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買出し

 学園から出て、街を通り抜け……石畳の街道を歩いて行く。

 平穏な空気だなぁ。

 学園周辺しか知らなかったけど、世界はこんなにも広いんだな。

 と思いながら見上げる。


 んー……なんか空が丸いような不思議な感じがするけど、気の所為かな?

 プラネタリウムみたいな違和感……これも異世界って事なんだろう。

 もしかしたらこの世界って平らなのかもしれないし。


「どれくらいで隣町に着くの?」

「歩いて三時間くらいですね」


 思ったよりも遠い。

 だけど行って帰って来れない距離でも無い。

 見晴らしの良い石造りの街道だし、人通りもそれなりにある。

 活気が売りみたいな感じだ。


 思えば外国に来た様な雰囲気なんだよな。

 学園に軟禁された様なものだったし、新鮮だ。

 いや、リーゼが悪い訳じゃない。

 勝手に外に出たら迷子になりそうだったし。


 異世界の空気、日常、風景……なんて好奇心に心を躍らせながら歩いていたらいつの間にか隣町に到着していた。

 うん、学園のある城下町よりは確かに小さい。


「用事って何があるの?」

「色々と買い出しですよ。後、学園長から隣町の知り合いに資料を届ける様に頼まれたんです」

「ふーん……」

「武器屋とか覗いて行くんでしょ?」

「ええ」


 そんな感じに俺はリーゼとロザリーに導かれるまま、隣町を歩く。

 で……なんか高そうな宝石店にリーゼが入って行く。


「いらっしゃいませ」

「リーゼ=ウィラテスです。頼んだ品が見つかったと聞いたのですが」

「こちらです」


 と、店員から何か高そうな箱を受け取る。


「ありがとうございます。料金はこちらに」


 で、リーゼが小切手みたいな紙を出して店員に渡した。

 どうもそれだけでやり取りは終わった見たいで戻って来る。


「目的はそれ?」

「ええ、私の目的はコレですね。他にもありますけど」

「へー」


 ロザリーが箱をマジマジと見つめる。


「何を買ったの?」

「秘密です」

「教えてくれても良いじゃないの」

「ダメですよ。これだけは話せません」


 知りたがりのロザリーの質問を、断固として断りながらリーゼは箱を懐に仕舞い込んだ。

 そんなに大事な物なのか?

 まあ女の子だし、リーゼもファッションとかをするのかもしれない。


「あ、出店がありますね。セイジさんお腹空きましたか?」

「そういえばお腹空いたかも」

「リーゼも何だかんだでおなか減ってるんでしょ?」

「ええ、ちょっと疲れましたし」


 うーん……美少女二人と買い物って日本にいた時には夢にも思わない状況だなぁ。

 そう思って機嫌よく歩いているとリーゼが囁くように言った。


「見てください、セイジさん。この世界の人達はゲートに頼った生活もしていますが、こうして普通に日常を過ごしている人もいるんです。だから……」

「そりゃあ、俺がいた世界だって同じだよ」


 極普通の日常……屋台のある場所だけを切り取って見たら異世界だって認識する物の方が少ないかもしれない。

 だけど、見た事も無い生き物が引く馬車とか、空飛ぶ変な鳥とか見ていたら不思議な世界なんだと思う。

 好奇心が無い訳じゃない。

 異世界に来てから今まで、学園の敷地にいる事の方が多い訳だし。

 なんて思っていると。


「キャアアアアア!」


 突然悲鳴が聞こえてきて、人を突き飛ばして小汚い人が走り去っていく。


「な、なんだ?」

「泥棒ー! 誰か捕まえて!」


 悲鳴を上げた、身なりの良さそうな女性が先ほどの小汚い……人を指差す。

 ひったくりか!?

 やっぱこんな世界でも犯罪者っているんだな。

 急いで追いかけるかと思ったその時。


「待ちなさい!」


 リーゼが俺よりも早く駆けだして逃げるひったくりを追いかけて行く。


「あ、待って! リーゼ!」

「リーゼ!」


 釣られて俺もリーゼの後を追う。

 え? リーゼって責任感がとても強いと思ったけど、正義感も人一倍あるって事なの?


 ……あー、こういう所で俺は日本人なんだなと自覚してしまう。

 ひったくりを強引に止める事に対するリスクとか思考してしまった。

 その点で言えばリーゼの反応はとても人間らしい。

 善人なんだって心の底から思う。


 しかし……リーゼにしろ、ひったくりにしろ少し足が遅い様な? 

 そう思いながらひったくりが逃げた裏路地へと入りこむ。

 すると二つ目の角に差しかかった所でひったくりが罠とばかりにラリアットをしかけようとしてきた。


「おっと!」


 咄嗟に止まって、リーゼ達を庇う。


「ち! しつけぇ奴等だ!」


 舌打ちしたひったくりがナイフを取り出して構える。


「今すぐ盗んだ物を返しなさい! でなければ容赦しませんよ!」

「ええ」


 リーゼとロザリーが戦闘態勢に入り、手を前に掲げて魔法を詠唱し始める。


「その出で立ち! ドラーク学園の学徒共か! だが、それで引くと思ったら大間違いだぜ!」


 結構有名な所なんだな?

 そう思いながら俺も構える。

 武器なんてリーゼからもらった護身用のナイフしか持ってないけどさ。


「俺をそんじゃそこらの雑魚と一緒だと思うなよ!」

「ひったくりをする程度の奴が雑魚じゃないって……」


 なんて言うか異世界なのにやる事がせこい。

 こんな事をする奴が雑魚じゃないとはどうなんだろうか?


「喰らえ!」


 腰を落とした体勢で、ゆっくりとひったくりが俺達の方へと駆け出して来る。


「早い!」

「場末の雑魚にしては動きが良さそうね」


 リーゼとロザリーが魔法を詠唱しながら狙いを定めたその時、ひったくりが壁を足場にして縦横無尽に動き回って俺達の後ろに回り込もうとしている。

 そして、俺の目にも止まらない速度で俺達の背後に回り込んでいた。


 一体いつの間に!

 途中までは目で追えたのに!?

 リーゼ達の魔法がひったくりに命中することなく、路地裏の奥へと飛んで行ってしまう。


「死ね!」


 ナイフを持ったひったくりがリーゼに向かって振りかぶらんと飛びかかる。

 リーゼの方も察して振り返りながらバックステップをしてひったくりの猛攻をかいくぐろうとしていた。

 が、俺はひったくりの若干ゆっくりとした動きに対処して、小走りで追いついて背中を叩きつける。


「うぐは!? な、何――」

「え? セイジが追いついた?」

「どうしたの?」


 リーゼ達も殺さない様に手加減して、俺が攻撃しやすい様にしてくれているんだと思ってた。

 だって、リーゼ達の方が有名人らしいし、相手も俺よりもリーゼ達に意識を向けていた。


「い、いや。セイジって結構動きが良いんじゃない?」

「そう? 妙にゆっくりと見えたからさ」

「ビギナーズラックかな? どっちにしても良い感じだね」

「そうですけど……」


 リーゼはひったくりをロープで縛り上げて、所持していた武器やひったくった物らしき物を取り出す。


「すぐに返しに行って、この方は役人に突き出しましょう。それからセイジさん」

「何?」

「無茶はしないでくださいね」

「いや、してないって」


 リーゼ達がいたから上手く行っただけだし。

 なんて思いつつ、俺達はひったくりから取られた品を持ち主に返して、役人にひったくりを突き出した。

 後はリーゼ達の用事に付き合ったその帰り道の事。


「セイジってやれば出来るんじゃない? その腕を見込んでゲートに挑んでみるのも良いかもしれないわね」

「またその話ですか! せっかくセイジさんが諦めてくれたのに!」


 思わずリーゼの方を眺める。

 別に諦めたなんて一言も言っていないんだが……。


「かと言ってセイジをずっとリーゼは面倒を見るの? 自立したいならさせて上げたら良いじゃない」

「ゲートじゃなくても良いです」

「とは言っても、セイジみたいなお上りさんを学園の外に行かせて大丈夫かしら?」

「お上りさんって……」


 確かにこの世界に関しちゃかなり世間知らずだけどさ……。

 まるで刑務所の囚人みたいな言い方だ。


「安全にゲート以外の冒険とかをさせても中途半端になりかねないし、稼ぎは期待できないわよ? それとも冒険ごっこでもさせてストレス発散? 使役魔みたいにセイジを散歩でもさせたつもり?」

「そ、そんなつもりは!?」

「ゲートが危険だってのはセイジ自身にわからせれば良いんじゃないの? 私達が十分に注意すれば死ぬ事は無いでしょ」


 ロザリーがリーゼに諭す様に言う。


「なんで危ないかを知らせずに行っちゃダメなんて下手な子育てみたいな物よ。リーゼはセイジの親なのかしら? ちゃんと育てる、責任を持つなら教えてから考えさせても良いでしょ」

「う……」


 おお……あの頑固なリーゼが言葉に詰まっている。

 しかし、その表現はどうなんだ。

 多分俺は君達よりも年上だぞ。


「いい加減諦めなさい。セイジはゲートに挑みたいんでしょ?」

「俺に出来る恩返しってこれくらいしか思いつかなくてさ」


 学園の雑務もやろうとしたけど、居場所が無く、無い所から無理やり仕事を与えられていたような感覚だった。

 もちろん、リーゼの手伝いとか出来るとは思う。

 だけど……もっと良い場所があるようにしか見えないんだ。


 その可能性がゲートに眠っている。

 楽観的だとは思う。

 見知らぬ冒険に惹かれるとか子供臭い理屈かもしれない。

 武道の心得とかも無い。

 それでも、何もしないよりは良い。


「……わかりました」

「やっと折れたわね」

「でも、調査隊か冒険者のパーティーを募って安全な所を調査する事から始めてくださいね」

「うん。リーゼが納得できる人達と一緒に行くよ」

「装備も私が見繕いますからね」


 それは助かる。

 さすがに素手で魔物とやらを倒すには無理だろうし。


「それにしてもリーゼは本当に心配性だ」

「ま、そこがリーゼの良い所なんだけどね」

「そうだね。それはなんとなくわかる」

「リーゼは困っている人を見捨てられない性格だからねー」


 これは知らなかった。

 なるほど、俺に対して親切にしてくれているのはその性格のお陰なんだ。

 なら、尚のこと力になりたい。


「じゃあこれからセイジさんにはゲートでの常識や、強くなる方法を沢山教えますからね」

「頼むよ」

「はい! じゃあ学園の倉庫から装備を借りてきますね。ロザリーは武道に精通している方を見繕って、明日からみっちり教えますからね」

「はいはい。セイジ、がんばってね」


 事前準備から何まで俺にみっちりと教えようとしてくれるのか……。

 ロザリーの言う通り、がんばらないと。

 役に立てるかわからない。むしろ足手まといになってしまうかもしれないけど、がんばろう。

 そんなこんなで俺達は学園に戻って、その日は休んだ。


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