しかもかなりのラグがあるとみていい。
その証拠に新しい魔法の詠唱に入っているのだから。
詠唱中、ラークスがスカイに急接近する。
スカイはぎりぎりでラークスの突進を交わした。詠唱はまだ続いている。
すぐさま反転してまた攻撃を繰り出そうとしたラークスだったが、振り返ったときにはスカイの魔法は完成していた。
初級魔法ならはじいて近接戦闘を継続と考えたラークスだったが、相手を弾き飛ばす魔力波の効力によって、詰めた距離はまた一気に放される。
吹き飛んだ距離10メートル。魔導モニターに映し出された威力200。
威力も距離もしっかり倍になっていた。覚醒したトリックメーカー『吹き飛ばしてバイバイ』はちゃんと機能している。
魔力波は消費魔力量が50。今は1.6倍なので80消費。残りおよそ820の魔力量。
魔力量を常に心配するスカイだが、それにしてもこの魔力波はコスパがいい。
これは使えると改めて実感したスカイだった。
距離を放されたラークスは一瞬意識が飛びかけた。衝撃で飛ばされたことを理解し、身体強化の残り時間を考えてまたすぐにスカイへと突進した。
しかし、スカイはフルミンに見せたかったものをもうやったので手加減は不要となっている。
フルミンに見せたかったのは、詠唱中に動き続けること。
魔力波の詠唱中に、ラークスの突進が届いていた。あれを詠唱したまま動けず、攻撃を受ける生徒のおおいこと。戦闘未熟者の典型例と言ってよかった。だから、その大事な部分をフルミンには見せておきたかったのだ。
それを見せられた今、スカイにはもう待ってやる必要性はなかった。
魔力弾を一発受ける覚悟で突っ込んできているラークスに、スカイは魔力弾を4発、頭部、首、腹、股間に命中させて試合を終わらせた。
吹き飛んぶラークス。
衝撃に黙り込む観客。
魔導モニターには、魔力障壁残り9800。試合終了、の文字が映し出されている。
前回同様、今回も議論を呼びそうな圧勝劇だった。
スカイは試合終了のコールを受けて引き下がる。
道中フルミンが試合を見ていたのかという疑念で視線を向けたのだが、フルミンはやっぱり興奮して視線に気が付かない。
レメはより一層ほほを赤く染めた。勘違いで。




