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異世界のチョコレートがヤバい薬だった件  作者: 伊織ライ


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6/6

本命の効果がすごすぎる

 ドアノブを掴もうと伸ばした腕が、大きな手にがしっと捕らわれる。力強く身体ごと引き寄せられて、そのままの勢いでぎゅっと背後から抱きしめられた。

 セオドアさんからはハーブのようなちょっと青臭く爽やかな香りがしていて、直前まで調合していた薬の残り香かもしれない。それは、私のささくれだった心の中までじわりと染みてくる。


「──離して……」

「嫌だ」

「なんで……っ」

「好きだから」


 耳に飛び込んできた言葉に時間が止まる。混乱しすぎて聞き間違えたかもしれない。もしくはここにきて、神様による同時翻訳機能が壊れたのかも。


『──壊れてないよぉ~!』

「…………」


 で、あれば……今セオドアさんが口にした言葉は一体……。

 

「あの日の俺はめちゃくちゃお前に欲情してたし、ついでに言えば今も欲情してる」

「──嘘……」

「ハァ……そういう迂闊な事言っちゃうところも放っておけないんだよなぁ。それとも何か? 『嘘かどうか今すぐ試してやるよ』って言わせるための罠だったりする? 案外悪女か、いや小悪魔か……だとしたら願ったりかなったりなんだけど」

「え? ……は? いいいいえ、そんなことは決してありません!」


 背後から覆いかぶさるようにして抱きしめられていた身体の拘束が少し緩まり、そのままくるりと回転される。

 目の前には、広い胸板。見上げると、色っぽい喉仏にがっしりした顎。えっこれどういうことなんかいつの間にか普通に抱き合ってませんかなんかいい匂いからだ硬い筋肉すごい格好いいですね????


「──つまりはさ、あの日お前は俺に触れられたかったってことで良いんだよな? 俺が理性を総動員して我慢に我慢を重ねたあの時、流れに任せて致しちゃったとしてもお前は後悔しなかったと?」

「うううう……そう言われるとなんだか、私が痴女のようではないですか……」

「中身がお前であれば、貞淑だろうが積極的だろうが正直どっちでもいいけどよ」


 急にそんなイケメンの台詞をかまして来ないで欲しい!! ただでさえ顔面が強いのに、頭よくて優しくて性格までイケメンだなんて神様は采配を間違えているのではなかろうか!!


『顔良し性格良し、手に職もあって将来も安泰! 確かになかなかのおススメ物件だね!!』


 神様にまでおススメされるセオドアさんって凄い……。


「こんな、私なんかが望んでいい人じゃないって思ってたけど……。でも、すっ、好きになっちゃったんです。私、セオドアさんになら何されても良いって思うくらい、好きなんですっ!!」


 私を抱きしめる腕に力がこもる。


「私なんか、なんて言うなよ。俺はお前が良い。お前だから、好きになったんだ」


 ──神様、私、この人には隠し事をしたくない。だから全部、話しても良いですか?


 心の中で問いかけても、返事はない。神様の気まぐれで繋がるホットラインは肝心な時にポンコツだ。だけど、それでも。これは誰の許可を得られずとも、自分自身で話すと決めたから。


「私……この世界の人間じゃ、ないんです」

「──っ、それは……」

「突然ここに飛ばされて、知り合いもいない本当のひとりぼっちになって。生まれ育った家も故郷も全部届かないところに来てしまったから……だから、セオドアさんが私の作った食事を美味しいって言ってくれて、本当に嬉しかった。初めて食べたのになんだか懐かしい味だって言ってくれて、私の生きてきた時間が確かにあったんだって思えたんです」


 悪い夢を見ているのだと思ったこともあった。寝て起きたらまた、自宅のこだわりぬいたベッドの上に戻っているのではないか、と。けれどそんなことは一度もなくて、歩いても歩いても果てのないこの()()()はどうしようもなく現実だった。

 慣れ親しんだ味を探して彷徨い歩く日々の中で、どうにか己の寄る辺を見付けたかったのだと思う。ここにいても良いんだよと、誰かに認めて欲しかったのだ。


「ふふっ、こんなこと、頭がおかしいと思いますよね? でも、いいんです。セオドアさんが言ってくれたことが嬉しかったので……だから、それだけで、十分──」

「よし、役所行くぞ!」

「──は?」

「どうりで常識がずれてるなとは思ったんだよ。けど、聞いてみりゃ納得だな。それよりお前、ひとりでここまで旅して来たんだろ? はぁ……よく頑張ったよ、ほんと。苦労しただろうな……こんな小さくて、力も弱くて……それで、よくここまで……」

「え……と、あの、私見た目より身体は丈夫なので……」


 なにせ神様が手ずから、()()()()()()()に作り替えて下さったから。


「そういうことじゃねぇっての! まあ、いい。とりあえず役所で迷い人の申請するぞ。そうすれば戸籍も得られるし、支援金だって貰える。お前が希望すれば豪華な家だろうが貴族の後見人だろうが、喜んで手を上げる奴らが大勢いるんだ。なんの支援も受けずに三年以上も自活してる迷い人なんて、俺は初めて聞いたよ……」

「えっえっ、それはどう、どういう……迷い人? って、もしかして、私以外にもこの世界には異世界人がいっぱいいるとかそういう……?」

「まあ今現在生きている人がいっぱいいるわけではないけどな。過去の記録上はそれなりの数になるんじゃないか? 何せ迷い人は大概この世界を変えるような発明をしたり、仕組みを作ったりすることが多いから。この国の初代王妃様だって、迷い人だったって話だぞ」


 セオドアさんの言葉を聞いて驚くと同時に、どこか納得した部分もあった。考えてみれば、ヒントは結構あったのだ。


「あっ、水洗トイレ……」

「ふっ、最初に思いつくのがそれかよ。確かに上下水道は噂の初代王妃様が整備したらしいな。今じゃ考えられないけど、それ以前はいちいち井戸から水を汲んだり汚物を窓から投げ捨てたりしてたんだとか」


 この国は、びっくりするくらいに清潔だ。嫌な臭いもそれほどしないし、街行く人々の身体もきちんと手入れされているのがわかる。それはつまり、定期的に風呂に入って身体を洗う習慣があるからなのだろう。体臭をキツい香水で誤魔化すような文化ではないのだ。借りている宿にも当然のようにお風呂があるし、蛇口をひねれば水が出て、トイレは見慣れた水洗型だ。


「もしかして、戸籍も……?」

「ああ、そうだ。住民ひとりひとりの情報を管理して、個人の身分を明らかにするための仕組みだな。当時の渡り人がこの制度を提案するまでは、税金逃れや生まればかりの子供の売買なんかもあったって話だ。今は戸籍がないと結婚もできないし、商売もできない。お前もきっと定住して仕事をしようと思ったら、戸籍がないことで問題になっていたはずだ」


 これまでは旅の中で、偶然出会った商人などを適当に相手していたから分からなかったのだろう。


「あとは主要なところだと、建築技術を広めた人もいるし……医学に特化した迷い人もいる。外科手術なんかが出来るようになったのはこの人のおかげだな。変わったところだと、絵画や音楽の分野を発展させた人だとか。彼らが落ちてきた国は今でも芸術の都と呼び声が高いよ」

「なんでそんな……すごい人ばかり……」

「確かに、今までは特定の技術に関して特化した知識を持つ迷い人が多かったと思う。だからこそ、ある種異質ですぐに国に保護されてきたのかもしれないが」

「──私には何も優れたところがなかったから、見つからなかった……」


 神様は、自分のうっかりで死なせてしまったお詫びにと私をこの世界で生き返らせてくれた。つまり、うっかりではなく狙って転移させた人々こそが、過去の迷い人たちなのだろう。自分の世界をよりよく発展させるために、専門知識を持った人たちを選んでいたのだ。

 けれど私には、そんな高度な知識などひとつもない。神様を恨むなんて、そんなことは全然ないけれど、でも──。


「はぁ? お前めちゃくちゃ凄い事やってるのに、自覚ないのかよ? って、そうか、今までひとり旅してたから……」

「私、何もやってません。そんな専門知識なんて全然ない普通の一般市民だし……」

「──料理だよ、料理! お前が作る料理は、絶対普通じゃねぇから。同じ材料使って、あんなに美味くなるなんて考えられないから。あれが広まったら、確実に世界が変わるから」


 なぜか怒ったように言うセオドアさんに、ぶんぶんと首を振る。だって料理などやろうと思えば誰でもできることではないか。私はただ獣臭い肉が嫌で血抜きと解体の方法を肉屋のおじさんに囁いたり、お米が食べたくて探し出したり、小豆を炊いてお菓子を作ったり、出汁を効かせたスープを作ったりしただけで。それだってきっと、他の迷い人たちもやってきたことではないのだろうか?


「これは史実として残っている話ではないけどな、過去の迷い人たちは皆揃って研究狂いというか──まあ、なんだ。自分の専門分野に関しては物凄い集中力やら発想力を発揮して活躍したけれど、それ以外の生活に関してはてんで無頓着な人ばかりだったらしい。衣食住に興味がないから、放っておくと何食も食事を抜いたまま研究に没頭して倒れるなんてザラ。そんなだから周囲に世話する人をつけて、定期的に飯食わせたり着替えさせたり無理やり寝かせたりしてたんだろうよ。そんな人たちが、料理に興味持つと思うか……? 飯なんて死なない程度に食ってりゃいいって人ばかりだったのに……?」

「な、なるほど……それは、確かに……」


 優秀な研究者ばかりだったからこそ、料理に目を向ける人たちがいなかったのか……。

 もしも一流のレストランで働くシェフのような本当の料理のプロが転移してきたら、それこそ世界が変わるくらいの食事改革が起きるだろう。けれどそれ以前に、お肉の臭みを取ったり食べられる食材の幅を広げたり、煮ると焼く以外の調理法を教えたり。そういう基礎的な部分だけでも、迷い人としての私が伝えられることはあるかもしれない。

 沢山の人たちを救うような、劇的な活躍など出来ないし望んでもいない。ただもし、私の知識によって生まれた美味しい料理を食べてセオドアさんが喜んでくれたなら──私はこの世界に来て良かったと、心の底から思えるだろう。


「あっ、でも、それなら……私、セオドアさんの為だけに料理を作っていれば良いのではないですか? 喜んで欲しいのはセオドアさんだけだし……わざわざ迷い人だと知らせなくても」

「ばっ、おまっ、またそんな──! いちいち理性崩しにきてんじゃねぇよ! あ、あのなぁ、毎日お前の料理が食えたらそりゃもう嬉しいけどよ……いやでもやっぱり戸籍は作らなきゃ駄目だ!」

「そう、ですか……」


 目立たずこっそり生きられるなら、その方が楽だと思ったのだけれど。筋金入りのコミュ障は、そう簡単に治るものではないのだ。


「──戸籍がないと、結婚も出来ないからな」

「けっ……えっ?」

「ちゃんとこの世界の立場を作って、いずれは俺と結婚したらいいだろ? 俺の家族になって、そんで俺の為に美味いもの作ってくれよ」


 両親が死んでから、私はこれまでずっとひとりだった。そしてこれからもずっとそうなのだと思って生きてきた。

 もう、全部、諦めていたのに……。


「──わ、私……家族……欲しい、です。セオドアさんと、家族に、なりたい……!」


 ぽろりとこぼれた涙を、長い指先が拭ってくれる。そのまま頬を包まれて、優しく唇同士が触れ合った。あの日とは全然違う、静かな誓いのようなキスだった。


 ◇


「あの、セオドアさん、こここれ……ようやく納得できるものが出来たので……よよ良かったら」


 そっと差し出したのは、試作を重ねたチョコレートで作ったブラウニーだ。バターでずっしり濃厚だけれど、ラカオの量自体は多少控え目にしたので大変な事故は起きないと思う。

 この世界にバレンタインデーは存在しないから、こうやってチョコレートを渡すことにも特別な意味はない。それでも一生に一度くらいは、やってみたっていいではないか。


「これは試食(ギリ)じゃなくて、ほ……本命なので」

「本命? ──ああ、本命ね。なるほど……? ってことは、今日は我慢しないけど、いいんだな?」


 ラッピングしたブラウニーをそっとテーブルに置いたセオドアさんはニヤリと笑い、ひょいっと私を抱き上げて自分の寝室へと連れ込んだ。


「えっ、わっ、あれっなんでっ、本命の意味……」

「ん? 分からないと思って言ったのか? 相変わらず俺の奥さんは恥ずかしがり屋で可愛いな……。ああ、本命と言えばかつての迷い人で、競馬場ってのを作った人がいてな? ……ははっ、暴れるなっての。もう逃がさねぇよ」


 私が目を回している間にいつの間にか身ぐるみ(ラッピング)を剥がされ、貪るように食べられて。


「なんっ、まだ、チョコレート……! 食べて、ないっ、のに……!」

「んんー? だから、言ったろ! 俺は、お前といるだけで、ずっと欲情してんだ! ってな!」


 翌朝よろよろになりながらも部屋を脱出した私は、まず件のチョコレート(びやく)を回収しに急ぐのだった。

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― 新着の感想 ―
セオドアさん良い男すぎて好き〜〜〜!ご馳走様でした!
おもしろかったです!!! 引きこもりちゃんがどもってて大変かわいい。 どっきどきしました。イケメンすぎて。
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