ドラーク学園
「それでは今回は魔法学の使い魔召喚を行います。皆さん、準備は良いですか?」
リーゼはその日、授業で使い魔召喚を学んでいる最中だった。
「使い魔は皆さんの生活の補助を行ってくれる便利な存在です。ゲートの探索も出来れば使い魔に任せてください」
「はーい」
初級、中級、と学年が上がる毎にリーゼは使い魔の数を増やしていた。
使い魔は魔物を呼びだして使役するモノだとか。
飼育魔と呼ばれる、魔物を卵や赤ん坊から育てたのとは異なるらしい。
リーゼの話では即戦力の側面が強く、役目を終えたら元の世界に返す事もあるとか。
それで今回は上級の使い魔を呼び出す授業だったらしい。
この学園の全校生徒は60名前後。
ちょっと少なくないか? とは思うが小国だからしょうがない。
クラスメイトはみんなそれなりに大型の使い魔の召喚を成功させていた。
それで講師の監視の元、リーゼは使い魔召喚を行った。
「リーゼさん、貴方なら何か工夫が出来るのではないですか?」
「あ、はい」
講師はリーゼをよく理解してくれる良い人らしい。
で、リーゼは講師の期待通りに魔導学を使って召喚の簡略化を図った。
何でも魔力を増幅する鉱石を召喚に使う魔法陣の東西南北において、出力を上昇させるらしい。
召喚に関しては研究が進んでいて、もしも危険な、使役するのが難しい魔物を呼び出したとしても、召喚時に起こる契約によってフィルターが掛るそうだ。
言わば、召喚失敗上等! って意気込みだ。
だからリーゼが召喚を行う時は国の重鎮も見に来たらしい。
上手く行けば魔導学の授業に取り入れられる。
なるほど、リーゼは期待されていたんだな。
「では召喚を行います」
リーゼは意識を集中して使い魔召喚の魔法を紡いだ。
カッと魔法陣が光り輝き、同時にリーゼが設置した鉱石も輝く。
ボフンと大きな煙が立ち上り……煙が散ると共に、その場にいた者はパニックになった。
「ヒ!?」
「な……これは」
そう、血まみれで全身複雑骨折をして倒れた俺が、そこに召喚されたのだ。
「た、助けなさい! 必ずこの人の命を繋ぐのです!」
「は、はい!」
咄嗟に飛び出したリーゼは俺に寄り添い、傷を癒す魔法を唱え始めた。
意識の無い俺を無我夢中で、命を繋ごうとした。
回復の魔法が使える者、錬金学に詳しい者は薬を持ってきて、俺の手当てに勤しんだ。
「これはまた驚きの事態ですね」
「過去にも事例が無いわけではないが……」
国の重鎮は手当てをする中でリーゼの召喚に対して評価をくだしていた。
良いとも悪いとも言えない反応だろうか?
どちらにしても珍しいケースだったみたいだ。
「ですが、召喚時の反動でしょうか? あまりにも酷い……」
「とにかく、皆の者、この者の治療に専念するのだ」
「はい!」
こうして俺は手厚い看護を受けて一命を取り留めたという事らしい。
「普通、人間は召喚されないの?」
「無くは無いのですが、セイジさんの様な方は今の所聞いた事は無いです」
申し訳なさそうにリーゼは答えた。
言い辛い事なんだろう。
話から察するに異世界人は召喚されないとかかもしれない。
「研究の側面があるのかな?」
「その……申し訳ありません。確かにその面はありますが、私が全力を持って阻止して見せますので」
「大丈夫なの?」
「セイジさんは私の使い魔です。という事は私の了承無くしてセイジさんを連れて行くのは犯罪になります。後は……私自身で阻止するしかないです」
「そっか……」
「極一部の信用できる方以外には隠し通して見せます」
異世界から来た人間と聞いたら調べたくもなるもんな。
リーゼは命の恩人になる訳だし、このくらいは寛容に受け入れるべきだ。
人体実験とかを受けそう、とかだったらお断りだが、定期的な検診位なら手伝えると思う。
「ところで、さっきから気になってたんだけど」
「なんですか?」
「他の生徒は何処にいるの?」
そう、今の所……リーゼ以外の学生とは全く面識がなかった。
「あ、現在は課外授業で出かけています。講師になら出会えると思いますが、行きますか?」
「いや、無理に会いたい訳じゃないから大丈夫」
なるほど、60名前後だと課外授業で出払ってしまうのか。
「では次に行きましょうか?」
「何かあるの?」
「学園内にある施設を見て回る予定です。食堂とか……医務室とか」
「そっか……」
こうしてリーゼの案内の元、俺は学園内を見て回った。
リーゼは懇切丁寧に俺に学園の案内をしてくれて、大体の事は覚えられたと思う。
魔法とか錬金とかに使う部屋や危険な機材のある部屋は扉の前でどういう部屋か教えてくれただけだけど。
学園の隅にビニールハウスのようなモノがあったけど、それは学園で使う薬草類や花を育てている場所だとか。
で、軽く見て回ってからリーゼの部屋に戻ってきた。
「まあ、こんな所です。明日は城下町の方を案内いたしましょうか?」
「懇切丁寧に何から何まで教えてくれてありがとう」
「いえ……それが義務ですから。全ては私が召喚してしまった不手際なのですから、これくらい当然です」
うう……すごく良い子だ。
そんな感じに過ごしていると、夕方になってきて寮内も騒がしくなってきた。
「夕食の時間ですよ。行きましょうか」
「うん」
そのまま俺達は食堂の方に行くと、リーゼと似たような服装を着た学生達が集まっていた。
「その人が、使い魔召喚で現れた人間だよね。意識が戻ったんだ?」
リーゼの学友らしき女の子が声を掛けてくる。
仲の良いクラスメイトとかだろうか?
「はい。セイジさんだそうです。セイジさん、この人はロザリーさんです」
リーゼはそう言って、声を掛けてきた友人を紹介してくれた。
ロザリーさんは紅茶色の髪をした、付き合いやすそうな女の子だった。
声音もはきはきとして聞き取りやすい。
髪型は長めの髪を後ろに纏めていた。
背格好と年齢は、リーゼと同じくらいかな?
あんまりじろじろと見ていたら失礼だろうと思ってリーゼの時みたいに凝視はしないでおこう。
「よろしくね。ロザリーって呼んで」
「よろしく。正治と言います」
「ロザリーさんは魔法学への理解が深いんですよ」
「へー……」
「セイジ……くんと呼ぶべきかな? 君は何処からきたの?」
「ロザリーなら……大丈夫ですよね?」
「口は堅いから信頼しなさい」
リーゼが若干悩んだかに見えた後、囁くように小声で答える。
「異世界だそうですよ」
「ああ、やっぱり?」
やっぱり?
異世界人だと思わせる何かが俺にあったんだろうか?
着ていた服とかが違うとかかもしれない。
「何かあるの?」
「服装から何まで、何か違うのがわかるんですよ。ですから十分に注意してくださいね」
……よくわからないがそういうものなんだろう。
「ゲートにも良くわからない品が落ちてる事あるし、もしかしたらって結論には辿り着くわよ」
もしかしたらゲートというのは別次元だと考えられているのかもしれない。
実際はどうなのかは知らないが、世論がそう定めていたとしたら、ゲートの先というのも異世界という認識が成り立つ。
ほら、地動説と天動説みたいな。
正解不正解はともかく、この世界ではそういう認識なんだろう。
「そのうち、セイジ君のいた世界の話を聞かせて欲しいな。面白そうだし」
「あんまり聞き過ぎたら失礼ですよ。ただでさえ無理に召喚してしまったんですし」
「リーゼは真面目だねー」
なんて話していると別の生徒が近付いてきた。
「こんばんわ。彼がリーゼが召喚したっていう人?」
そこに、美少年と表現すべき小柄の……男の子と、後ろにクマのような体格の変わった生き物が一緒に居た。
俺は不意に少年よりも後ろに居る生き物の方に目が行く。
でかい……2メートルはあるだろうか。短足胴長な生き物だ。
「ムウ!」
何かネコみたいな口をして肉球の付いた手を上げて挨拶っぽい声を出している。
若干長めの髪をてっぺんで纏めた変な髪型? サクラ色した変な……クマとも巨大ハムスターとも言えなくもない。
耳の形状は犬っぽくて尻尾は細長く、先に輪っかを吊るしている。
「まずは自己紹介からだよね。僕の名前はレイオンアード。こっちの子はフェーリカ!」
「ムウ!」
隣にいる生き物が鳴きながらお辞儀をする。
おお! 中々に賢い。
これが例の使い魔かな?
「レイオンって呼んでくれると良いな」
「宮坂正治だ。よろしく」
「さっきからセイジさん。フェーリカさんに視線が釘付けですよ」
するとガバっとレイオンが耳と尻尾の長い巨大ハムスターことフェーリカに飛びつく。
「フェーリカは絶対にあげないよ!」
「取らないよ。ただ初めて見た生き物に視線が集中しただけで」
「レイオンさんはフェーリカさんととても仲が良いんですよ。小さい頃からの友達だそうです」
へー……。
良い意味での主と使い魔って感じなんだろうか?
「それじゃあね」
「ムウ!」
何か変わった生き物と生徒に出会ったな。
よく考えればレイオンは美少年だったなぁ。女の子って言われても疑ったり出来ない程だ。
風貌が外国風な影響か、イケメンに感じる嫉妬とか無かった気がする。
ちょっとしか話していないが、嫌味な感じもしなかったしな。
「それじゃあ学校のみんなに挨拶をしましょう」
なんて感じに学校の生徒全員に俺は自己紹介をする羽目になった。
まあロザリーの後はリーゼが色々と俺の事を紹介してくれたんだけど。
まだ学生全員の顔と名前が一致していない。
むしろフェーリカが個性的過ぎて他がおざなりになってしまったというか。
……やべぇ。主の方の名前が思い出せない。
後で確認を取らないとな。
でも、みんな俺がここにいる意味を理解はしているようだった。




