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隠された贈り物 2



 これ以上カルミア嬢の右手を握っていたら、怒りで折ってしまいそうだと思い、手を離す。

 そうして再度彼女に尋ねた。


「カルミア嬢。この床に散らばったものの説明をしていただけますか?」


 青褪めながらも、涙を湛え、上目遣いでこちらを見上げるその様に吐き気が込み上げてくる。


「こ、これは……。お姉様が私に預かっていてと渡したもので……」


 何としてでも嘘を貫き通したいのか、この期に及んでそんな事を言っている彼女に呆れを通り越した感情が湧く。


「なるほど? では、これは何ですか?」


 そう言って床に落ちていた金のフィリグランを拾った。


「これは僕が半年前、『遠征中』に紛失したものです。嵌め込まれた宝石の裏に僕の名前が刻んでありますが?」


「そ、それは……セザール様が……」


「あぁ、……彼を使ったんですか」


 騎士団でいつも一緒にいたセザールは、さぞ動かしやすかったことだろう。


 散らばった物の中には他にも紛失したカフスもあり、無くしてショックを受けていた自分に、「遠征中だからしょうがないよ」と、慰めてきたセザールにも怒りが湧いてくる。


 度々起こった野営地の魔物の襲撃も、ひょっとしたらセザールの手引きではないかとすら思ってしまう。

 


「――カルミア嬢。なぜこんな事を?」


 

「なぜ? だって……お姉様のものは私のものでしょう? ヴュート様だって! 騎士団の慰問に行く度……、いつも私に優しくしてくれたわ。私のことが好きだから声をかけてくれたんでしょう⁉︎  お姉様と婚約破棄しなかったのは、お姉様が可哀想だから……」


 思わず、テーブルを叩き割りたくなるも、なんとかカルミア嬢を睨みつけるだけで留まる。


 長い間会えなかったフリージアからの贈り物を紛失する度、彼女の心が離れていくようで、彼女の思いが消えていくようで、その喪失感は言葉では言い表せなかった。


 回帰前、最後に無くしたハンカチは、彼女からの初めての贈り物だった。


 その直後に知った彼女の死は、何かを暗示していたのかもと思ったほどだ。


 暗示どころではない。


 こんなにも悪意と、害意にまみれたそれに奪われたのかと思うと、笑いしか出てこない。


 

「僕は、君を婚約者の家族として接しただけだ。それ以上なんてあるわけがないだろう?」

 

「でも他の男の子たちはみんな言うわ。自分の婚約者より私がいいって。でもあんな自分じゃ何も出来ない貴族の子達よりヴュート様の方が比べものにならないほど素敵だもの。地位、名誉、才能、容姿、どれをとっても誰にも負けないわ。私は貴方が好きなんです」


「……僕はっ、アクセサリーじゃない!」


 彼女が好きなのは僕ではない、僕の後ろにある物だ。


 

 そんな物の先にフリージアの死があったのかと、怒りで視界が赤く染まる。



「どうしてそんなに怒るのですか……! っ……はぁ」


 毒が効き始め、肺に空気が入って来ないのだろう。

 カルミア嬢が苦しそうに呼吸を乱し始めた。


「ヴュートさ……助け……っ! っは……、はぁ、お姉様に毒を……飲まされ……て」


 

 その苦悶に満ちた表情が、二年先の、想像上の十八歳のフリージアとふいに重なる。



「……こうやって、ジアは死んでいったのか……」


 ポツリとこぼしたその言葉に、カルミア嬢が「え?」と呟く。


 目の前で、贈り物を踏みつけられ、僕の裏切りを知り、孤独と絶望の中でジアは死んでいったのだ。



「ヴュート……さ……ま?」


 胸を押さえつけ、苦しむ目の前の少女に同情すらできない自分は正気の沙汰ではないのだろう。


 フリージアが死んだ後、僕を見上げる目に涙を溜め、「こんなことになるなんて」「辛い」と、一体どの口が言ったのか。


 僕にフリージアがマクレンと恋仲だったと……僕を捨て、裏切ったなんて作り話を考えるなど常人の考えることではない。


 ドス黒い感情と、腹の底から込み上げる抑えられない感情が、無意識に『業火の紋』を作った。


「っ……!」

 


「あの日、君を殺してしまえば……気分は晴れたのだろうか」



 今、復讐をしたら、この感情も少しは納まるのだろうか……。


 


 マグノリア様とソルト邸にフリージアの遺品を受け取りに行った日。

 ヒステリックに喚くカルミア嬢をおかしいと思ったのに、遺品にあったマクレンと書かれたハンカチに動揺し、思考が停止して何も出来なかった。

 

「ヴュート!」


 怒りからか、冷たくなった指先に温かな手が触れた。


「……ジア」


「止めて。……貴方に人殺しなんてして欲しくない」


 フリージアが泣いている。


 紫水晶の瞳が涙と一緒にこぼれ落ちてしまいそうなほどに。


「……僕は騎士だよ……。人に剣も、攻撃魔法を向けたことだって……」


「違う! ……それと、これは……違うわ」


そう言って彼女が親指で僕の目の下の何かを拭う。


「……泣かないで」


 彼女のその言葉に初めて自分が涙していることに気づいた。


「……君が、いなかったんだ。君に会うために遠征地から王都に向かって……。早馬が……君が死んだと。全て……何の意味も……カルミア嬢が君を……」



 文にならない言葉が溢れるも、フリージアの温かい手に、彼女が生きているその光景にただただ視界が滲む。



「ありがとう……。ヴュート。私のために泣いてくれて。でも、カルミアを殺してはダメよ」


 彼女が僕の体を優しく抱きしめ、優しく囁いた。


「でも……」


「あの子なんかの為に、貴方に犯罪者になって欲しくない。……あの子なんかの為に、貴方の心に後悔を残して欲しくない」


 そう言って涙に濡れた強い瞳で、フリージアが僕を見上げる。


「何より、そんなことをして、貴方の心にカルミアが……いつもどこかに引っかかっているのは許せない」


 その言葉に涙がぴたりと止まった。


「……僕の心にいるのは、いつだって君だけだよ」


 そう言って彼女を抱きしめながら柔らかな髪に顔を埋め、胸いっぱいに彼女の香りで満たす。


「……それでも、嫌なの」


 ふふ……と笑いながら言う彼女の言葉に、何より彼女の見せた初めての独占欲に、自分の心が少しずつ凪いでいくのを感じた。



「い……一体、ハッ……はぁ。何の……話……を」

 


 そう言ったカルミア嬢にフリージアは向き直し、僕の渡した『癒しの紋』のリボンに魔力を流した。



「はぁ……っ。は。……初めからそうしなさいよね。本当に死ぬところだったじゃない‼︎」


 リボンから発せられた淡い光がカルミア嬢に吸い込まれていくと、彼女の呼吸が落ち着き、苦悶の表情が怒りの表情へと変わる。


「カルミア。始めから貴方を殺そうなんて思っていないわよ。ただ、……怒りに任せてお茶をかけた時、私と同じ苦しみを味わえばいいと思ったのは否定しないわ」



「っていうか、凄いね、君。俺とフリージアを殺すつもりだった癖に、よくそんなことが言えるな。ある意味尊敬だよ。どんな思考回路してる訳?」


 引き気味のマクレンがカルミア嬢にそう言うと、彼女はマクレンを睨みつける。


「平民如きに、君なんて呼ばれたくないわ!」


「……あぁ。ごめんごめん。……僕の正式な名前は、マクシミリアン=スミリア=ウィンドブル。隣の国の第二王子ですって言ったらわかるかな?」


「はぁ?」


 意味が分からないと言った顔をするカルミアに、オリヴィアが説明する。


「訳あって商人の息子の振りをしているけれど、彼は正真正銘ウィンドブルの王子よ。疑問に思うならウィンドブルの『聖女』、シャルティ様にでも聞けばいいわ。……まぁ、聞ければだけど」


「何が仰りたいの⁉︎」


 この状況下でそれが理解出来ないカルミア嬢に、わかっていたけれど、一般常識が通じないということを改めて痛感する。


 マクレンが屈み込み、カルミア嬢の足元に落ちていた茶葉の入った麻袋を拾った。


 その麻袋の裏表を見た後、中身を覗き込むと、ふっと笑う。


「何が可笑しいのよ!」


「あぁ、この麻袋の内側に、君の母上の実家の家紋があってね……」


「家紋?」


「そう、我がウィンドブル国のレダ伯爵家の紋だよ」


「お母様は平民の生まれではなかったの……?」


「れっきとした、前王妃の生家で、ウィンドブル国でも勢力を誇る家紋だよ」


「まぁ! それでは私は……!」


「ま、君は平民だけどね」


 そうそっけなく言ったマクレンにカルミア嬢がキョトンとする。


「……は?」


「君は、ソルト公爵家の娘でも、ターニャ=レダの娘でもない。王族である僕に毒を盛った、ただの平民で犯罪者だ」


 マクレンの言葉にカルミア嬢の理解が追いつかず、さらに大きく目を見開く。


「何を……言って」


 マクレンは、訳が分からないと言ったカルミア嬢に、先ほど僕たちが馬車で聞いた内容を含め、『魅了の紋』についても、レダ家の目的に関しても順を追って説明してやった。



「――そして、僕がここに来たのはレダ伯爵家と明確なターニャとの繋がりの証拠が欲しかったからなんだが……。兄上に飲ませたであろう同じ毒を、家紋入り付きの麻袋に入れるなんて、甘すぎるだろう……? 何年もここに入り込みすぎて油断したのかな?」


 マクレンはクスリと笑い、床に膝を突いているカルミア嬢の前に目線を合わせ、麻袋を目の前で揺らした。


「ありがとう、カルミア嬢。君に頂いたお茶は、『故郷への良い土産話』になったよ。……ご馳走様でした」




 

 第一王子の殺害未遂だけでなく、支持すべき第二王子にすらレダ伯爵家の手のものが毒を飲ませたとなると、彼らの家門に未来はないだろう。

 

 更には、暁の魔女の殺害を目論むなど、国際的にも、彼らを世論が許しはしない。

 

「やっと、……兄上に恩返しができる」


 そう言って、マクレンは茶葉の袋を握りしめた。


「……私は……」

 

 カルミア嬢は真っ青な顔でポツリとつぶやいた。


『母親』だった人間が、『暁の魔女』を殺すためにソルト家に入り込み、シルフェン邸でその凶行に及んだ。巻き込まれた人達は、元聖女・マグノリア、ソルト公爵、シルフェン家次期公爵である僕。王家に次ぐ国の要の存在だ。


 そして、カルミア嬢に至っては、可能性といえど、『暁の魔女』であるフリージアのみならず、隣国の王子までも殺そうとしたのだ。


「わ、私は知らなかったのよ……。お母様がスパイだったなんて! 私は悪くないわ‼︎」


「カルミア、知らなかったで済むわけがないでしょう? むしろ知らずにその手段を選んだ貴方が何より恐ろしいわ」

 

 ヒステリックに無罪を主張し始めた彼女に、フリージアが言う。


 そうして、彼女は放心状態のカルミア嬢を尻目に床に散らばった手紙や、贈り物を一つずつ箱に拾い集めた。


 僕も一緒に拾うと、フリージアが優しく微笑み「……ありがとう」と言った。


「僕のものも入っているからね」


「こんなにも……貴方に届いていなかったのね」

 

 そう言うと、フリージアがポツリと零し、カルミア嬢に視線を移す。


「全部、返してもらうわ」


 

 

 

「誰か! カルミアを王宮の騎士団に連れて行きなさい!」


 ドアの外に向かってマグノリア様が叫ぶと、執事が困惑した様子で応接室に入ってきた。


「大奥様……」


「あぁ、ジル。聞こえたでしょう? カルミアを連れて行きなさい」


 ジルと呼ばれた執事は何が起きているのか分からないながらも、ソルト家の警備騎士を呼ぶと、カルミア嬢が怒声を上げる。


「お祖母様! お父様が帰って来たらこんなこと許されないわ! 実の娘じゃないかもしれないけれど、私はお姉様と違って愛されてるのよ! お姉様! 『全部返してもらう』なんて言ったけど、お父様の愛は私のものよ!」


 その言葉にマグノリア様が冷たい視線を寄越した。


「息子はすでに王宮の牢にいることでしょう。すぐに会えるから、その時同じことを言ってみなさい」


「牢?」


「そうよ、……金に目のくらんだ犯罪者よ」


 そう言って俯くマグノリア様の手をフリージアがそっと握りしめた。


「カルミア、『お父様の愛を返して』なんて言わないわ。……だって、始めから私のものではないのだから。……その貴方の言うお父様の愛は……本物だった?」

 


「待って……。どういう意味……。ちょっと! 離しなさい! マリア! マリアはいないの⁉︎」


 警備騎士に拘束されながらも、カルミア嬢が自分の侍女を呼ぶ。

 マリアとは、神事を見に行った際カルミア嬢のそばにいた侍女だろう。


 

 その時、集まっていた使用人たちの中に、名前を呼んだ侍女の姿を認めたカルミア嬢が、一瞬安堵の表情になる。


「マリ……」

 

 が、そっと視線を外した侍女は使用人達の影に消えていった。


 

「貴方の周りにいた人は皆、『魅了の紋』が作り出した虚構に過ぎないわ」

 

 侍女の消えていった先を言葉も出ず見つめるカルミア嬢にオリヴィアが呟く。


「……では、法廷で会いましょう」


 フリージアの言葉と共に、カルミア嬢は連行されていった。

 






 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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