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ファイナルバースト

 しかし翼を使った攻撃は、ブラウンキマイラ自体も短所を良く理解しているって事か。

 吹き飛ばせなかった事に腹を立て、飛び上がったブラウンキマイラが俺目掛けて降り注いで来る。


「おっと!」


 俺が避けると同時に距離を取るが……俺はその間に腰に付けたポーチからスクロールを広げて魔法を放つ。


「マジックショット! アイスニードル!」


 そう、距離を取ると言うのはそれだけ俺自身も飛び道具が放てる隙を産むって事なんだ。

 何が飛び出すか分からない分、ブラウンキマイラも警戒していたって事なのだろう。


「さらに……シャイニング!」

「ガアア!?」


 俺が逃げながら魔法を連発していた事への懸念だな。

 舌打ちする様に目を血ばらせたブラウンキマイラが降り注いで、目を細めながら俺を匂いと気配だけで乱暴に突撃してくる。

 しっかし……どんだけタフなんだよ。


 さっき僅かに距離を離された時に若干呼吸を整えるくらいしか出来なかったのにブラウンキマイラの奴、息もつかせぬ連続攻撃を繰り出してきていやがる。

 弱っているはずなのに攻撃は苛烈を極めているし、ほんと……手負いの獣を相手にするのが一番きついって話は本当だと自覚する。


「すごい……あの化け物相手に……」


 リーゼの方の聴覚から見ている連中の声が聞こえてくる。

 十分に距離が離れ、今や俺の戦いで一番近くに居るのは道具を投げ渡してくれるフェーリカだけの状況。

 この世界の連中の目に俺とブラウンキマイラの戦いはどう映っているのか……。


 思考がずれた。

 今は何処かに切り口が無いかを分析しなくちゃいけない。

 ブラウンキマイラの奴、雄たけびを上げてから動きが更に良くなってきている。

 攻撃は単調に見えて、隙が少ないし、いざとなったら羽ばたきをして俺の接近を妨害してくる。

 距離が離れる事は魔法を使う余裕が出来る事でもあるけれど、魔法は妨害こそ出来ても決定打になっていない。

 あっちもそれを理解している節はある。

 そして距離が離れると、速度を付けた突撃を放ってくる。

 どうにか対応出来ているが、当たったらひとたまりも無い。


 どうする……?

 目が眩んで俺への狙いが僅かに逸れた今しか無い。

 どこを狙う?

 獅子の頭? 山羊の頭? 胸?

 最も効果的にブラウンキマイラに致命傷を与えられる場所。


 ……あそこだ!

 俺は盲目から回復しかかっているブラウンキマイラの背中、山羊の頭の根元……翼の付け根を狙って、胴体に飛びつき、よじ登る。


「ガアアア!?」


 思わぬ接触にブラウンキマイラは獲物がどこにいるのかを理解すると同時に横に転がって振り落とさんとしている。

 させるかっての!

 潰されそうになる所を翼の付け根の僅かな隙間に入りこむ。

 硬い翼の骨組の僅かな隙間、そこはブラウンキマイラの体重を分散させ、体重に寄る押しつぶしを半減させる。

 更に職業の力で防御が上昇している俺はブラウンキマイラの圧し掛かりに耐えきれる。


「ガアアアアアアア!」


 必死に寝っ転がっていたブラウンキマイラの毛皮をチェーンロッドで打ちつける。

 僅かにブラウンキマイラの体力が減っている。

 このまま削り切れる気は無いけど、それでも転がり続けるなら俺が有利に事を運べる。


「ガ!」


 コレは堪らないとばかりにブラウンキマイラが起き上がったのに合わせて背中に立ち、今まで支えにしていた翼をチェーンロッドでパワースイングを掛けて殴りつける。


「ガアアアア!」


 ボキっと良い感じに翼の骨組み辺りが折れる音が響いてブラウンキマイラが転がりまわる。

 ま、転がったらその分、痛みは増すばかりだと思うが……お? 痛みをこらえたか。


「ガアアア!」


 背中に乗ってわずらわしいとばかりにブラウンキマイラが振りおろそうと滅茶苦茶に暴れ回る。

 で、獅子の頭は俺の居る所まで首は回らない、前足は届かない。後ろ足で強引に引っ掻いてくるけど、力がそこまで入らないので、盾でどうにか受け止められる。


 山羊の頭の付け根なので、山羊の頭も届かない。

 最悪、山羊の頭を盾にするつもりだった。

 ライオンならば体が柔らかくて届くかと懸念はしたんだけど、やはりそうか。

 キマイラ故に山羊の側面もあって柔軟性が若干低い。もちろん、獅子の頭がギリギリ届きそうなんだけど、山羊の頭の付け根なので、その分が山羊の特色を宿しているって事だ。


 本来は蛇の尻尾がこの位置に来る敵を仕留める役割を持っていたのだろうけど、失われて無い。

 弱点部位と言う訳じゃないが、攻撃が緩い部分って事だ。


 とはいえ……ここから背中に向けて攻撃するにしても、強靭な毛皮で決定打にするのは難しい。

 山羊の頭が思い切り噛みつこうとしてくるけど、所詮は山羊、噛みつきじゃ決定打には出来ないし、その隙を狙って再度頭を殴りつける。


「――!?」


 山羊の頭のコアに更にダメージが入る。

 破損率45%、体力は5割まで低下。

 このまま地味に撲殺を……許してくれる程、相手も甘くは無いか。

 思い切り跳躍してわき目も振らずに地面に背を向けて落下を始める。

 それ、翼が折れてるから、ダメージも半端無いぞ?

 自らの損傷も省みない敵対意識。

 とてつもない戦闘意欲だ。


「はあ!」

「ムウウウウ!」


 そこでフェーリカが大声で鳴いて、とある武器を俺目掛けて投げつける。

 受け取るかは俺次第だとばかりだ。


『そ、それは――』


 あ、リーゼも気づいた。

 確かに……非常に危険な賭けなのは確かだ。

 このまま地味に削り切れる可能性も大いにある。

 だけど、このチャンスを逃したらどうなるかと言う思考もある。

 それに……削り切れる確証も取れない。

 獅子の頭とツメを相手には防戦しか出来ないからだ。


「リーゼ達、みんな! 遠距離で体力を回復させる魔法を頼む!」


 俺はフェーリカが投げつけた……エンブリオアックスを受け取り、このチャンスを逃さないと決めた。

 大きく振りかぶり、ファイナルバーストを意識する。

 ぐ……武器を伝って、魔力と体力が吸われて行くのが分かる。

 脈動するエンブリオアックスの柔らかな刃先が鋭く光り輝く。


「うおおおおおおおおおおおお!」

「ガアアアア!」


 空中で俺に向かってツメを振るブラウンキマイラの……獅子の頭目掛けて俺はエンブリオアックスを、渾身の力を込めて、バッシュと共に振りおろす。


「ガアアアアアアアアアアアアア!?」


 ドスンと土煙りを上げて着地するブラウンキマイラの獅子の頭の眉間にエンブリオアックスが命中し、閃光を放ちながら更なる爆裂を発生させる。


「うお!」


 爆風に吹き飛ばされながらもどうにか受け身を取って土煙りが上がる爆心地を俺は見つめる。

 ぐ……魔力と体力が根こそぎ奪われてきつい。

 これがリーゼ達が使うなって言った理由か。


「はぁ……はぁ……」


 ヒールスクロールで回復させようとしたが、魔力が足りないのか読んでも回復しない。


『セイジさん! みんなの援護を受けてください』


 少しずつ、リーゼ達のアシストで体力が回復して行く。

 とにかく……これで仕留める事が、出来たか?

 確認のためにアナライズリングで解析結果を確認する。

 ファイナルバーストの影響か砂嵐が混じっていて、ブラウンキマイラの現在の状態を確認出来ない。

 く……。

 落とした盾を拾い上げた瞬間――土煙りの中から、影が現れる。


『セイジさん!』


 くそ! まだ生きていやがったか!

 そこには白目をむいて絶命している獅子の頭と、憎悪の瞳を滾らせて、残された体を操って俺に突進してくる山羊の頭の支配下でのブラウンキマイラの姿だった。


「――」


 山羊の頭が吠える。

 どんだけ戦闘継続を望んでいるんだ。

 まさに厄介な化け物でしかない。

 アナライズリングの解析結果が出現する。

 コア損傷率88%、体力は一割。

 ぐ……まだ体力が回復しきっていない。

 それでも俺は――。


「クアアアアアアアアアア!」


 ブラウンキマイラの横っ腹に大きな水弾がぶつかって仰け反る。

 視線の方角を見ると、半壊した噴水の上でゴジョが大きく口を開けて巨大な水弾を放った瞬間だった。

 速度は無い。

 けれど、大きさは十分。

 僅かにブラウンキマイラがよろめく。


「ムウウウウウ!」


 その隙を逃さないとばかりにフェーリカも鉄の剣を力の限り投擲していた。


「皆の者! セイジ君の手助けをするんだ!」

「「「おおー!」」」


 国中の騎士と冒険者がブラウンキマイラ目掛けて魔法で狙撃する。

 わずらわしいとばかりに山羊の頭が辺りを見渡している。

 蚊ほどしか効果の無い魔法援護――だけど、俺は……。

 近くに落ちているデコボコの合成剣に手が向かう。

 そして……剣に持てる限りの力を持って振りかぶった。


「でりゃああああああああああ!」


 河童の槍の僅かに残った柄の部分を足場にして、獅子の頭を飛び越えて山羊の頭に渾身のパワースイングを叩きこんだ。

 バキン……と、山羊の眉間にデコボコの合成剣が叩きつけられ……山羊の脳天を砕くと同時にコアが砕かれ……ブラウンキマイラの巨体が横に沈む。

 土煙りの中で俺は合成剣を杖代わりにして立ち上がり、リーゼ達の方へゆっくりと歩きだす。


「はぁ……はぁ……」

「せ、セイジさん!」

「どうにか、勝ったよ」

「クアアアアアア!」


 ゴジョが嬉しそうに俺の元に駆け寄って来る。


「さっきの援護射撃、助かったよ」


 ゴジョがいなかったら、俺はやられていたかもしれない。

 沢山褒めてあげよう。


「ムウ」

「フェーリカも大活躍だったね」


 いつの間にかレイオンがフェーリカの背中に乗って嬉しそうに喋っている。


「そうだな。フェーリカが武器や防具をくれなかったらどうなっていた事か。それに……みんなが力を貸してくれなかったら勝てなかったと思う」


 ブラウンキマイラには弱体化の魔法が掛っていたし、国のみんなの力で俺に援護の魔法が掛けられていた。

 これは俺一人の勝利じゃない。

 リーゼやみんなの協力があってこその勝利だ。


「や……やったあああああああああああああ!」

「勝ったぞこおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 一瞬の静寂の後、歓声が沸き起こる。

 こうして、世界を滅ぼしかねない化け物であるブラウンキマイラは討伐され、その日は国を上げて戦勝会が開かれたのだった。


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