二十七話 禁忌魔法の使い手
「わーい、入れて貰っちゃたー。走っちゃおー」
どこか大人しいイメージを抱かせていた彼女だが、部屋に入るなり自由気ままに振る舞いだした。
さーっと部屋を走り回るから、滑ってこけたりもしている。
自由人、そっちが本性なようだ。
コケて打った膝をさすりながら、彼女は走り回れた理由に気が付く。
「スカイさんの部屋ってなんでこんなにも物がないんですか? ヴィンセント家って伯爵家ですよね? お金ならあるはずじゃ……あ」
更に、なにやら気が付いた彼女だったが、言い淀む。
「なんだよ」
スカイが促してようやく話し出した。
「伯爵家に生まれながらも、その実、ビービー魔法使いということが災いして実家からはひどい扱いを受けていて、高等魔法学院に入ってもほとんど支援は貰えず、更には自分で稼いだお金は浪費の挙句になくなっていて、それで物が買えなくてこんな殺風景な部屋に!? 」
「ほとんどあっているけど、なんで肝心なところだけ間違っているんだよ」
「実家からは優しくされていたんですか? 」
「そこじゃねーよ!! 」
なんだか彼女に付き合っていると、このまま緩い雰囲気に流されそうだったので、スカイは強引に話を戻すことにした。
「あーもう、ほら、なんだよ相談って。なにか頼みがあって来たんだろ? 」
「紅茶を先にお願いします」
「ねーつってんだろ!! 」
普段それほど感情を表に出さないスカイも彼女の前では不可能だった。連続して声を荒げてしまう。
「えっ……」
「えっ、じゃねーよ。さっき自分で殺風景な部屋って言ってただろ。なんで紅茶だけはあると思ってんだよ」
「本当にないんですか!? 」
「ねーって!! 」
「わたしの部屋にある紅茶、分けてあげましょうか? 」
「いらねーんだよ!! 」
「紅茶ですよ? 」
「だから、いらねーんだよ!! 」
はー、はー、はー、と息を乱すスカイ。
今からでも遅くない、こいつの悩み相談はもう一人の生徒会役員レメに押し付けなくてはとスカイの心に猛烈な火が付く。少し相手をしただけでこの疲労だ。この先もつ自信がない。
「やっぱりレメに相談した方がいいなじゃいのか? あいつは結構面倒見がいいぞ」
適当な話じゃない。さっきだって食堂にきてスカイの嫌われる要素を洗い出して辛口のアドバイスを送っていたのだから。
「負けた女に用はないです。公式戦で先頭を行っているスカイさんだから相談したのですよ」
「なら本題に入れよ」
「仕方ないですね」
イラっと来たスカイだったが、ここでまたつっこむと疲れそうなのでぐっと堪えた。
「私の名前はフルミン・アフォード。アフォード男爵家の箱入り娘です。こう見えて実はA組の生徒なんですよ。フフ、羨ましいですか? 」
「ぶん殴るぞ」
「暴力には断固戦わせて頂きます。まず生徒会に行って相談をし……この人が生徒会役員だった!? 私殴られて揉み消されちゃう!? 」
「いいから話を進めてくれ」
頭を抱えながら、フルミンの世界にこれ以上侵食されないような方法はないかと考える。いままでどんな相手にもこれほど難儀したことはなかった。すなわち、対策が思い当たらない。
「えーっと、頼みって言うのは、私をどうしても公式戦10勝させて欲しいんです! 不正な方法じゃなくて、実力で勝たせて欲しいんです。……いや、この際不正な方法でもいいかもしれない」
「どっちなんだよ」
「両方を視野に入れて」
「方法はいくつか思いつく」
スカイはパッと何個かアイデアを思いついたのを述べていく。
「まずは格下の相手を選ぶとかかな」
「ほうほう、誰ですか? 」
「自分で探せよ」
「でもランキング表はあてになりませんよね。スカイさんめっちゃくちゃ強かったですし」
「知らん。そこは自分で頭をひねれ」
「他のアイデアも聞かせてください」
先ほどのはいわゆる抜け道だ。あまり薦められた方法じゃない。
それにフルミンの言う通り正確に格下を見つけることは困難である。
「正当法なら実力をつけるとかもあるな」
「次! 」
「偉そうなだな! 」
「いいから次」
「たっく、じゃあ公式戦の勝ちを金で買い取るとかってのはどうだ? 」
「ああ、それいいですね。でも学校側にばれたらやばくないですか? 」
「何かしらの処分がありそうなのは想像に難くないな」
「じゃあ結構です」
優しく相談に乗ってやっているのに、フルミンの態度にはどこにもありがたみを感じない。
今になってなんでこんなに優しく相談に乗っているんだ? とスカイは疑問に思っていた。
「文句ばっかりいいやがって。そもそもなんで公式戦に勝ちたいんだ? ビービー魔法使いと揶揄される俺に相談するくらいだ、なにか強い理由でもあるんだろ? 」
「はい。公式戦で10勝できないなら2年生への進級を認めない、と父に言われました」
「はーん、箱入り娘だって言っていたな。随分と心配されているみたいだ」
「そうなんです。それと父は私のことを空気読めない女だと思っているみたいで、そのことも心配なのだそうです。いい縁談に乗って結婚しなさい! が父の主張なのです」
お父さんが正しくね? と本気で思うスカイだった。
ここはお父さんに協力したほうが親子ともども幸せになれる気がしないでもない。
しかし、踏み込み過ぎるのもどうかと思いとどまる。
「そうか。大変だな。俺に協力できることは終わっただろ。さ、帰れよ」
「えー、まだ解決していません。もっといい方法を考えてください」
「そこまでやる義理もない」
「そうだ。お礼はちゃんと用意しているんです」
「お礼? 」
「そうです。あ、別のお礼を準備していたんですけど、もしかしてお金とか困ってます? 援助できますけど」
「いらない」
「紅茶は? 」
「もっといらねーよ! 」
付き合っても無駄な気がして来たが、次の発言は聞き捨てならないものだった。
「じゃあ、本当のお礼を。私生まれ持った特殊魔法を持っているんです。昔、旅の魔法使いさんに、それは禁忌魔法だよって教えて貰ったんですけど、うちの領地にある資料ではあまり詳しくわからなくて」
禁忌魔法という単語を久しぶりに聞いたスカイ。
昔どこかで聞いた。そういえば、師匠のアンスがほんの少しだがそれについて言及していたのを思い出す。
もしやフルミンの言っている旅の魔法使いもアンスじゃないのかと思ったが、スカイはその男の特徴を聞くようなことはしなかった。気にはなったけど。
「禁忌魔法か。俺もあまり詳しくないが、何ができるんだ? 」
「わかりやすく言えば、使い魔との対話、ですかね。やって見せましょうか? 」
スカイはうなずいた。
スカイの使い魔奇術師ピエロも話ができるが、人族の使い魔はそのようにできている。彼女が言っているのはドラゴン族とか、人語を扱えない使い魔との会話だろうと想像がつく。使い魔と契約主の間でならある程度の意思疎通は可能だが、あくまである程度だ。背中が痒い、とか具体的なものになってくると難しい。
「出ておいで、ユン」
彼女に呼ばれて飛び出てきたのは、精霊族のピクシー。ピエロよりも小さいサイズで、顔はエルフ族のような整った顔をしている。背中には美しい羽根が4枚あり、それを使って優雅に浮かんでいた。
「ユン、私たちの会話を見てみたいんだって。適当に何か言ってよ」
「ええ、いいわよ。フルミン、夕ご飯はもう食べた? 」
優しい笑顔でピクシーはそう尋ねた。
「はい、スカイさん。今ユンが夕ご飯を食べたかどうか? って聞いて来ました」
「いや、知ってるよ……」
自分はからかわれていたのか、とスカイはこの時思っていた。
精霊族のピクシーはピエロ同様人語を話す。おちょくられている。完全におちょくられている!
やはり一発殴っておくべきかとスカイは拳をギュッと握りしめた。
「ピクシーは人語を話すんだよ。お前が特別なわけじゃない。俺にだって聞こえている」
「ああ、そうなんですか? すみません、私全ての使い魔と会話ができるから、違いがわからなくて」
そう言われてしまえば、そうなのか? と思ってしまう。
全ての使い魔と話せれば、確かに人語かどうかを判別する必要もない。
しかし、この場にいる使い魔では彼女のいうことは証明できない。ユンもピエロも人語を操る。
「その禁忌魔法は会話ができるだけか? それで俺にどうやってお礼をするつもりだったんだ? 」
「ええと、これだけじゃないです。使い魔との対話は、使い魔も知らないような能力を引き出せたりもするんです。すっごく疲れるので、あまりやらないですけど」
「へえー、俺のピエロの力も引き出してくれるのか」
「そのつもりでしたが、あまり真剣に相談に乗って貰えなかったので……」
じゃあ帰ります、とフルミンは出ていこうとする。
肩をガシッと掴んでスカイはそれを阻止した。
「相談に、乗ろうじゃないか! 」
「10勝、行けそうですか? 」
「当たり前だろー」
上手に転がされてんなー、と自覚しながらもスカイは禁忌魔法の魅力に屈したのだった。




