届かなかった贈り物 2
「何を騒いでいるの?」
目の前に立って私たちに声かけたオリヴィア王女の姿を見たカルミアはパッと顔を輝かせる。
「オリヴィア様ですね。私はソルト公爵家のカルミア=ソルトです。この国の聖女をしています。本日は姉と一緒にお茶会に参加しようと思って来ちゃいました」
てへっ。と小さく舌を出した妹に驚きすぎて言葉が出ない。
てへって何⁉︎ って言うか、その前の挨拶は何⁉︎
散々目上の人への挨拶に関して口酸っぱくして言ってきたけれど、……平民でももっとちゃんと挨拶すると思う。
って言うか、自分が王女より上の立場だと思って口を開いているようにしか聞こえない。
慌てて、謝罪をしようと態勢を整える。
「申し訳ございません、オリヴィ……」
彼女はスッと右手で私の言葉を制し、にこりと微笑む。
「ごめんなさい、カルミア嬢。今日は久々に会った友人とゆっくりお話ししたいの。と言っても少ししか時間が取れなかったから。カルミア嬢とは今度ゆっくりお茶を飲みたいわ。今回は聖女である貴方を十分におもてなしする準備が整っていないの。だから是非十分なおもてなしができる準備が整ったらご招待させていただけるかしら」
「えー、今日は美味しいデザートとかないんですか?」
「そうなの、今度南方の珍しいデザートを取り寄せるつもりだから、その時お声をかけさせて頂けるかしら」
うふふ、と扇で顔を隠しているが目の奥が笑っていない。
「じゃあ、その時にまた来ますね!」
そう言って唖然とする私を残してしょうがないなぁと、カルミアは帰って行った。
案内された王女のサロンは豪華だけれどシンプルで、テーブルにはオレンジのフリージアが生けてあり、ふんわりと甘い香りがした。
「どういう教育をしているの?」
唐突にオリヴィア王女に言われた言葉に背筋が伸びるが、王族に対しての無礼な振る舞いは誰の目から見ても明らかだ。
「お恥ずかしい限りです。妹にはもう一度言って聞かせます」
そう言うも、言って聞くとは思えないので、頭を下げながらも自分の情けなさに自嘲してしまった。
どうして父も母も彼女を諌めないのか全く理解ができない。
「まぁいいわ、どうぞ楽にして?」
「ありがとうございます」
そう言って先に腰掛けた王女に示された席へと座ると、いい香りのお茶と三段ケーキスタンドにかわいらしく並べられたお菓子が運ばれてきた。
侍女たちに退室を促すと、彼女たちは少し戸惑い気味にこちらを見た。
私の噂を知っているのだろう。
『聖女の称号を持つ妹に嫉妬する姉』
妹がアカデミーで私にいじめられていると話していたと聞いたのはいつだっただろうか。
「…………だから、楽にして?」
そう言って王女は靴をポイポイッと脱ぎ、ソファにだらんとなった。
「…………」
「令嬢然している貴方なんて貴方らしくないわよ。私たちの間に堅苦しいものなんていらないでしょう? ジア」
「……そう? 板についてきたと思ったんだけど」
「全然。貴方らしさのかけらもないわ」
「私らしさって何よ……」
「え? 裸足で野原を走り回って、下町で悪ガキどもをしばき回していたフリージア=ソルトのことよ」
ふふんと笑うオリヴィアの目はイタズラっぽく輝いていた。
「やめてよ。私が悪ガキみたいじゃない」
「みたいじゃ無かったでしょう?」
昔を思い出して、その言葉にぐうの音も出なかった。
「……オリヴィア王女こそ、下町で迷子になって悪ガキに串肉を取られたと、大泣きしていた面影もございませんね」
ピクンと反応したオリヴィアがジト目でこちらを見てくる。
「そうね、そこで悪ガキから串肉を取り返してくれた貴方が公爵令嬢だなんて想像できなかったわ」
「あら、こちらこそ、城下町で度々見かける女の子が王女殿下だなんて想像できませんでしたよ」
お互いしばらく見つめ合い、ふふッと笑いが溢れた。
「ま、貴方の妹がソルト公爵家に来た途端、それも無くなったみたいだけどね。突然別人のようになって。私とも距離を取り始めたわね」
オリヴィアは、小さく自重気味に笑いながら言った。
「何だったかしら? 『聖女の妹に嫉妬する、氷の令嬢』だったかしら? 嫉妬に駆られた姉は妹の些細なミスも許さず、……いじめる? そのくせ妹の栄光に預かろうと常に妹のそばにいる……だったかしら。色々ありすぎて覚えていられないわ」
「振る舞いと、マナーを最低限教えているだけよ! それに、側にいるのは彼女の手伝いをさせられてるからよ!」
「でしょうね。先ほどのあれを見たら礼儀も何もあったもんじゃないし、聖女の仕事ができる雰囲気もあったもんじゃ無いわ」
「お恥ずかしい限りで……」
「でも、私に会わなくなったのはその噂が原因なんでしょう?」
ぴたりと紅茶を持つ手が止まった。
「分かってるわよ。あまり噂の良くない貴方といたら私の評判が下がるとでも思ったんでしょうよ」
そう言って彼女は口元にカップを当てたまま視線を落として言った。
「寂しかったのよ」
「……ごめんなさい」
「でも、今日来たってことはそれももう終わりだと思っていいのかしら?」
不敵な笑みを浮かべながら言う彼女に「貴方が許してくれるなら」と返事をした。
「……随分時間がかかったんじゃなくて?」
つい最近同じことを言われた。
あの時は彼女が亡くなる直前だったけれど。
「早かった方よ……」
だって間に合わなかったのだから。
回帰前にオリヴィアに会いに行ったのは、流行病ですでにベッドから動けなくなった時だった。
「で、どんな心変わりなの?」
「もう良い子でいるのやめようと思って」
「あら、じゃぁ、あの頃の貴方に戻るのね」
「あの頃って……」
「ほら、私と遊ぶ時いつも世界の旅行日記だの、そのためのサバイバル本だの野草だの本をたくさん見せてくれたでしょう? かけらも令嬢らしくないアレよ」
「……。そうよ。私はもう貴族令嬢としてお上品なんてことは止める『予定』よ」
「見ものだわ」
面白そうに笑う彼女は嬉しそうに綺麗なエメラルドの瞳をキラキラさせている。
「オリヴィア……。それから貴方にこれを渡したくて」
先日作った紋様の編まれたペンダントを差し出した。
「これは……また、高度な技ですこと。どこで……」
小さい頃何度も何度も覚えさせられたそれが役に立つ時が来たのだ。
「絶対に、ずっと持っててね」
以前は渡せなかった、『加護の紋』を編んだペンダントトップを渡した。
受け取った彼女はじっとこちらを観察するように見たが、探るのを諦めたように小さくため息をついた。
「ありがとう。ずっと身につけておくわ。……そういえば、貴方が小さい頃くれた恋愛成就の紋様の入ったハンカチ。あれ効果ないわよ。全く素敵な恋人なんてできないじゃない」
「あれは恋人を作るものでなくて、好きな人と幸せになるよう願いを込めて作ったものだもの。まずは好きな人ができてからその苦情を受け付けるわ」
渡した時にきちんと説明したのに、勝手に勘違いしているオリヴィアは一瞬固まった後、ツイ……と視線を逸らした。
「ま、お守りがわりに持っておくわ。……で、私のことは置いといて……。貴方はヴュートと上手く行ってるの? 彼二年ぐらい前から魔物退治に行ったまま帰っていないはずよね?」
その言葉にぎくりと体を強張らせる。
「……彼とは……もう良いのよ」
驚いたようにオリヴィアが言った。
「いいってどういう意味?」
「さぁ? 今年誕生日プレゼントもカードも贈らなかったから愛想でもつかしたんじゃないかしら? それに、カルミアが慰問で軍に行ったそうだから、運命の恋にでも落ちたのかしら」
「やだ、笑わせないでよ。あんなおバカな妹に彼が恋に落ちるなんて絶対ないわね。何より貴方……」
「でも、他の御子息達はあの子にみんな夢中だわ」
「……」
オリヴィアも知っているのだろう。
私のかつての友人はカルミアが聖女認定されるや否や、私の悪い噂をばら撒き、カルミアの取り巻きとなった。
さらにはカルミアに会ったどの子息も、カルミアに心酔し、彼女のわがままを容認どころか肯定しているのを。
カルミアの信者は子息、令嬢だけに留まらず、貴婦人達もこぞってカルミアを崇めていると言ってもおかしくない。
「でも、ヴュートは違うと思うわ」
違わない。私はそれを知っているのだから。
「彼から婚約について考え直したいって手紙が来たのよ」
「え⁉︎」
「来週王都に帰ってくるそうだからその時詳しい話をしましょうって」
「でも婚約破棄って言われたわけじゃないんでしょう?」
「でもその線が濃厚だと思うわ。私の悪い噂もずいぶん広がっているようだし、シルフェン公爵家もそんな婚約者は当然避けたいでしょうね」
「そんなのどうせ全部デマじゃない!」
「でも、そういったことが命取りになる世界だって分かっているでしょう?」
「っ……」
庇ってくれた彼女の気持ちを嬉しいと思いながらも、私の言葉にオリヴィアが言葉を詰まらせる。
「その話に関係するんだけど、私アカデミーに通おうと思って」
「貴方の家族に反対されていたんじゃないの? 貴方の妹がアカデミーでそんなことを吹聴していたわよ。お金の無駄だから通わせて貰えないって」
あいつ……。
イラッとしながらも、話を先に進める。
「もう顔色を窺うのはやめたの。願書は黙って出すわ」
「……何があったの? 私に会いに来たのもその理由の一つでしょう?」
「もう、これ以上……。あの人たちのためにすることは無いと言うことよ」
「答えになって無いけど……」
「……どうせ婚約破棄されるなら、今後の自分のためにも交流しないとダメでしょう? 誰かと結婚するにしても『ウォーデン国立アカデミー』を卒業していたら箔が付くし」
「新しい婚約者を見つけに行くってこと?」
「交流の輪を広げるって言ってくれる?」
本当は首席卒業の報奨金狙いだなんてとてもじゃないけど言えない。
そんなこと言ったら『私が援助する』とか言い出しかねないし、お金をせびりに来たのではないのだから。
「……まぁいいわ。アカデミーに通うこと自体はいいことだと思うし、社交の場は今後の為にも大事だしね。これ以上は聞くことはしないわ。久しぶりにきちんと話ができたんだもの。この時間を愉しみましょう」
そう言ってオリヴィアは彼女のおすすめのお菓子や、最近王家御用達の商人が持ってきたというお茶を勧めてくれた。
久しぶりの彼女の笑顔に胸が熱くなる。
私の記憶にある彼女の最後の姿は死の淵にいる、ぐったりと青白い顔をした彼女だった。
今ここで、彼女が笑ってくれている姿に目頭が熱くなり、鼻がツンと痛くなった。
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