二十六話 来客共
公式戦を素手で勝ち取った男として、スカイはまた一躍時の人となった。
接近戦で相手を一撃KOした凄い人、ではなく魔法戦闘を前提にした公式戦で素手を使ったズルいやつとしてその話は広まっている。
以前から避けられ気味だったのだが、今じゃ完全なヒールである。
そして本日の夕食時にスカイはそのことをレメからくどくどと指摘されていた。
「あんたね。ほんとやらかしたって感じ。正々堂々正面から倒してやればあんたの評価も上がってたかもしれないのに、なんで素手で倒しちゃうかなー」
「でも反則じゃないんだ。ダメならそう明記してくれればいいものを」
「まあ、間が悪いっていうのもあるんだけどね。2,3年生の上位ランカーの公式戦では当たり前のように物理戦闘も行われるわ。けれどね、一年生である私たちに詠唱しながら物理戦闘にも対応できる生徒なんてそうそういないのよ。つまり、あんたは先を行き過ぎたのよ」
出る杭が打たれるのはいつの世も同じだ。
「まあ、いいさ。どうせもともと好かれていなかったんだしな」
そう納得するスカイだったが、同席しているレメとアスクはその後もブーブー文句を言っていた。
本当の実力を見せてやれと。そしたら周りの態度も変わると。
ランキングが上がったからそれでいいじゃないか、とスカイは考えていた。
そもそも上を目指す意思もない。挑まれたものを返り討ちにしているだけなのだから。
「タツノコって生徒がEクラスの人気生徒だった部分も運が悪いというかなんというか。そんな影響力のある生徒にケガさせちゃったんだよ? あんたもう教室に居場所ないんじゃない? 」
「タツ・コノだ。もともと教室に居場所なんてなかったさ。それにお前が言ったんだぞ。公式戦じゃ怪我をしないって。それがなんだ、全治一か月って」
そう、タツはスカイからのパンチを貰って以来、学校内の病院にこもりっきりだった。実際大した怪我じゃないのだが、痛い痛いと常々口にしており、とうとう医者の口から全治一か月の診断書を引きだしたのだった。
「あれはね……。パンチ一発くらいで全治一か月って、虫か。弱虫か。いや、糞虫ね」
この人口悪いなー、とスカイもアスクも思っていた。
「普通はね近接戦闘じゃあんなことにはならないのよ。ランキングの近い者同士での試合になるし」
「ちょっと待て。レメ、お前の刀の場合どうなるんだ? 光速移動で相手の懐内に潜り込んで首をとるのがお前の十八番だろ? 」
「そんなグロテスクな十八番なんて持っていないわ。一つの戦闘パターンと言ってちょうだい。杖に魔法を纏わせて攻撃する場合、魔力障壁は魔法攻撃として認識してくれるわ。つまり私の武器強化が生徒の首にヒットしても魔法障壁がはがれるだけでグロテスクな状態はおろか、怪我もしないわ」
魔力障壁は余分に1万も多く張られている。一万を切った時点で試合終了なので怪我のしようがないということだった。
「首にヒットした場合と、脚にヒットした場合、魔力障壁へのダメージは同じなのか? 」
「そんなこと私に聞かないで自分で調べなさいよ。……まあ答えてあげるけど」
答えてくれるんだ、スカイとアスクは同じ感想を抱いたが、共に口にしなかった。
「もちろん首へのダメージの方が大きいわ。そこらへんは実際の戦闘に沿うように設計されているって、公式戦案内資料36ページ目に書いてあったじゃない」
「はい、読み直しておきます」
「よろしい。じゃあわたしは行くわ。間の悪いアホのスカイ、次の公式戦はもっとうまくやることね」
一足先に食べ終わった彼女は食堂を後にした。
出ていく最後までスカイへの悪口は止まなかった。
そのほとんどが相手を思うからこそ生まれた悪口なので、スカイはそれほど嫌な気分にはならなかった。
ただ、それほどなので、きちんと嫌な気分は受けている訳である。
いつかレメの粗をさがして罵ってやろうとひそかに誓うスカイだった。
「アスクは公式戦に出ないのか? 」
残った二人で会話を再開させた。アスクは優しい性格なので穏やかな時間が過ごせる。
「僕たち普通の生徒はそうそう公式戦なんてやらないのよ」
と笑顔で彼は答えた。
俺は普通の生徒じゃないのか? とスカイに疑問を持たせたことには気が付いていない。
「スカイは大変だね。あれから更に公式戦を挑まれているでしょ? 」
「そうだな。同じクラスから一人、タルトンってやつが。それとタツの仲間内のBクラスの生徒から一人。後、来月の上級生との公式戦解禁にあわせて2年生からも一人申し込まれている」
「えー!? 上級生からも? 」
「そう。そいつもタツを可愛がっている先輩なんだと。どしても俺にお返ししたいらしい」
「大変だねー。断ってもよさそうなものだけどね」
「いいや、それはない」
きっぱりと言い切った。
「どうして? 」
「返り討ちにして、気分良く眠るためだ。俺のことをビービー魔法使いと呼んだ奴は片っ端方片付けてやりたい」
「ああ、やっぱり結構気にしてるんだ……」
「気にはしていないが、腹が立つだけだ」
「いや、それを気にして――」
「気にしてない! 」
そういうことでいいか、とアスクは笑ってこの話を終わらせた。
こういったアスクの穏やかな性格をスカイはとても気に入っていた。
二人はゆっくりと夕食を済ませて、それぞれの部屋へと戻るためにわかれた。
今日も栄養をしっかり取れて、スカイは満足して部屋でゆっくりと読書にいそしんだ。レメに馬鹿にされないためにも公式戦の案内をもう少し読み込んでおく必要がある。
そんなことをしていると、珍しくスカイの部屋に来客が訪れた。
扉をノックする音はどこか上品さがある。
生徒会に入ってからというもの、バランガのような連中に絡まれることがなくなった。
どうやら今日の来客もそういった連中じゃないらしい。しかし、スカイのそんな予想は外れた。どちらかというと、バランガに似た用件の来客だったのだ。
スカイが扉を開けると、そこには金貨を指でもてあそぶ女性が一人。もう日も沈みかけて薄暗い外だというのに、その存在はどこか輝かしい。同じクラスの生徒、ソフィア・ナッシャーがそこにはいた。
「こんばんは。スカイ・ヴィンセント」
「……こんばんは。ソフィア・ナッシャー」
「素直に挨拶を返してくるとは、殊勝な心掛けね」
「そりゃそうだろう、他に話すこともないし」
「そう! そういう、生意気な態度を期待していたのよ。いいわ、その調子で頼むわね」
「は? いいから、要件を言え」
「まずは、公式戦の初勝利おめでとうございます」
彼女は言葉だけでなく、一礼してその所作でも祝の意を示した。
「ありがとうございます」
スカイも丁寧に一礼して返した。
「だからそういう感じはやめて頂戴。もっとふてぶてしくお願い。あなたのお陰でこの金貨を勝ち取れましたわ。覚えています? クラスで賭けが行われていたのを。逆張りの私は少しの投資で金貨を頂けましたの」
「王女がそういうことしていいのか? 」
「ええ、父上にバレなければ」
「バレたらまずいのかよ」
うっ、と声を漏らして、その直後にスカイを睨みつけるソフィア。
「告げ口なんてしたら許さないわよ」
「国王様への伝手なんてない」
「そう……。お師匠様への告げ口もやめて頂戴」
お師匠様とは、もちろん二人の幼少期に魔法の指導者となったアンスのことである。
「師匠とも長いこと連絡をとっていない」
「そういうことなら安心して良さそうね」
おそらくアンスの前では深窓の令嬢でも気取っているのだろう、とスカイは目星をつけた。いい脅し材料ができたと心の中でほくそ笑む。
「スカイ・ヴィンセント。あなたいろいろと公式戦を申し込まれているらしいじゃない? しかもその全てを受けているとか」
「そうだな」
気の抜けた感じでスカイは答えた。この先の展開が見えて嫌になって来たからだ。
「あなたの魔力弾を見させて貰ったわ。アンス様ほどではないけれど、そこそこに良い完成度を誇っていたわ。まあ、ギリギリ合格ってとこかしら。フフ、いいわ。時期尚早な気もするけれど、このソフィア・ナッシャーと公式戦を戦いなさい! どちらがアンス様の真の一番弟子か、どうちらの方が最速なのか決めようじゃないの! 」
ビシっとスカイを指さしてソフィアは宣言した。
「断る。じゃあな」
しかし、スカイは即答で断りを入れた。そして扉を勢いよく閉める。
一人取り残されたソフィアは指さしたポーズのまましばらく固まっていた。
側を通る生徒が、あれ何やってんの? と話をする声が聞こえてくるまで唖然としていたのだ。
直後に湧き上がる怒り。
礼儀も上品さも、何もかも忘れて拳で扉をたたく。
あけろー!! こんちくしょー!!
しばらくの間、ソフィア・ナッシャーの生涯でもっとも下品な時間が続いた。
結局扉は空くことなく、彼女はあきらめて自分の部屋へと戻っていった。
静かになった玄関方面。スカイはようやく読書に戻れると本を開いたのだった。
静かに読み進めていくと、また扉がノックされた。
最初のソフィアの上品なノックとは違い、当然だが拳で叩くような音とも違う。
ソフィアが作戦を変えたか? と警戒したが、なんだか気になるので一応扉を開いて覗いてみることに
そこに立っていたのは、面識のない一人の女子生徒。
ショートカットの髪の毛、質素だが可愛らし顔、どこか幸薄気な雰囲気。当然だが、部屋を訪ねられる用事などスカイには思い当たる節などなかった。
「あの……、生徒会役員のスカイ・ヴィンセントさんですよね? 」
「そうだが? 」
「その、た、助けて欲しいんです」
「A組のレメって知っているか? あいつも生徒会役員だ。あいつのほうが役に立つ」
面倒ごとをレメに押し付けようとしたスカイだったが、女子生徒は首を大きく横に振った。
「彼女じゃダメなんです! 私、知っています! スカイ・ヴィンセントさんの公式戦の戦績が2戦2勝な理由」
自分はまだ1戦しかしていない。2戦2勝とはどういうことかと首をかしげる。
「レメさんはスカイさんとの公式戦を辞退したんです。私、職員に知り合いがいて、それで情報を知っていて。誰にも言ってないですから、安心してください」
スカイには初耳の情報だった。てっきり来週あたりにレメとやり合うつもりだったからだ。
まだ通知が来ていないのは、レメへの配慮か、それともスカイへの嫌がらせか。開幕1周目で1戦しかできないのに、2勝している事実。公表すればランキング表に大きく影響を与えてしまうだろう。
教師たちのそんな思惑などどうでもよく、スカイは来週の予定が一つ空いたので何をやろうかとふと考えた。
目の前の女子生徒に見つめられてすぐに考えることをやめたのだが、何を頼まれるのかと、今度は面倒な気持ちが出てくる。
まあとりあえず聞くだけ聞いてみるかと思い、スカイは彼女を部屋にあげた。
「仕方ない。とりあえず入れよ」
「す、すみません。上がらせて貰います。あのー、飲み物は王都産の紅茶にレモン果汁と蜂蜜を一滴お願いします」
「ねーよ!! 」




