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異世界のチョコレートがヤバい薬だった件  作者: 伊織ライ


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3/6

料理がうますぎる

「……セ、セオドアさん、こんにちは」

「おう、来たか。んで今日はどこ行くんだよ?」

「そろそろ手持ちの食材が減って来たので、市場へ行ってみようかと……」


 薬屋の裏手に回ると、こざっぱりと整えられた民家の玄関口へたどり着く。聞くところによるとこの店は数年前に彼の両親から受け継いだものだそうで、長年通ってくれる固定客によって細々とではあっても安定的な収入があるらしい。この世界の薬師と言うのは医者と薬剤師を合わせたような存在だから、この若さで店を切り盛りしているのはかなり優秀なのではないかと思う。

 口下手な私を気にすることもなく、自分のことやこの街のことなどあれこれ楽しそうに話して聞かせてくれるセオドアさんと一緒にいるのは案外楽だ。相槌だけうっていれば無理して話題を探す必要もないし、私がどもっても焦らせずゆっくり待ってくれる。振られた質問に答えあぐねた時には自然に話をずらし、違う話題を振ってくれたりもする。

 最初に出会った時の『優しい店員さんムーブ』は完全に猫を被っていたようで、今は完全に素の状態であるらしい。けれども乱雑な口調の中に、やっぱりほんのちょっと優しさが見え隠れしているような気がするのは勘違いではないだろう。

 私がこの街に来たばかりで何も知らないと分かったから、こうして私的な買い物にも付き合ってくれている。先日は、この街に長期滞在するため必要になる細々とした物を買い足すのにいい雑貨屋も紹介してもらった。確かにお手頃価格だったし、可愛いデザインも多くてついテンションが上がってしまったのだけれど。

 彼曰くこれも()()の一環なのだそうだ。私なんかにこれほど時間を使って大丈夫なのかと問えば、「うちに来るのは常連客ばっかりだからな。常備薬さえ作っちまえば案外自由になる時間も多いんだ」とのことである。


 ここの野菜は農家直送だから新鮮だとか、こっちの肉屋は価格が安いけど味はイマイチだとか、地元民ならではのアドバイスを聞きつつ市場を見て回る。


「──あっ、お魚がある……!」


 この世界は前世ほど物流が発達していないため、鮮度が重要な魚はあまり手に入らない。川魚は時折見かけるけれど、ここハーフェンは港街だけあって海産物も豊富ということだろう。米もあり、味噌も醤油も手に入った。でも流石に焼き魚なんかは出来なくて、和食といっても生姜焼きや肉じゃがもどきを作って満足していたのだ。

 元々魚なんてそれほど好んでいたわけでもないくせに、いざ手に入らなくなると恋しくなるのはなぜだろう。久々に目にした生の魚の姿に、私の目は釘付けになってしまった。


「ん? グルクマが欲しいのか?」

「グルクマ……? こ、この魚グルクマっていうんですか……?」


 丸々太った青銀の体長は私の腕程もあるだろうか。背中に縞模様があり、なんとなく(サバ)に似た雰囲気だ。値段もそれほど高くないし、こんなに大きければさぞ食べ応えがあるだろう。塩鯖、鯖の味噌煮、竜田揚げ……流石にしめ鯖や押し寿司は無理だろうが、新鮮な野菜も手に入ったことだし南蛮漬けなんかにしてもいいかもしれない。

 脳内に様々な料理が浮かび、つい口元が緩んでしまった。いけない、涎を垂らすところだった。


「買ってもいいが、お前今宿暮らしじゃなかったか? 確か銀鹿亭は……宿泊者用の厨房もなかったよな」

「──っ、そ、そうでした……」


 せっかく見つけたお魚だというのに、すぐ食べるのは難しそうだ。どうしよう、もう口の中が鯖の味になってしまっているのに……!


「んじゃ、うち来るか? 厨房使ってもいいぞ」

「えっ、いいいいいんですか? いやでも、そんな、流石に悪いですし……!」

「ふはっ、そんな物欲しそうな目しといて今更諦められんのか? 出来上がった料理を俺にも食わしてくれんなら、いくらでも使っていいって。とはいえ親が旅に出ちまってからほとんど使ってねぇから、多少の掃除が必要だろうけどな」

「そ、それはもちろん、お安いご用でございますけれども……!」

「よし、じゃあ決定な。親父、そのグルクマ一匹くれや」

「あいよ! セオドアもいつの間にかそんな可愛い嬢ちゃん連れてくるたぁ隅におけねぇな! はいよ、毎度ありっ!」


 やけに楽しそうなセオドアさんの足取りに対して、ヒョイと手渡されたその大きな魚はずっしりと重かった。


 ◇


「お邪魔します……」

「はい、ドーゾ」


 初めて足を踏み入れたセオドアさんの自宅は物が少なく、綺麗に整頓されていた。なんでも普段から店舗の方で過ごす時間が長いため、自宅へは寝に帰ってくるような状態らしい。男性の家など初めて入るものだから、なんだかいけないことをしているような気恥ずかしい気持ちが湧いてくる。

 あまりおかしな態度を取るのも自意識過剰だと思われそうで、努めて平静を装った。チラリとこちらを振り返る彼の目元が面白そうに細められていたから、上手くいっているかどうかは怪しいところだけれど。

 

 手伝おうかと申し出てくれたセオドアさんを丁寧にお断りし、案外汚れていなかったキッチンを軽く掃除する。基本的な調理器具は揃っていたので、それらも借りることにした。

 見よう見まねで捌いた魚は多少格好が悪いけれど、骨が太くしっかりしていたのでかえって取り除くのは簡単だった。小骨もなさそうなのできっと食べやすいだろう。さて、あとはどんな献立にするかだけれど……。


「味噌煮、はちょっとハードルが高いかな……? この国ではまだあんまり味噌が普及してないみたいだし。それにお米も家畜の餌扱いだから、出すと嫌がられるかもしれないよね……。となると、パンにも合う味付けがいいかな……」


 前世では自分ひとりのために自炊をするのが面倒で、出前サービスばかり使っていたけれど。異世界に来てから手料理を他人に振る舞うことになるなんて考えもしなかった。幸いこの国にたどり着くまでの三年で随分料理の腕も上達したと思うし、何より日本基準の美味しい料理を食べ慣れた私にはそこそこ才能があったらしい。といっても評価するのは自分しかいないのだから、他の人が食べてどう思うかは分からないが。少なくともそこら辺の屋台で売られている獣臭い串肉や、塩味の水煮風スープよりは美味しいものが作れると思う……多分。


 食べやすく切った魚に軽く粉を付け、オリーブオイルに似た油で揚げ焼きにする。火が通ったら一旦皿に取り出し、そのまま残ったオイルにニンニクと鷹の爪を放り込む。香りが出たら玉ねぎと刻んだトマトに赤ワインを少し入れて、とろとろになるまで煮詰めていった。塩とハーブで味を整える。硬いパンは薄切りにして表面を焼き、カリッと焼き上がった魚にトマトソースをたっぷりかけたら完成だ。簡単なサラダとスープも添えて、食卓へと運ぶ。ふわりと漂う良い香りに空腹が刺激された。


「……あ、あの、でき、出来ました……」

「おっ、もう出来たのか? さっきからいい匂いがしてるし、すげぇ楽しみ」


 にこりと笑うセオドアさんはなんだか無邪気で、ちょっとだけ最初に会った時の猫被りバージョンを思い出してしまった。


「おー! めちゃくちゃ美味そう! 料理上手なんだな。早速いただくわ」

「は、はい、どどどうぞ、お口に合うかどうか……」


 リアクションが大変気になるところだけれど、味見がてら私もソースをすくって口に入れた。酸味と甘さがちょうどいい感じで、悪くない……と思う……多分。

 チラチラと様子を伺っていれば、たっぷりソースを付けた魚を大きな口に入れたセオドアさんが若草色の瞳をカッと見開いた。


「──っ、だい、大丈夫ですか……? から、辛かったです……?」

「うっっっま」

「は、はい……?」

「なんだよこれ、グルクマが全然臭くねぇしぐにょぐにょした食感もねぇ。ソースは酸味があってさっぱりするし、でもこの香りがめちゃくちゃ食欲そそってパンいくらでも食えるわ。このサラダにかかってるソースも美味いし、スープもなんだこれ、味が深いっつーかなんつーか、よく分かんないけどとにかく美味い」


 一息に言い切ると、再びフォークを手にしたセオドアさんは猛烈な勢いで食事を再開した。どうやらお気に召していただけたようで、ふうっと安堵の息を吐いてしまった。緊張でこわばっていた肩の力も少し抜け、私もせっかくの魚を堪能することにする。

 よかった……本当に。自分が作った料理をこんなに美味しそうに食べてくれる人がいるなんて、なんだかちょっと信じられない気持ちだ。胸の奥がむずむずとくすぐったくて、瞬く間に減っていく彼の皿を見ると自然に笑みが浮かんでしまった。


「おかわりもありますから」

「まじか。貰うわ」


 互いに黙々と食事をするばかりで、全く会話のない私たちだったけれど──その間に楽し気な空気が漂っていたのは、勘違いではないと思う……多分。


「いやぁ、めちゃくちゃ食ったわ。腹パンッパン、しばらく動けないかも。本当に美味かったよ、ありがとな」

「いえ、お口に合って何よりでした」

「合うどころかもうジャストフィット。ピッタリハマりすぎて怖いぐらいだ。俺の人生において一番美味い食事だったよ」

「そそそれは流石に言い過ぎでは……!」

「いいや、全く。近所の美味いと言われてる店は大抵行ったけど、そのどこよりも美味かった。言っておくけど俺は世辞は言わねぇからな」


 ソファにだらりと腰掛けつつも、セオドアさんがこちらへ寄越す視線は真剣そのものだ。


「なんつーか……初めて食った味付けばっかりなのに、懐かしいっていうのか。……変だよな? でも、そういう……あったかい味がしたんだよ」

「あ、はっ、はい、よかったです……」


 なんだか無性に泣きたくなってしまって、私は慌てて目を伏せた。そんな挙動不審な様子を咎めもせずにふっと表情を緩めた彼は、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で呟いた。

 ──こんな美味い飯が毎日食えたら幸せだろうな、と。



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