二十話 初友人
生徒会に入って特別手当をいろいろと貰うことになったスカイは、早速その恩恵を受けている。
未だ価格の安い平民用の食堂に通っているとはいえ、そのメニューには定食のほかに穀物ジュースが追加されていた。
生徒会メンバーへの特別支給品である栄養たっぷりのドリンクを飲み込んで、スカイはその日の夕食を終えた。
魔物を狩って冒険者ギルドからもらった金は、既にほとんどない。
休みの度に王都の街に出向いてウロウロと散策をするスカイは、たびたび貧民にせがまれて寄付をしていた。
今じゃ、寄付をしてくれるお兄さんとして貧民街では軽く有名人だった。
金がなくなればまた冒険者ギルドにでも行って稼げばいいのだが、節約するに越したことはないと平民用の食堂でいつも済ませている。
そんな感じでいつも一人きりで黙々と食事を済ませるスカイに、今日は珍しく一人の生徒が近づいてきた。
「あの、スカイ・ヴィンセントさんですよね? 」
美味しかった穀物ジュースの余韻に浸っていたスカイだったが、声をかけられて余韻を楽しむことをやめた。名前を尋ねられたので、そうだと頷く。
「少しよろしいでしょうか? 」
「いいぞ。少しだけならな」
この後は寮に戻って本を読むくらいしかやることがないにもかかわらず、スカイは相手を急かすようなことを述べた。これまで声をかけてくる人間にろくな奴がいなかったのが原因である。スカイは自分に声をかけてくる=敵対心があると軽く思い込む癖がつき始めていた。
彼は同じ一年生で、C組の生徒、アスクというメガネをかけた細身で大人し気な生徒だった。
スカイにとってはもちろん初対面なのだが、彼は実はスカイを知っていた。
「スカイさんのことは前々から知っています。生徒会に入ったと知ったときは、ああこういう人が生徒会に入ってくれて良かった、と思いました。生徒を助ける立場にある生徒会役員が、優しい人で良かったと」
なんのことかわからずあっけにとられるスカイ。それでも自分が生徒会に入って良かったと言ってくれたのはアスクが初めてだった。久々に感謝とか褒められるとかプラスの感情を向けられてスカイは戸惑いを感じた。
「はあ、で本題はなんだ? 」
スカイがそう尋ねると、アスクは首を横に傾げた。
「まさかそれだけじゃないよな? 」
「いえ、それだけなんです。ああ、まだ一個ありました。孤児院への寄付、ありがとうございます。院長が凄く感謝してました。本当にあなたのような人がいてくれてよかった、と述べておられました」
これまたなんの話かわからないスカイだった。
ポカーンとしているとアスクが詳しく説明をしてくれた。
どうやらスカイが冒険者ギルドから受け取った膨大なお金は、大半が貧民街にばらまかれたのだが、その一部は孤児院へと回ったらしい。アスクはもともとその孤児院の出なので、未だに院長とはつながりがあり、寄付のはなしを聞いていた。
聞くところによれば寄付した人の年頃はアスクと同じくらいとのことなので、興味を持ったアスクは休みの日に待ち伏せをして貧民街への寄付男を探ったのである。そこで見たのがスカイ・ヴィンセントだった。学校でビービー魔法使いと揶揄されている有名な生徒だった。
辛い学校生活の裏で、彼は普段こんな慈善活動を!? と胸打たれたアスクはその日以来こっそりとスカイのことを見守っていた。
そんなことなどつゆ知らず、今日を迎えたスカイ。自分の寄付が孤児院に入っていたことすら知らなかったのだ。
「そうか。まあ、助かった人がいるならそれでいい」
「スカイさんが平民用の食堂を利用しているのも感動しました。あの、宜しければこれから毎日一緒に夕食を摂りませんか? スカイさんのこともっと知りたいんです」
「え? 」
意外な申し出に固まるスカイ。
「いや、俺はビービー魔法使いだぞ。悪目立ちしたくないなら関わらないほうがいい」
「そういうのは別にどうだっていいんです。問題は、スカイさんが僕といて不快かそうじゃないか、です」
「不快もなにも、あんたのこと知らないし」
「じゃあ、知るためにも一緒に食事をしましょう」
「はあ……」
困った表情のスカイに、アスクは微笑みかけた。
優しそうな顔に、スカイはまあいいかと思い始めていた。
と、こんな感じで、スカイは学校生活初の友人を得ることになる。
この日以降、スカイはアスクと夕食を一緒に取ることになった。
アスクにはクラスの友人がいるので、日中はスカイと共に過ごすことはなかった。それでも校内ですれ違ったりするとアスクはスカイに手を振ったりする。アスクの友人たちが悪目立ちしているスカイと関わらないほうがいい、と警告するがアスクはそれを聞き入れなかった。
そして、夕食時になるといつもスカイを呼びにいって二人でご飯を共にする。
「へえー、王都でも話題だった一日にA級魔物が2体も狩られたのって、スカイさんがやったんだ!? 」
基本スカイは無口なので、いつもアスクが会話をリードしている。今日もいろいろとリードした挙句、スカイが魔物を狩った話まで引き出していた。
「そうだよ」
「やっぱりスカイさんってすごいや。みんなあなたのことを馬鹿にしているけど、僕は知れば知るほどあなたが素晴らしい人間だと確信するんだ」
「そ、そうか? 」
やっぱり褒められ慣れていないスカイはこういうときの反応に困る。
重ねてアスクが、すごいよ! と大声で褒めるものだからスカイは本当に困ってしまう。しかし、それでも以前一人でご飯を食べている時より夕食時が好きになっていた。
アスクのスカイへの質問が一通り済んだ後、意外とおしゃべりなアスクは最近の学校内の情報も発信する。
「そうそう、2年生のAクラスの生徒が失踪したそうですよ」
「ふーん」
「どうでもよさげだね」
実際どうでもよかったのだが、アスクが申し分なさそうにするので「そんなことない」とちゃんと一言添えておく。
「でね、その生徒なんだけど、前日に友人に冒険者ギルドへ行くって言っていたらしいんです。もしかしたら冒険者ギルドで仕事を受注して、魔物にやられちゃったんじゃないかっていう噂なんですよ」
「それは大変だー」
演技たっぷりの返答だったが、アスクは気が付かなかった。
「学校側が冒険者ギルドに問い合わせて、事実関係を確かめている途中らしいです。冒険者ギルド側から救出に向かうことはないそうなので、動くとしたら生徒会が動かされるんじゃなかって話も出ています。もしかしたら、スカイさんが呼び出されて探しに行くことになるかもしれませんね」
「へー、それは大変だー」
またも演技たっぷりの返事にようやくアスクもスカイが興味を持っていないことに気が付いた。
相手に怒ればいいのに、アスクは喋りすぎて申し訳ないと自分を責めていた。
どこまでも人のいい男だとスカイが思っていると、気になる人物がアスクの後ろから近づいてくるのが見えた。
ゆったりとした綺麗な歩様で近づいてくる女性、先日生徒会室で出会ったレメだった。
公式戦を申し込まれた日以来の再開だった。
彼女はアスクとスカイのテーブルに座り込んだ。
「どうやら失踪した2年生の生徒の話をしていたみたいね」
会話の一部を聞いていたレメがそう切り出した。
「そ、そうですけど……」
応えたのはアスクだった。同じ平民でも、レメは異質の存在。カリスマ性が高く、多くの生徒にスカイとは反対の意味で敬遠されていた。
「彼の予想通りよ。生徒会長から私とあなたに仕事の依頼が入ったわ。失踪した2年生の生徒を救いに行く。明日の授業はもう休みの申請をとっているから、明朝校門前にいらっしゃい」
要件を簡単に伝えると、レメはその場を去っていった。
「やっぱりこういうのって生徒会が動くんですね。流石です! 最強の呼び声高いレメさんと本当の最強のスカイさんが共闘だなんて、僕も休みをとって見に行こかなぁ」
盛り上がるアスクと対照的に、スカイはテンションが下がる。
2年生の捜索なんて面倒くさいし、何よりあの性格悪い女と二人きりなのが嫌だった。
しかし、明日の穀物ジュースを飲むためにも、生徒会からの仕事は放置できない。
スカイは渋々納得し、寮に戻ってはやめの睡眠をとった。




