父の再来 4
「フィーさん……」
「母上!」
「シルフェン公爵夫人⁉︎」
ヴュートと、祖母の声に思わず「え?」っとなる。
フィーさんはにっこりと笑顔でこちらに向かってくる。
「え? え?」
「フリージア嬢、説明は後でするから。この紋様は使えるかしら?」
そう言って、籐籠に結ばれた黄色のリボンを私に渡した。
銀糸で刺繍されたそれは紛れもない『癒しの紋』だ。
見覚えがあるようなそれの記憶を辿る時間など無く、受け取る。
「はい……。間違いなく癒しの紋です。お借りしてもよろしいのですか?」
「もちろんよ。と言ってもヴュートが貴方からもらったものだけど。ヴュート、いいわよね?」
フィーさんの言葉にヴュートが頷く。
私があげたもの?
曖昧な記憶に混乱しながらも、父に向き直すと、祖母が手を差し出した。
「癒しの紋、一度ぐらいなら今の私にも出来ます。……いいのね?」
それは、父を回復させていいのかという確認だろう。
小さく頷くと祖母はそれを受け取り、紋に魔力を通すと、淡い光が父の体に吸い込まれ、呼吸が戻った。
「ターニャ……! 貴様……」
回復したと同時に義母に父が詰め寄りながら、手に火炎の紋様を描き始める。
それをヴュートが羽交締めにして父を止めた。
「ソルト公爵。やめて下さい。まだ彼女から聞きたいことが山ほどあるんです」
「ヴュート殿! 離して下さい! 私は殺されかけたのですぞ!」
「お気持ちはわかりますが、今は何もしないで下さい」
激昂した父に、静かにヴュートが言う。
「ふざけるな! 死にかけて黙っていられるか!」
叫ぶ父を冷ややかに見つめるヴュートが、ため息をついた。
「自分の娘や母親の心配もせず、自分のことばかりですね……。証拠隠滅ととられてもいいのですか?」
「なっ……⁉︎」
「アンリ、レイラ。ソルト公爵とそこの女を別々に閉じ込めておけ」
「「はっ」」
ヴュートのその言葉に父が真っ青になる。
「な! 何故私が閉じ込められなければいけないのです!」
「貴方には国家反逆罪の容疑がありますからね」
「ふ、ふざけるな! 私は殺されかけたんだぞ! その女が間者など知らなかっ……」
「知らなかったでは済みませんよ。仮にも貴方はこの国の三大公爵家の一つ。ソルト公爵家の当主です。何年もの間、諜報員を夫人の座に置いていたのは紛れもない貴方だ」
「黙れ! 公爵家の当主でもなければ王国騎士団すら退団した貴様に指図される覚えはない! 私は帰る!」
義母はレイラさんに黙って連れて行かれたが、父はアンリさんに「放せ!」と叫んでいる。
「貴方には別の嫌疑もかかっています。……我々との取引のダイヤモンド原石ですが、『シルフェン領産』と謳って、安価なジルコンや水晶などを混同して販売していますね。そして仕入れの八割近くのダイヤモンド原石や宝飾類を税関を通さず、我が国と敵対しているユレア国に密輸し、そして敵国はそれを元手に軍備の強化に充てている……。見返りが一体何なのかは貴方の屋敷を調べれば一発で出て来るでしょうね……。詐欺、脱税に留まらず敵国と通じてまで利益を得ようとは……」
ビクリと体を震わせた父が顔面蒼白になる。
ウォーデン国は東にウィンドブル、西のユレア国に挟まれており、ウィンドブルとは比較的良好な関係を築いているが、ユレア国とは常に国境を境に緊張状態が続いている。
そのユレア国の資金源となるような取引を国の公爵という地位を賜る父がしていたなんて……。
私とヴュートとの婚約を白紙にしなかったのもこれも大きいのかもしれない。
「な、何を根拠に……」
「ここ数年のシルフェン産のダイヤモンドの取引価格が下落し始め、最近は大きく下落している。市場価格は変わっていないのに……。調べないはずがないでしょう? 上手く行っていると思って取引量を増やしましたか? そのため偽物の混在量も増加したんでしょう。証拠などすぐにご用意出来ますよ。国に与えた脅威や損害も信頼の失墜も大きい。軽い刑や罰金で済むなどと思われないように」
「本物か偽物かもわからん証拠を笠に、今ここで貴様に拘束される覚えは無い! どうしても争いたいならソルト家に警邏でも騎士でも連れてくるがい……!」
その時フィーさん……、シルフェン公爵夫人が父の前に立った。
「ご無沙汰しておりますわね。ソルト公爵」
「フィデリア王女……いや、シルフェン公爵夫人。何故ここに。領地で療養中では……」
「貴方を拘束するのに立場が必要なら私が。主人の不在の今この屋敷の全ての責任と権利は私にあります。我が公爵家に間者を連れ込むなど言語道断。ましてや息子のお茶に毒を入れるなど。ちなみに今、この屋敷にはオリヴィア王女もいらっしゃいます。王族の身を危険に晒すような事態を故意にしたと咎められても言い訳など出来ませんよ。我が家にいる間に王宮に確固たる証拠を提示致しましょう。私の元王女としての立場を利用して迅速に対応するよう言付けも忘れずに、ね。……二度とソルト家の門を潜ることなどないと覚悟なさい。言い訳は法廷で……。で、よろしいかしら?」
その言葉に父の顔色が先ほどよりも悪くなる。
公爵夫人は口元だけ弧を描き、目は冷ややかなまま微笑み、アンリさんに連れて行くよう指示を出した。
「お待ち下さい。フ、フリージア! 何とかし……」
お金に目がないとは思っていたが、ここまで見境が無いとは思わなかった。
しかも、なお私に何とかしろという目を向けてくるなんて。
「……お父様、命は助かったんです。貴方のしたことの責任は、ご自身で取るのが道理でしょう?」
ひょっとしたら、あのまま父は死んだ方が良かったのかもしれない。と一瞬でも思ってしまう。
犯罪者としてのレッテルを貼られて、自分というものを作っていた地位も身分もお金も失った時、彼はどうなるのだろうか。
「フリージ……!」
けれど、私にできることはもう何も無い。
父の声は閉じられたドアの向こうに消えて行った。
「さて、話し合いの場が必要かしら? それとも……」
「――カルミアのところに行ってきます」
「ジア⁉︎」
「フリージア⁉︎」
私の言葉にヴュートと祖母が大きく反応した。
「ジア、家宅捜査なら早急に騎士団が行くよう手配をするから」
「違うの、ヴュート。確かめたいことも、やらないといけないこともあるの。父がここに来る時に、カルミアに説明せずに来たなんて思わない。もしも、今後私の『下』で聖女としての仕事をするように言われていたなら……。私とあの子の立場が逆転したとしたら、カルミアは自分の『罪』を隠すんじゃないかしら……」
「……つまり?」
「あの子が止めていた貴方と私のやり取りの物を隠すなり、処分するんじゃないかと思うの。それは、……どうしても返してほしい」
届かなかった手紙も、贈り物も。
あの子の手の中にある事が、……絶対に許せない。
「じゃあ、僕も一緒に……」
「ダメよ。貴方と一緒ではあの子は素を出したりしないわ。それに、私があの子と一対一で話したいの」
取られっぱなしにはしない。
――全部、返してもらう。
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