選ばれないのはつらすぎる
あの時のことを思い返しては赤面したり顔を青ざめさせたり、ひとり百面相をしていると数日はあっという間に過ぎた。
セオドアさんからはいつでもいいから都合のいい日に来てほしいと連絡を受け取っている。ラカオはもう使い切ってしまったし、特に用事のない私はいつでも行ける状態ではあるのだけれど……。
「どんな顔して会ったらいいの……」
あれは明らかに私のミスだ。日本で日常的にチョコレートを摂取し、尚且つこの世界では神様特製の身体になっている私にはラカオの効果が出なかったのだろう。けれどセオドアさんは違う。考えなしにチョコレートドリンクを差し出してしまった私のせいで、あんな……あんな大変なことになってしまったのだから!
情熱的なキスこそされたけれど、彼は決してそれ以上のことをしようとはしなかった。咥内を弄られるばかりでいっぱいいっぱいになってしまった私の見えないところで、多分彼は自己処理をしていた……のだと、思う。通常娼館等で使われる五倍の媚薬を摂取してしまったというのに、諸悪の根源たる私にも最低限しか触れようとしなかったセオドアさんはものすごく紳士だ。あの時彼から向けられた、焦げ付くほどに熱い眼差しを夢に見る。確かに私は、もっと欲しいと願ったのだ。あの気持ちも薬の作用だったのか、そうではなかったのか──今となっては分からない。
けれども、考えてしまうのだ。あれほどセオドアさんが辛そうな時に、私は彼の最も近くにいた。チョコレートドリンクを作って差し出したのは他でもない私で、責任を取るべき理由もあった。そんな状況が揃ってもなお私に手を出さなかったのはつまり、私がセオドアさんの好みではなかったからではないのだろうか──?
この世界の人たちは皆揃って顔の彫りが深く、スタイルが良い美形揃いだ。一方私ときたら身長も小さく凹凸も少なく、顔面は平らで影が薄い。もしこの身を狙われるほどの美女だったらきっと、ここまでの三年ひとりで旅を続けては来られなかっただろうし悪いことばかりでないのは分かっているけれど……。
「……はぁ」
あんな出来事があったことに動揺すればいいのか、その上で結局何もなかったことに落ち込めばいいのか。
自分の気持ちも未だ整理できぬまま、のろのろと出かける支度を整えるのだった。
カララン、と涼やかにドアベルが鳴る。
「──はいはい、お待たせしまし……なんだ、お前か。家の方から来てくれても良かったのに」
「い、いいいえ、お約束もなかったのでこちらからと思いまして……」
「あ〜あ、せっかくちょっとずつ俺に慣れてきてたってのに、また振り出しに戻っちまったか? ま、またゆっくりやるしかないか……。奥、入って少し待っててくれよ」
びっくりするほどいつも通りのセオドアさんが私を迎え入れてくれる。どんな顔をして会ったらいいのかと考えすぎて寝不足になっている私とは全く対照的だ。夢の中にまであの日の色っぽいセオドアさんが出てくるものだから、夜中にがばっと起き上がってはドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるのが大変だったというのに。
──やっぱり私なんかじゃ駄目なんだろうな。
それが分かって、良かったのかもしれない。チョコレートの試作もこれ以上の進歩はなさそうだし、そろそろまた次の街へ旅に出ようか。今度は柔らかいパンを食べたくなってきたから、天然酵母でも起こしてみようか。それとも製麺に挑戦して、ラーメンを作ってみるのもいいかもしれない。
いつの間にかこの胸の中で大きな場所を占めていた彼の存在も、時間が経てばいつかは他のなにかに置き換わるだろう。それまではどうか、勝手に思い出すくらい許して欲しい──。
「あ、あ、あの、今日は先日の謝罪に伺っただけですので……本当に、もっ申し訳ございませんでした!」
「……いや、それは試したいって言った俺のせいでもあるからな。あのチョコレートとやらだって味自体は美味かったし、気にせずまたお前の飯食わせてくれよ」
「いえ、でも、そのっ、もうセオドアさんにご迷惑はお掛けしませんので……!」
その言葉を私が口にした瞬間、周囲の空気がさっと冷えたような感覚がした。
「──はぁ? それ、どういう意味だ? 今後俺に試食を頼まないで、他の誰かにお願いするってこと? あの美味い手料理を作って食べさせて、そんで完成したチョコレートを飲ませるのか? そんなの、絶対許せるわけねぇだろうが」
「いっ、いえそうではなくて……」
「言っとくけどあんなん──俺じゃなかったら速攻で確実にその場でヤられてるからな」
カウンターを回り、私の元へ一歩一歩近付いてくるセオドアさんの瞳はあの日と同じ色を宿している。涼やかな若草色の奥に、燃え盛るような熱を隠して。その視線から逃れようと後ずさるも、小さな薬屋にそれほどの広さはない。あっという間に背中は壁にぶつかり、手を伸ばせば届くほどの距離にまで私たちは近付いていた。
まるで、あの時みたいに。
「──でもっ! セオドアさんは結局ヤらなかったじゃないですかっ!」
あんな状態になっても、彼は私に触れなかった。
「セオドアさんはどうせ私なんかじゃ欲情しないって分かってますしっ!!」
期待しても辛いだけだから、それなら離れた方がいい。そうやって今までも、ひとりで生きてきた。そしてこれからもそう。私は面倒な人付き合いをするくらいなら、ひとりで生きていく方を選ぶ。人間そう簡単に、それまでの生き方を変えられるわけがないのだから。
「はぁ? お前、それ……」
呆然としているセオドアさんの腕の下をくぐり抜け、出入り口へと走る。もう謝罪は済んだのだし、帰ったっていいだろう。よし、次の街だ。私は次の街へ旅に出るのだ。
勝手に溢れる涙は袖口で拭う。この平らな塩顔ならば多少目元が腫れたって大して変わりはしないはずだ。元から美人なわけでもなし、平凡顔がもう少しブスになったとて誰も私の顔など気にしたりはしないだろう。




