通信途絶
「ヒィ……ィイイイイイン!」
激怒したとばかりに鬣を逆立たせて、グラスグリーンケルピーが俺の元に突撃して来て前足で踏みつぶそうとしてくる。
させるか!
ん? 足元に流れを感じる。上手くすれば早く移動できる。
流れに体重を預けると、側面に回り込む事が出来た。
水しぶきを盾で受け止める形でカウンターとばかりに肺目掛けて……突き刺す勢いを乗せてバッシュを放つ。
「ヒィイイイイイイイイイイイイイイ!?」
俺を踏みつぶせると思っていたグラスグリーンケルピーが思わぬ反撃と痛みに声を仰け反らせながら叫ぶ。
同時にズブっとサンゴがグラスグリーンケルピーに突き刺さって……く、引き抜けないか!
思い切り力を込めて握りしめた。
するとバチバチと放電を始める。
「ヒ、ヒヒィ!?」
お? しびれたか?
そのまま俺はサンゴを握りしめつつ、グラスグリーンケルピーに引っ付いて背中に乗っかる。
なんとなくピリピリするが、この機会を逃す気は無い!
「ヒヒヒィイイヒヒン!」
暴れ馬の如く、俺をどうにかして背中から落とそうとグラスグリーンケルピーが暴れ回るが知れた事じゃない。
というか乗れるのな。
微妙に体の中に沈みそうだけど、乗る事自体は出来る。
「はぁあああああ!」
サンゴから手を放して鉄の剣を握りしめて背中を突き刺す。
手ごたえはあるけどサンゴほどダメージが入っている実感は無い。
解析したグラスグリーンケルピーの体力を見ると半分くらいは削れている。
このまま行けるか!?
そう思った矢先、グラスグリーンケルピーが自身を中心に水竜巻を発生させた。
「うわ!?」
水竜巻に巻き込まれ、俺は跳ね飛ばされる。
バシャッと一瞬で吹き飛ばされて海面に落下した。
『セイジさん!? 大丈夫ですか!?』
くう……いってー……。
呻きながらグラスグリーンケルピーの追撃を警戒して急いで立ち上がる。
するとそこにはグラスグリーンケルピーが今、まさに落下して、どうにか体勢を立て直そうとしている最中だった。
『あちらも一か八かの緊急手段だった様ですね』
『みたいね。背中に乗られて攻撃されたら確かに反撃が難しい。しかも魔法を下手に放とうものなら自分にも当たるだろうしね』
『自身が耐えきれる前提で放ってもセイジさんなら耐えきれるのを先ほどの魔法を見て判断したという事でしょうか』
「ヒ、ヒィイイイ……ン」
グラスグリーンケルピーは俺を睨みつけながら突き刺さったサンゴを引き抜こうと頭を伸ばそうとしている。
今はここまでの一撃を与えた俺に対して憎悪の感情を向けている。
そして……サンゴがバチバチとスパークしている。
「ヒ、ヒヒヒィイン!? ヒ……」
よし! 随分と効果的な一撃を与えられたみたいだぞ。
ただ、サンゴのスパークが終わってしまった。
おそらく、合成剣と同じく俺が魔力を込めないとサンゴの発電が始まらないんだ。
よし! 攻撃すべき場所は決まったな!
「ヒィイイイイイイイイイイイイイン!」
激怒したグラスグリーンケルピーが先ほどよりも多くの海水を纏い。霧を立ち込めさせながら目を赤く輝かせる。
な、なんだ?
『セイ――』
『こ、これはマジックミスト!? セイジさん、通信が途絶――』
リーゼ達の声が途端に聞こえなくなり、ロザリーが施してくれている加護がジワリジワリと効果を失って行くのを感じる。
やってくれるじゃないか。
俺に掛っている援護を見抜いたのか、それとも自分がやりやすい状況を強引に作り出したのか。
霧が俺の辺りを漂い始め、グラスグリーンケルピーが姿を隠す。
気配を察知しようとしてもダメだ。
霧の中をグラスグリーンケルピーの影が動きまわっているのだけはわかるんだけど。
という所で俺の背後に敵意を感じる。
振り返ると、俺をまさに踏みつけようとしている最中だった。
「チッ!」
盾を構えながら大きく跳躍して防御する。
ガツンと衝撃と共に弾き飛ばされる。
バシャッと尻もちを付き、急いで立ち上がって反撃に出ようと思ったが、グラスグリーンケルピーは既に姿を消している。
く……霧の中から攻撃とか厄介な手をしてきやがる。
やった方が良いのはこのまま撤退して、霧が晴れるのを待つか、それとも霧の中でグラスグリーンケルピーして仕留めるか。
……前者の案で行くのが手堅いが、それはグラスグリーンケルピーも承知の上だろう。
海中に逃げたら奴のテリトリーだ。
山勘で攻撃してくる瞬間に盾を構えて反撃するのも手だが……。
「ヒヒヒィイン!」
俺の場所を特定しているとばかりに霧の中から突進してくる。
判断出来る瞬間には逃げ切られるぞ!
盾で辛うじて防御するしか無いじゃないか!
ヒット&アウェイを確実にして来る……しかもこの霧、グラスグリーンケルピーの体力を回復させる効果があるのかジワリジワリと、リーゼが解析した体力のグラフが増えて行く。
ダメだな……距離を取ったら最初からやり直しだ。
かと言って俺に決定打は――。
振り返ると、俺を踏みつけようとグラスグリーンケルピーが上半身を持ち上げている瞬間だった。
そんな瞬間にグラスグリーンケルピーの首にプラントウィップが巻きつく。
「ム、ムウウウ……」
霧の中からフェーリカの声が聞こえた。
「クアアア」
ゴジョもだ。
隠れていろって言うのに出てきたのか!?
「ヒヒン!?」
が、思わぬ侵入者の攻撃にグラスグリーンケルピーが仰け反った姿勢で僅かに固まる。
そして……プラントウィップがちぎれた!?
「ムウ!?」
「クア!?」
バシャッと二匹が尻餅を付く水音が響く。
「今だ!」
俺はグラスグリーンケルピーに飛びかかり、脇腹に突き刺したサンゴに飛びついて、思い切り握りしめる。
これでもかと……魔力の感覚は良く分かっていないけど、持てるすべての力を込める。
すると突き刺さったサンゴが閃光を放ちながらバチバチと帯電を始めた。
「ヒ――」
うぐ……俺も巻き添えか! それほどの出力が出ている。
だが、これは根性比べだ!
「おりゃあああああああああああ!」
「ヒヒイイイイイイ――」
帯電したサンゴの放電により、グラスグリーンケルピーの体力が削り取られて行く。
「まだまだ!」
左手にサンゴを持ち替えて鉄の剣でグラスグリーンケルピーの喉にパワースイングとバッシュを並列でぶちかます!
このど根性勝負で負けたらフェーリカやゴジョもグラスグリーンケルピーは狙うだろう。
奇跡的にプラントウィップで作ってくれた隙を俺は逃さない!
やがて……。
「これで……トドメだ!」
最後とばかりにサンゴを強く押し込んで、バッシュをサンゴの部分にぶちかます。
そして後方に下がる。
「ヒヒ――ン!?」
瀕死のグラスグリーンケルピーが大きく嘶くとほぼ同時に、サンゴが破裂した様に雷を発生させた。
そして……ゆっくりとグラスグリーンケルピーはその全身を横に……海面に横たえたのだった。
「はぁ……はぁ……」
今回も接戦だった。
霧が少しずつ晴れて行き、少し離れた所で屈んでいるゴジョとフェーリカを見つける。
「ムウ!」
「クア!」
「ダメじゃないか! 危ないって言っただろ!」
俺が注意するとゴジョとフェーリカが揃ってシュンとする。
悪い事をした自覚はあるんだろう。
まあ……確かにあのままじゃジリ貧で撤退以外の選択は無かったと思う。
「ムウ……」
「クア……」
「気持ちはわかるんだけどな。ゴジョとフェーリカに何かあったら俺はどうしたら良いんだよ」
もしも二匹に何かあったら俺は自分を許せなくなってしまう。
もちろん、こんな場所に連れて来ている覚悟はある。
だからと言って、絶対に敵わない相手に突撃させるために連れて来てる訳じゃない。
「はぁ……俺の手助けをしたいって気持ちはわかったから、次は注意してくれよ」
「ムウ!」
「クア!」
フェーリカとゴジョが揃って頷く。
本当に分かってるのかな?
良いけどさ……ただ、気を付けてほしいのは本当の事だ。




