二十五話 ビービー魔法使いの戦い
Eクラス同士の対戦ということで、いまいち盛り上がりに欠けていたこの試合だったが、ビービー魔法使いの登場によってその様相が変わる。
珍しい生物と遭遇したかのように、観客たちはビービー魔法使いを観察していく。
いい試合を見たいと願っていた彼らが、今じゃ試合のことなど忘れてスカイに興味津々である。もちろん、いい意味での興味ではなく、嘲笑の対象としての興味だ。
「おい、魔法使えんのよ! ビービー魔法使い! 」
客席からそんな声が発せられた。次いで湧き上がる笑い声。
人前に出ればこんなこともあるだろう、と想定していたスカイだったが流石にイラっとした。
声がした辺りに魔力弾を撃ち込んでやろうとも考えたが、それはやめておく。まだ理性が働いている自分に一安心した。
「スカイが勝つと思うわ! 」
多くの笑い声を割って声を張り上げた女性がいた。
現在ランキング2位、Aクラスの生徒で、生徒会役員でもある。更にはその美貌で一部の男子にかなりの人気を誇る、レメだった。
レメの存在を知る生徒たちはなぜ彼女がそんなことを? とコソコソ話し込み、部外者の客たちは声を張り上げた美しい女性に一瞬驚き、変わった子がいるなぁと話し込んでいたりした。
自分をなぜだかかばってくれたレメに感謝して、スカイは試合を始めるように促した。
まず使い魔を召喚するように言われて、スカイはピエロを呼び出す。
「ヒャッハー!! また来てやったぜ! 人間界! 」
テンションの高いおっさん声の奇術師が姿を現す。
タツも次いで使い魔を呼び出す。
亜空間から現れたのは、長い体と大きな翼を誇る白いドラゴンだった。ドラゴン系の使い魔は強力で知られているが、タツの呼び出した使い魔もその例に漏れない。
白いドラゴンの正体は、セイントドラゴン。
守りに定評のあるドラゴン属であり、契約には多くの条件が必要とされる使い魔だった。
そのことを知っている一部の観客は、それだけでタツがある程度の使い手だということを察した。
にらみ合うセイントドラゴンと奇術師ピエロ。
「ひゃっ、こえー! 」
すぐさまピエロはスカイの背中に隠れる。
自分の使い魔が臆病なことにスカイはがっかりした。強力な能力を保持していなければ、今すぐ契約をなかったことにしたいくらいだ。
二人の召喚を確認して、教師はいよいよ開戦を告げた。
杖をすぐさま手にしたスカイは、速攻で試合を決めるつもりでいたのだが、一瞬で向かいあうタツとの間に透き通る白い壁が築き上げられたのを確認する。
こんな魔法はない。
となると、セイントドラゴンが持つ能力をタツが活かして作り上げたものだ。
試しに魔力弾を撃ち込んでどういったものか図ろうとしたスカイだったが、ご丁寧にタツが説明を開始してくれた。
「ばれてまずいものじゃないから教えてやるよ。これは俺とセイントドラゴンが作り上げたセイントウォール。あらゆる魔法を拒絶する壁だ。俺側からも魔法を突破させることができない条件にしたかわりに、最高強度を誇るに至った」
試しにスカイは魔力弾を一発撃ってみた。確かにはじかれる。
「ヒャッハー!! 今のは威力加算に含ませてやるよ! 」
ピエロがそう告げてきた。魔法の相殺としてカウントしてくれたらしい。
これで魔力弾の威力は550に上がる。
これをカウントしてくれるなら、マックスの2000まで威力を上げて打ち続けてもいい気がした。
本当にセイントウォールとやらが無敵かどうかも気になる。
しかし、最悪壁を突破できなかったときにスカイには魔力が少ないというハンデがある。持久戦には持ち込みたくないのが本音。
そこで相手の出方を待つことにした。タツ側からの魔法も壁を突破できないなら条件は同じはずだ。
「お前がインチキな魔法を使うっていう情報はバランガから貰っている。しかし、セイントウォールがある限り俺には一切干渉できない。そこで黙って俺の最高威力の魔法が完成するのを見てな! 」
そういうことか、と相手の戦術を理解したスカイ。
タツは火の性質だ。
火の性質は威力の高い上級魔法が盛りだくさんだ。
詠唱が完了したと同時に、タツはセイントウォールを解除して魔法を放つ。
相手が上級魔法で相殺することは想定しているだろうが、おそらく威力に相当な自信があるとみていい。
セイントドラゴンはドラゴン族では珍しく物理戦闘に関与しない。
見た目は恐ろしいが、ピエロ同様にただ浮遊しているだけの無害な存在だ。
その分、おそらく魔法では破れない強力なセイントウォールを作り上げることができるし、セイントドラゴンは魔法の威力底上げが他のドラゴン族に比べて大きい。スカイの読んだ資料によればその威力底上げは最大で1.5倍と書かれていた。タツが手に嵌めているグローブは彼の杖だ。杖の威力底上げもある。彼が威力に絶対の自信をのぞかせることに、スカイはそれなりの理解をしめした。
タツがスカイに公式戦を挑んだ時、やたら自信を持っていた。どうやらあのときから彼はこの戦術を考えたと見て良さそうだった。
しかし、穴だらけだ。
タツには見えていない戦術がある。
タツは意気揚々と魔法の詠唱に入る。
火の性質、上級魔法ファイヤーアロー。詠唱時間6秒。火の鳥を模した形になって高速で対象へ向かう火の魔法だ。受ければ魔法障壁の一部が消し飛ぶ。6~12秒の猶予が与えられた。
魔力弾の威力を限界まで高めてもいい。それで相殺すれば、おそらく300ほど威力が勝るこちらが相手に余波ダメージを与えられる。
しかし、そんな面倒なことはしない。
スカイはもっと簡略な道を見つけていた。
魔法詠唱に入ったタツに、スカイは高速で駆け寄る。
セイントウォールが二人を阻んでいたが、スカイの想定通り生身の人間は普通に通ることができた。
そう、穴とはこれだ。魔法を完璧に防ぐセイントウォールだが、物理的なものは防げない。魔力弾で地面を削り、フロアのブロックを投げつけることも考えたスカイだったが、それはあまりに美しくない。
だから、こうして一気に接近した。
恐ろしい見た目のセイントドラゴンが待ち受けるが、あれは手を出してこない。
タツの挙動から、近接戦闘の心へはないと見て、スカイは無防備に空いた腹へと拳を叩き込んだ。
苦しめないために、いぱっつでその意識をそいでやる。
残念なことに、セイントウォールも魔力障壁も物理面には関与しない。
タツが倒れたことでセイントドラゴンは魔域に戻っていく。それを見てピエロはざまーみろ! と喜んでいた。
勝負あったはずだが、一向に試合終了の声がかからない。
観客もなにやら静まり返っている。
喜んではしゃいでいるのが一人いたが、それはレメだ。
遅れて教師から試合終了の声がかかった。
それに合わせて客席からは罵詈雑言のブーイングが飛ぶ。
「せこい手を使うなー! 」
「こっちは魔法戦闘を見に来たんだよ! 」
いろいろ言われたが、彼らの言いたいことは全て同じだ。
見たかったものと違う、この一点に尽きる。
そんなものは知らないとばかりに、スカイは飄々とした態度で会場を去った。
近接戦闘が許可されているにもかかわらず、会場の魔導モニターにはなぜかしばらく審議の文字が映し出された。結局結果は変わらずスカイの勝ちになったのだが、スカイの人気が更に下がったのは言うまでもなかった。
タツ・コノはEクラスで最上位の生徒だった。
249位の生徒が201位の生徒に公式戦で勝てば大きくランキングをジャンプアップさせることができる。
しかし、スカイの勝ち方とビービー魔法使いだということが影響して、スカイ側のランキングはほとんど変わらなかった。
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248 スカイ・ヴィンセント
249 タツ・コノ
250 タルトン
夕方、公式戦が終えられて魔道掲示板には新しいランキングが書かれていた。
この更新されたランキング表を見て、スカイはこんなもんだろう、と思った。
しかし、納得していない生徒が3名ほど。
スカイを妄信しているアスクはグチグチと文句を言っていたし、スカイの速さ強さに魅入られてレメも生徒会長に似た愚痴をこぼしていた。
そして、なぜかまだ最下位のままのタルトン君は再度怒りに震えた。




