美少年と入浴
「じゃあ手段を二つに分けようか?」
「え?」
レイオンが俺の手を掴んで微笑む。
「人力合成術とフェーリカに頼む、の二つ」
「あ―……うん」
さっき説明してもらった二つか。
あまり差がある様には思えないが、細かい所ではあるんだろう。
ここは専門家の考えを尊重するべきだ。
「その場合、僕のは準備してるけど、もう一つ、セイジのも作った方が良いね」
「一応、そうなりますね。推測ではセイジさんの★は3相当になるそうで、魔力なども考慮すると……」
なんか変なやり取りをしている様な気がする。
実験動物にされた様な違和感を覚えつつ、俺は二人のやり取りを見ていた。
やがてレイオンが手を振る。
「じゃあリーゼ。君は城の騎士達を呼んできなよ。その間に僕達は人力の準備をしておくから」
「……わかりました。ではセイジさん……ごゆっくりして行ってくださいね?」
えーっと、先ほどのレイオンのやった事を考えると……。
「何かあったらセイジさん、いつでも呼んでくださいね。すぐに駆けつけますから」
そう言ってリーゼは立ち去ろうとしてしまう。
すごく嫌な予感が!?
「リーゼ、ちょっと!」
「フェーリカ、お風呂の準備」
「ムウ!」
「セイジ、一緒にお風呂入ろうね」
「リーゼ!」
「大丈夫ですってセイジさん。そこまでは危険でも何でもないですし、合成に使う液体の生成……実験になりますから」
煮干しとかだし汁の材料にされている様な、嫌な感じが背筋を通り過ぎる。
そういう学問なのは聞いたけど……釈然としない。
「それ以上の事をしたらレイオンさん、怒りますよ?」
「もちろん」
レイオンは満面の笑みでリーゼの念押しに答える。
俺の手を握るその手が何か凄く怖いのは何故だろう。
いろんな意味で。
「リーゼ!」
「非常に心苦しいのは確かですが、レイオンさんとの入浴……がんばってください」
いや、これ入浴じゃない雰囲気じゃないか?
というか、レイオンは男なんだから別に一緒に入ってもおかしくないだろ。
おかしくないはずなんだが……。
「では行ってきます」
スタスタとリーゼは行ってしまう。
えっと……え?
呼び止めた方が良いんだろうけど、決めたのは俺だし、ここでリーゼに甘えて良いの?
助けを……求めるべき?
「ムウ!」
フェーリカが魔結晶を使って風呂を沸かし始めるのが印象的で、俺は水車小屋の中に案内されて先ほどまでレイオンが入っていた風呂の前に案内される。
レイオンが浴槽の温度を測りながら何か薬草を投げ込んでいる訳で……良い匂いがしてくる。
入浴剤を入れたお風呂みたいな気分だ。
「じゃあ入ろうか、セイジ」
「えーっと……」
服を脱いで既に準備万端のレイオン……うん。女の子に見紛う程の美少年との入浴。
なんか、変な覚醒をしてしまいそうで怖い。
いや、しないけどさ。
そこまで落ちぶれてはいない。
「何ぼーっとしてるの? 早く入らないとリーゼ達が帰ってきちゃうよ? 時間を無駄にしない様にしようよ」
上目遣いで俺を見るレイオンになんとなく心臓の鼓動が強まった様な気がしなくもない。
「風呂に入る事に意味が……あるの?」
「さっき説明したじゃないか。合成術に必要な術者の魔力が解けだした溶液が必要なの。それに適したのは残り湯が一番なんだ」
「レイオンが術者だよな? なんで俺まで?」
「それもさっき目の前で話していたじゃないか。難易度があがるけど、セイジの魔力が溶けた溶液を使わないと行けないかもって話」
いや、専門的な会話どころか、リーゼとレイオンで軽く打ち合わせしていただけだし!
という俺の抵抗は無意味とばかりにレイオンが詰め寄る。
相手は男だ。
リーゼが寝息を立てている所で寝るよりもハードルは低いはず。
だが、現実にここまでの美少年と一緒に風呂に入った事があるだろうか?
否!
レイオンが実は女の子だったとしても俺は不思議に思わない。
むしろそっちの方が良い位だ。
残念ながら付いているけどさ。
「ムウ?」
ボフッと下がる俺の後ろに柔らかい毛皮みたいのが当たる。
「フェーリカ、温度調整が終わったんだね? じゃあセイジを脱がすの手伝って!」
「ムウ!」
ぐわっと俺を後ろからフェーリカが手を伸ばして抱え込む。
「うわ! ちょ、やめ!」
「暴れちゃダメだよセイジ! 子供じゃないんだから!」
「そういう訳じゃなく! わ!? やめ、パンツを脱がそうとするな!」
美少年とクマっぽい化け物に脱がされる俺!
必死の抵抗も空しく……というか下手に力を入れ過ぎて怪我をさせたら大変だ。
勇者とか言われていた聖剣使いの剣をへし折った程度には力があるんだし、本気で暴れる訳にはいかない。
そんな理性がブレーキを掛けてしまい、アッサリと脱がされてしまった。
うう……何か汚された気分だ。
男同士だけどさ。
いや、男同士だからヤバイのか?
「さあセイジ! 一緒に入ろうよ!」
チャプっとレイオンが先に薬草風呂に入って俺に手を振っている。
フェーリカは……部屋の出口で逃がさないとばかりに立って一歩も動く気配がない。
既に全裸な訳で……しょうがない。
ここは意を決して入るしかないか。
「じゃあ……入らせてもらおう」
俺はゆっくりと浴槽に足を入れる。
風呂の温度は適温で可もなく不可も無く……匂いもあって悪くは無い気がした。
「ふう……」
学園にはちゃんと風呂があって毎日入れる訳だから、生き返るって程じゃない。
だけど、いつもとは違う所での風呂と思うとゆっくりできる感じはしない。
そういえば学園の風呂にレイオンが来る事は無かったから気にしていなかったけど、毎日こうして仕事に必要な物を作るために入っていたら必要なかったんだろう。
チラッとレイオンを見る。
男……らしいが……付いている以外にそれらしい要素を感じられない。
股間さえ見なければ女の子と一緒に入っていると言われても信じられる。
違和感仕事しろ!
「良い湯だねーセイジと一緒に入れるなんて思わなかったよー」
機嫌良く鼻歌交じりにレイオンはフェーリカの方を見て手を振る。
その言葉そのまま返そう。
どうして俺は異世界に来て美少年と風呂に入っているのか。
ここはそういう方面の世界なんだろうか。
「後はリーゼが来るまでの間、入って待ってようね。暇だったら何か読む?」
手の届く所に本が数冊置かれている。時間潰し用の道具だろうか? おもちゃも数点……他にレシピ帳みたいな物がある。
後はよくよく見るといろんな所に素材が散らばっている様だ。
「文字はまだ読めなくて……」
「あ、そうなんだっけ?」
むしろ一ヵ月位で覚えられたらそれはそれで凄いと思う。
残念ながら凡人の俺はそんなすぐには覚えられない。
「先に確認したいんだけど」
「ん?」
「今回頼んだのだと何が出来るんだ?」
「今回は簡単な熟成型にしようと思ってるよ」
熟成? 何を熟成するのだろうか?
説明から察すると、ツボの中に何か入れてそのまま……って感じ?
「わかりやすく教えてくれないか?」
合成術のやり方をレイオンは教えてくれたけど、まだ知らない事を説明していた。
「えっと……熟成ってのは一つの素材を似た別の素材にする……って感じかな? さっきのミルカッセに例えると、ミルカッセの根が欲しいのか、花が欲しいのか、または花が咲く前の状態で別れるんだ。そういう場合はミルカッセを作ってから熟成をする」
「あの葉っぱだけをもう一度ツボに入れて合成術を使う感じ?」
「そうなるね。そうして寝かせるとミルカッセの別の物になったり、近隣の別の物が出来る事もある」
「ソードウルフよりはまともな物が出来そうだ」
「まあ、失敗すると見当違いの危険な物が出来る所は同じだけどね」
おい、それじゃあ意味無いだろ。
なんで俺が風呂に入っているんだよ。
レイオンは俺を怖がらせたいのだろうか?
合成術は安全だと説明しようとして失敗している気がする。




