十八話 公式戦
奇術師のトリックメーカー。
書物でその内容を読んだとき、これは面白い。自分の戦闘スタイルにぴったりだとスカイは直感した。
「ここで早速トリックメーカーを使うか? それとも一人っきりの時にするか? 」
「あとで頼む」
広い体育館の中とはいえ、まだ使い魔との契約がそこら中で行われている。
あまり集中できる環境ではない。奇術師にあとでまた現れるように伝えて、今は帰ってもらった。
「じゃああばよ。またいつでも呼びな。酒があると俺は機嫌が良くなるぞ。覚えてな」
「覚えておくよ」
使い魔も酒を欲しがるのかとその意外性を知った。覚えるだけ覚えておこうと。酒を準備してやるつもりは毛頭ないスカイだったが。
この使い魔契約の忙しい一日が終わり、スカイが自分の部屋へ戻ろうとしていた時だった。
教室に設置された魔導掲示板に文字が表示された。
『スカイ・ヴィンセン 放課後生徒会室へ 生徒会長より』
主に教師が使うそこには生徒会長からのメッセージが記されていた。
「なんだよ、偉そうにしやがって」
メッセージを読んでいたスカイにそんな言葉が投げかけられた。
突然の言葉に意表を突かれてスカイは振り返った。
「は? 」
思わず不遜な態度に出てしまう。
「偉そうだって言ってんだよ。魔導掲示板を我が物顔で使ってよ。それって教師とかが使うものだろ? 生徒会に入ってからお前、態度がでかいんだよ」
スカイに声をかけてきたのは、Eクラスの中でいつも中心的立場にいる男だった。名前はタツ。そこそこの貴族の家の出なのだが、スカイは彼の実家も彼自身のことも全く知らなかった。クラスで良く騒いでいるやつ、その程度の認識があるだけだった。
自分がビービー魔法使いだということは認識しているので、スカイはなるべく静かに目立たないように過ごしてきた。それが、なぜか急に態度がでかいと絡まれている。
「悪かった。明日からは目立たないように過ごすよ」
「それで済むかよ。前々からお前のこと気に入らなかったんだよ。ビービー魔法使いのくせに、なんだかいつもクールに気取ってやがるし、気が付いたら生徒会にも入っているし、お前なんだか胡散臭いんだよ」
静かに過ごしているだけだったのに、気取っていると思われていたとか、予想外すぎてスカイは反論に困った。
じゃあ、明日からはもう少し騒がしくしようか? と提案しかけてやめた。間違いなく火に油を注ぐからである。
「おい、ビービー魔法使い。俺と勝負しろよ」
じゃんけんなら喜んで受けるのだが、そんな優しいものじゃないことは明白だった。
相手がやる気満々なのでスカイは了承してもいい気がしたのだが、この学校は許可なく魔法の使用が禁じられている。生徒会の一員であるスカイはその例から漏れるのだが、本来の目的と違う使い方をすれば罰則が下ることは明白だった。
バランガのように呼び出してくれれば返り討ちにするだけで済むのだが、タツはクラス中の生徒の目の前で宣言してしまった。
「公式戦って知っているか? 」
「公式戦? 」
「まあ、そうなるよな。皆、少し帰るのを遅らせて俺の話を聞いてほしい」
タツは声を張り上げてEクラスの生徒たちを呼び止めた。
「一年生の俺たちにはまだ知らされていないが、俺は兄がいるから事前にこの学校の情報を知らされている。この学校にはな、公式戦っていう正式に魔法の使用が認められている行事がある。一年生は来月から始まり、一週間に一度だけ相手を指定してバトルを行うことができるんだ。相手に勝てば成績表に加点が行われる。俺たちの中には勝手に決められた試験の項目で不当にEクラスに入れられた人も多いだろう」
その通りだと同意する生徒が多かった。不当な評価を下された中にタツは自分のことも入れているのだろう。
「不当に評価されたのなら、実力で覆してやるだけのことだ。俺は公式戦で勝ちまくってEクラスからAクラスまで上り詰める! その第一歩として、なぜか生徒会の一員になったビービー魔法使いを倒して、その足掛かりとする! 」
演説染みたタツのセリフに教室が湧き上がった。
タツにカリスマ性を感じた者もいたし、タツと同じように成り上がろうと興奮して声をあげた者もいた。
「この勝負逃げないよな? ビービー魔法使い」
「公式戦、ね。いいよ、受けよう」
スカイが公式戦を受けることを公約したせいで、教室内は更に湧き上がった。
そんな便利なものがあるなら、バランガはリスクを冒さずに公式戦を利用すればいいのにとスカイは考えたが、バランガは知らなかったのだろうという考えにすぐに至った。本当のところは、スカイを痛めつけるのがバランガの目的なので公式戦を知っていてもあのような場を用意したことだろう。
「そして、俺が勝った際には生徒会の席を俺に譲れ」
そんなことを言われてもスカイにそんな権限あるはずもない。
それを説明したところで興奮したタツには聞き入れて貰えそうになかった。だから、スカイは気だるげに了承したのだ。
「まあ、いいよ」と。
タツとスカイの公式戦が口約束だが交わされたのを見て、クラスの調子者が賭けをしないかと持ち出す。
やろうやろうとの声があがり、すぐに投票が行われ始めていた。どうみてもタツへの投票が多い。
そんなことにいつまでも気を取られてもいけないので、スカイはそろそろ教室を出ようと歩き出した。
すぐに歩み寄ってくる生徒が一人。
ソフィアだった。
彼女は口を寄せて小声でスカイに話した。
「あなたに投票するわ」
「ふーん」
「流石に負けないわよね? 伝説のラグナシが」
「……当たり前だろ」
「そう、楽しみにしているわ」
盛り上がり続ける教室を後にして、スカイは生徒会室へと向かった。
生徒会室に入ると会長、副会長、初見の生徒会員、そして腕に腕章のない黒髪の女の子がいた。
彼らもスカイが入ってきたことにすぐに気が付いた。
「急に呼び出して悪いね」
会長はその大きな目でスカイを見つめながら謝罪した。
「いいですよ。生徒会に入ったというのに仕事らしいことを一切していませんでしたから」
「そう言って貰えると今度呼び出すときに気兼せずに済むから助かる。今日は二人を紹介しておきたくてね」
そう言って生徒会長のスルンはスカイにとって初見の男と黒髪の女性を指した。
「やっ」
男性の方が人好きのする笑顔で声を発した。
若干小太りで、メガネをかけており、額に垂れる汗をハンカチで丁寧にふき取っている。
それほど暑い季節ではないのだが、彼には暑いようだった。
「彼は2年生のプスト・グレルグ君。こう見えても実力は確かだよ。順調に行けば私の後釜になる人だ」
「やあやあ、プストです。君がスカイ君だね。会長から相当やると聞いているよ。よろしくね」
プストは小走りでスカイに迫り、両手でスカイの手を包み込んで力強い握手を交わした。いい人なのは伝わるが、手も若干汗ばんでいたのでスカイは少しばかり不快感を覚えた。
「で、こっちが私の後輩、実家も近くなんだよ。君と同じ一年生で、今日付けで生徒会役員になったレメたんだよ」
黒髪の清楚な女の子は、その紹介に合わせて丁寧に一礼した。
表情は常に柔らかい笑みが浮かんでおり、清楚で上品なイメージがあふれる女性だった。
「レメです。よろしく、私より先に入会したスカイさん」
なにやら含みのある言い方だった。
手を差し出されたのでスカイも手を出す。
ギュッと手を握られたかと思うと、レメは次いで相手の手の骨をも砕こうかというほど強く握り占めた。
「おい、いてーんだが」
「はい、強く握っていますので」
笑顔を絶やさずレメは答えた。
見た目とのギャップが凄い。スカイはどうにかしろと生徒会長のほうに視線をやった。
生徒会長がこらっと軽くしかるとレメは素直に手を放した。
「レメたんは本当は素直で優しい子なんだよ? でもさ、ちょっと私が手順を間違えちゃったから、今怒っててね」
「怒ってませんよ」
明らかに怒っていた。分かりやすくこめかみの血管がぴくぴくと動いている。
「いやね、レメたんは私の実家の領地に住む平民なんだよ。子供の頃から天才的な強さを誇っていてね。高等魔法学院に入った際には一番に生徒会役員にいれると約束していたんだ」
「それが間違って、俺を先に入れてしまったと」
「そうなんだよ。だってレンギアのやつが凄い凄いって騒ぐし、確かに君の魔法は凄かったし。すっかりレメたんのことを忘れていたの」
そんなことで自分に怒りを向けられるのはいい迷惑だ、とスカイは愚痴をこぼした。
レメは生徒会長に一時的な怒りを向けているが、スカイには長びきそうな敵意を向けていた。
教室だけでなく生徒会でも敵意を向けられるなんてたまらないと思いスカイはレメに弁明することにした。
いろいろ述べてみたのだが、レメの心には響かない。
珍しくジョークも述べてみたが、会長とプストしか笑わなかった。会長は笑いのツボが浅い、プストは良いやつだと再認識できた。
「そんなことよりも」
「そんなことより? 」
「はい、くだらない話はお終いにしましょう。それより重要な提案があるのですが」
頑張っていろいろ話したのにくだらないと一蹴されてしまい、スカイはそれなりにダメージを受けた。やはり静かに一人で過ごすのが一番いいと改めて思う。
「わたしたち一年生は本日、皆無事に使い魔との契約を結ぶことができました。これでわたしたちも一応形だけは一人前の魔法使いと言う訳です」
「教師もそんなことを言っていたな」
「一人前になった者どうし、力試しをしてみませんか? ビービー魔法使いさん」
どこかデジャブな光景にスカイはこの先の展開が読めた。
「まだ一年生には伝えられていませんが、わたしは会長から聞いており知っています。来月から一年生の間でも公式戦というのが解禁されます。あなたは知らないでしょうが――」
「知っているよ。やりたいんだろ? 俺と公式戦」
「あら、意外ですね。知っていたのですね、公式戦」
「さっき教室で聞いた。先約が一人いるから、そのつもりで」
「ええ、そのくらい待ちますよ。あなたの胡散臭い魔法を私が打ち破って見せましょう」
「それ、さっきも言われたな。雑魚はそう言う決まりでもあるのか? 」
お互いの安い挑発にしっかりと乗っかる二人。
しばらくにらみ合う、スカイとレメ。
まだ相手の魔法の系統も使い魔の情報もない。
スカイは確かにレメに尋常ならざる強さを感じており、まずは情報を制する必要があると考えた。
「二人とも、なかよく! 」
会長の声は二人には届かなかった。




