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決断

『な、何があったんでしょうか?』


 リーゼがロザリーとレイオンに尋ねる。


『わからないわ。ただ、使い魔を先行させて偵察には行かせてるけど』


 それはリーゼも同じなのか、何やら調査をさせている。

 と、同時に建物の外に出て煙の方に目を向けていた。

 大丈夫なのか?

 そもそもこんな轟音、俺が異世界に来てからまったく聞いた事が無いぞ。

 戦争でも始まったのか?


『とにかく学園の生徒ならば率先して国民の為に動く義務があります。国の騎士の手伝いとして避難誘導をしましょう』

『ええ』


 特に命じられた訳でもなく、リーゼ達が煙の方へと走って行く。

 遠目からでも人々が混乱して逃げ惑っていた。

 家が倒壊し、建物が燃えている。

 冒険者達も人々の避難の手助けをしている様だけど、人手が足りないと言った様子だ。


「リーゼ! 俺も向かった方がいいよね!」

『セイジさんは探索を……国の厄介事にセイジさんが絡む義務は無いです』


 とは言っても……俺だって今はリーゼ達と同じく、学園の一員だ。

 ゲートよりもそっちの方が重要だろう。


『セイジは探索を優先してくれない? ここまで資料のあるフィールドに出る事なんて、本当に稀なんだからね。それこそ、何年も探索してやっと遭遇できるか出来ないかの場所なのよ?』


 ロザリーも念押しで俺の探索を優先させようとしてくる。

 現場に向かうリーゼ達。

 俺が駆けつけて何か出来るってのは分からない。

 だけど、人々の悲鳴や混乱に俺も落ちついて探索なんてしていられない。


 どうする?

 ここに留まって、ゲートのボスを倒してゆっくりと元の世界に戻れる資料を探すか、オイルタイマーを使って脱出を図るか。


 なんて走っていると、オイルタイマーが使用出来る明かりが見えた。

 クリスタルガラスで装飾された教会の一室みたいな部屋で、陽光が差している場所だ。

 たぶん、あそこで使用するとここから脱出できるんだろう。

 ……今はリーゼの指示する通りにボスの方へと急いで向かおう。


『大型の魔物が突然出現したみたいね』

『誰かが持ちこんで暴れさせているのか、それともゲートから誤って召喚してしまったのか分かりませんが……』

『どちらにしてもみんなの避難を優先しよう。学園の生徒や国の騎士、冒険者が連携して倒してくれるよ、きっと!』


 そんな感じで足早にオイルタイマーの指し示すボスの居る区画へと到着する。

 俺は何度もボスの居る部屋を凝視する。

 その部屋の中心にはいろんな本が球体の結界の様な物に包まれて漂っている様に見える。

 バリアの様な物なのは一目瞭然だ。


『封印されている書物ね。過去の例を参考にするならボスを倒せば取り出す事が出来るそうよ』


 浮かぶ書物を目で追いながらボスを探す。

 いた。やはりゲート前に座りこんでいるっぽい。

 まだ遠くて確認しきれないけれど……という所で、俺は漂う書物の中でリーゼが見せてくれた装丁の本に目が行く!


「アレだ! リーゼ! あった!」


 俺が元の世界に戻れる可能性が詰まった書物が、結界の中を漂っているのを見つけた。

 が――リーゼの方に視線を向けた瞬間、俺は絶句する。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 避難誘導をしているリーゼ達の方から、聞き覚えのある咆哮と、見覚えのある姿が目に入ったからだ。


『なんて化け物だ!』

『は、早すぎる!』

『グ、グアアアアアア!?』


 前線で戦っている冒険者が紙くず……いや、塵の様に、その化け物の一薙ぎで消し飛ばされて行く。

 戦いなんて物じゃない。

 蹂躙でもない。

 その魔物からしたら、獲物ですら無いとばかりに軽く手を振りかぶるだけで粉々になる、空気に等しいほどのか弱き存在。

 踏み荒らすだけで辺りが壊れて行く。


『こ、こんな化け物が存在するのか!?』

『せ、世界の終わりだ! 破滅の使者が現れた! こんな死の体現者に誰が敵うものか!』


 冒険者達は挙って一目散に、国民と共に逃げ出している。

 もはや現場は逃げる獲物をただ踏みつけるだけの、化け物の独壇場だった。


『皆の者! 魔法放射詠唱! 撃てー!』


 王様が前線に立って、剣を片手に指揮をとる。

 国の騎士や魔法使い、果ては学園の生徒が揃って王様の指示に従って魔法を化け物に放っているが、化け物の方は降り注ぐ雨の様な魔法を物ともしていない。

 小雨の中を物ともせずに歩いているかのようだ。


 それほどまでに戦力差があるようだった。

 立ち止り、辺りを見渡す化け物、その時だけ、人々は化け物の造形を確認する事が出来る。

 それも僅かな時間だ。

 すぐに獲物をみつけては瞬時に屠って行く。


『ガアアアアアアアアアアアアアア!』

「あ、れは……」


 逃げ惑う冒険者と盾を構えて懸命に化け物に立ちはだかる国の騎士と王様。


『造形から察するにキマイラのようだが……いやはや、今まで見たどのキマイラよりも強力だ』


 王様が冷や汗を流しながら呟く。


『皆の者! ここで我等が負けては国の民に更なる犠牲者が増える事になる、国民の為に一命を賭す所存で挑め!』

『『『おおー!』』』


 と、突撃して行くが、俺はリーゼの視界に映った……一瞬の姿が目に焼き付く。


『私達も援護します! みんな! 共に国の脅威に挑みましょう!』


 リーゼ達が揃って声を張り上げながら戦いに身を置く。

 そうしなければ国民を守れないから。


「リーゼ! 敵う相手じゃない! 今すぐ逃げろ!」


 が、俺の声は届かないのか、リーゼ達が引く素ぶりは無い。

 リーゼの性格は知っている。

 真面目で、石橋を叩いて渡るくらい慎重……面倒見が良くて誰かの力に何時もなろうとしている。

 そんなリーゼが、敵わない程の化け物を目の前にして、他者に任せて逃げるなんて選択を取らない事くらい分かり切っている。


 もはや俺の援護をしている余裕は無い。

 いや、手伝いは十分にしてくれているか……。

 俺のアナライズリングに解析データを送ってくれている。

 ボスのどこにコアがあって、どれだけの体力があるかは既に浮かんでいる。


 だが、俺はリーゼの方に浮かぶ敵の方にしか意識が向かない。

 尻尾が斬り落とされ、片目が潰れ……胸に槍が突き刺さったままのその姿。

 アレは……俺が初めてゲートに挑んで脱出した時に倒す事が出来ずに脱出用のゲートを守っていたブラウンキマイラに違いない。


 どんな経緯でリーゼ達の世界に出現したのか分からない。

 あの時の俺が手も足も出なかった化け物……★3相当のブラウンキマイラがリーゼ達の世界に居る。


 どうする?

 俺の目の前には元の世界に戻る為の資料がぶら下がっている。

 ボスを倒すことで入手する事が出来る。

 だけど、ボスに挑んでいる間にもリーゼ達の方ではブラウンキマイラが暴れ回っている。

 戦っている時間は……。


 くそ!

 リーゼ達は俺に探索を優先させていたが、そんな事態じゃない。

 ボスに挑むふりをしてゲートを潜るにはゴジョとフェーリカがいる。

 危険極まりない。

 オイルタイマーが使えそうな場所に移動して脱出するしかない。


 どうしたら良い!?

 帰還の方法が目の前にある。すぐ目の前にぶら下がっている。

 進むか戻るか……。


「クア?」

「ゴジョ」


 ゴジョが不思議そうに俺を見ていた。

 ふと……自分で言った言葉を思い出した。


 ――力は正しい事に使って初めて意味があるんだ。幾ら力が溢れるからって悪戯をしたら怒るからな? 十分に注意するんだぞ?


 俺はゴジョにこう言った。

 力の正しい使い方なんて俺でもよくわかっていないんだな。

 だけど……もう心は決まっていた。


「ムウ?」

「ゴジョ、フェーリカ……行くぞ!」


 俺は即座に振り返って、帰還できる場所を目指す。

 元の世界に帰る事が出来るかもしれない。

 だけど、それは少なくともリーゼ達に見送られる形でなければならない。

 千載一遇のチャンスでこれを逃したら次は無いとしても、俺は同じ選択をする。


 元の世界に帰るか、リーゼ達の命の二択……いや、前に戦って敵わないと思った相手だ。

 死にに行く様なものなのは揺るぎようがない。

 アレから強くなった自覚はあるけれど、勝てる見込みなんて無い。

 それほどの化け物だ。


 だけど……それでも俺は、あの時と同じくリーゼ達が危険な目にあっているのを見捨てて自分の事を優先なんて出来ない!


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