ご飯が美味しくなさすぎる
全六話で完結。お楽しみいただけると幸いです!
見慣れぬ紋様の入った銅貨を恐る恐る屋台の主人に差し出し買った、自分の顔ほどもある巨大な串焼き肉。やっぱりこういうのが定番だよねとテンションマックスで齧り付いたそれは、硬くて永遠に噛みきれないゴムのような食感をしていた。後から後から湧いてくる獣臭さと鉄臭い血の味と、口内炎があったら悶絶しそうなほどたっぷり振られたザラザラのえぐい塩。噛めば噛むほど嫌な味が出るのに決して柔らかくはならないという、ラスボス級の難敵だ。現代日本人の繊細で軟弱な顎を舐めないでいただきたい。九割残った串肉は、そのまま物乞いの少年にあげた。
それならば煮込み料理だとひらめき買ったスープは、びっくりするほど出汁の概念がなかった。それはすなわち、獣臭い肉の水煮である。合ってる? これ何か工程忘れてない? と周囲を見渡すが、皆なんの疑問もなく食べているのだからいつも通りの味だったのだろう。確かに焼いたものよりは柔らかい……気がするけれど、そうじゃない。是非その脂身は捨てて欲しいし、筋の部分はしっかり処理してもっと煮込まないと絶対に噛みきれないから。カロリー摂れば生きていけるとかそういうこと? ここの人たちの味覚は私とは異なるものなのだろうか。見た目は同じようだけれど、根本的に内臓機能とかが異なる異種族なのかもしれない。
絶望しかけた私の脳内に、直接言葉が響き渡ってくる。
『いや、基本的な生物としての機能は同じだよ〜! こっちの人間の方が死に近い分、ちょっと強いし身体も大きくなりやすいけどね〜』
いちいち驚き叫び声をあげていたのも最初の数日だけだ。今やもうすっかり慣れ親しんだこの声は、私をこの世界へ連れて来た神様のものである。文字通り天の声というわけだ。
「じゃあなんでこんなにまずい食べ物しかないんですか?」
『食事を娯楽として捉えるほどの余裕がなかったからかもしれないね〜』
となると、私は今後一生こんなくっさい肉を食べ続けなければならないということか。
ポチッと注文ボタンを押せば部屋のドア前まで専門店のテイクアウト料理を届けてくれる出前サービスもなく、口コミ評価のポイントが星の数で見られるグルメサイトもないこの世界で……?
自慢ではないが、私は極度のコミュ障だ。一生遊んで暮らせるほどの親の遺産があったから、そこそこの家を借りてほとんど外に出ることもなく日々を暮らしていた。必要なものはネットで注文すると翌日には受け取れるし、食事だって出前サービスを使えばあっという間に届けて貰える。自炊をしていた頃もあったけれど、ひとり分の料理を作るのは案外コスパが悪いのだ。本当にどうしようもない時にだけ渋々外に出て、用を済ませたら速攻で自宅に帰る。私の家は安全な巣であり、コツコツと作り上げた自慢の城であった。
けれどもその最低限の外出の際、事故に遭って私は死んだらしい。それがこの神様が起こしたうっかりのせいだったと言われても、実際よく分かってはいないのだけれども。お詫びをさせてくれという神様の手によって、私はこの世界に転移した──のだそうだ。このお調子者な神様が管理する世界のうち、比較的安全で暮らしやすい国を選んで送られたのである。
『チート無双したいならここでぇ、学園逆ハーレムルートならこっちでぇ、ほのぼの開拓ライフならここかなぁ〜?』
「なにそれ、嫌だよ面倒臭い」
楽しそうな声色で話す神様に、ついマジのトーンで突っ込んでしまった。これまでの人生だって、他人と関わるのが面倒臭いという理由で必要最低限しか外出しない暮らしを送ってきたのだ。今更逆ハーとか言われても、罰ゲームだとしか思えなかった。
転移の際に身体を再構成する必要があるとかで、私は以前より死ににくい身体になったらしい。贅沢をしなければ暮らしていけるだろう金銭と、それから気まぐれで時々繋がる天の声──それが、与えられた初期装備の全てであった。
どこからともなく湧いてくる黒光りした害虫のように、私が手にした遺産を狙ってくる自称親戚たちをようやく黙らせたところだったのに。家も身分も失って悠々自適の引きこもりライフを諦めざるを得なくなった私はまず、この食生活から改善する必要がありそうだと重い腰を上げたのであった。……渋々。本当に、仕方がなく。
◇
食材探しは正直簡単ではないけれど、神様特製の身体は想像よりも数倍頑丈だった。相変わらず他人とコミュニケーションを取るのは苦手だから、ひとつの街に長居することは極力避けての旅暮らしをしている。私にとって、人脈を作るよりも山脈を越える方が余程楽だったのだ。いくら歩いても疲れないなんて素晴らしすぎる。長年引きこもっていた元の身体のままだったら、多分転移早々に死んでいたような気がしてならない。
味噌と醤油に、最も大事な主食となる米も先日ついに発見することができた。家畜の餌として、ガサガサの袋にどさっと山積みで売られているそれを目にした時は歓喜して神に祈りを捧げてしまったほどである。『どういたしまして〜』と脳内に響く返答に、すぐさま祈るのはやめたけれど。
この世界で主に食べられているパンはやたらと硬いし、妙に酸っぱくてあまり美味しくないのだ。鍋で炊飯するのには多少手こずったものの、緩ければお粥にでもすればいい。顎の疲れる食事ばかりだったから、久々に食べたお腹に優しいお粥は涙が出るほど美味しかった。
一方謎の獣肉は処理の方法から悪いようで、どこの国で食べても生臭くて硬い。酢を使ったり、ハーブや果物の汁に漬けたりと試行錯誤してなんとか及第点の料理のレパートリーを増やしていった。
慣れていくうち、肉の処理が比較的上手い店なども見分けられるようになる。店主が厳つくて、自ら獲物を狩ってきそうな屈強な見た目であるのがポイントだ。仲介業者を挟んでおらず鮮度が良いからこそ、多少他の店よりも臭みがマシだったのだろう。血抜きの方法や解体のコツなどを独り言風にさりげなく呟いて教えれば、あとは勝手に上手いこと工夫してくれる。引きこもり女のにわかサバイバル知識でさえ格段に品質が向上したのだから、これまで一体どんな解体をしていたのやらという話である。向上心はないのか? いや、臭くない肉を食べた経験がないから疑問にも思わないのだろう。
こうしてようやく及第点となった肉はまとめ買いして干し肉にしておけば、旅の食事も多少はマシになる。強制的にベジタリアンにされる前に間に合って何よりだ。
先日は小豆に似た豆も発見し、満を持しての餡子を炊いた。今滞在している街で買える甘味は歯が折れるくらい硬いクッキーか、甘すぎて脳が溶けるべしょべしょのスポンジケーキみたいなものの二択。どちらもお味はお察しなので、久々に作って食べたふわふわのどら焼きもどきはとても美味しかった。美味しすぎてちょっと泣いたくらいである。
どうやら砂糖は豊富に採れる環境らしく、然程高級ではなかったのが幸いだ。聞くところによると、花粉にあたる部分からごっそり砂糖が採れる植物があるらしい……めちゃくちゃファンタジーだ。そんな恵まれた環境にも関わらず、なぜこれほどまでに料理が発展しないのか甚だ疑問ではあるが。向上心はないのか? いや、美味しいスイーツを食べたことがないから……(以下略)。




