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回帰者 3

「なんで……」


 


「何でって……。シャルティ嬢が、貴方の事心配していて、天幕に行ったら帰ったって言うし。心配で様子を見に来たんだけど。あ、ノックはしたのよ? 返事は無かったけどちょっと揉めてそうな声がしたから心配で……」


 オリヴィアは少し動揺した様子でマクレンと部屋に入り、パタンとドアを閉めた。


「……面白そうな話をしてたけど、どうぞ続けて?」


 にこりと先を進めるマクレンはいつものマクレンではない。



「出ていってくれないか」


 ヴュートが冷ややかにそう言うと、マクレンは笑顔で否定する。


「うーん。それは嫌だなぁ。『俺』が死んだなんて聞いて、はいそうですか。って訳にいかないだろう?」


 マクレンのヴュートに対する態度もいつものものとは全く違う。

 いつも彼の一人称は『僕』なのに……。


「いつもと随分雰囲気が違うじゃないか」


 明らかに不審な目を向けるヴュートに対して「こっちが素だからね」とマクレンは笑って答えた。


 オリヴィアは、何も言わずこちらを見つめているが、その目には、心配してくれているのが手に取るように分かる。



 

「……私は、また貴方を失うの? ……永遠に?」


 そう小さく呟いた彼女の言葉に、言葉を失った。




 カルミアが我が家に来てから最近までずっとオリヴィアには会わなかった。


 回帰して会いにいった時、「寂しかった」と言ってくれた彼女の顔を思い出す。




 視界が滲み、回帰前のオリヴィアの最期を思い出す。


「違うの、オリヴィア……。失うのは……貴方を失うのは私なのよ」



 その言葉にマクレンが中央を横切り私たちがいたソファの対面の席に座った。


「そこまで言われたら、もっと帰る訳にはいかなくなったよ。オリヴィアの死を暗示するような発言に、……ウィンドブル国の王子である俺が死ぬとまで言われたらね」


「なっ……」


 その発言にヴュートが驚くのも無理は無いだろう。


「君は驚かないんだね、フリージア」


 面白いものを発見したように言ったマクレンは笑顔でこちらを見る。


 もう隠す気もない。


「オリヴィアから聞いていたからね」


「え?」


 そんなことは言っていないという顔をした彼女に微笑む。


「貴方が死ぬ前に聞いたのよ」


 そう言うと、部屋はしんと静まり返った。


「……どういう意味?」



 眉間に皺を寄せたオリヴィアが呟く。


「私はこれから二年先の未来から戻ってきたの。死んだと思ったのに、二年前に時間が戻ってた」


「そんな事って……」



「僕もだよ、オリヴィア。僕は死んだ訳ではないけれど、気がついたら二年前の遠征地だった」


 ヴュートのその言葉になぜか彼が死んで回帰したわけではなかった事に安堵する。


 私と同じように死んで戻ってきたのかもしれないと思ったから。


 するとオリヴィアは深いため息を一つしたかと思うと、マクレンの横に勢いよく腰掛けた。



「ちゃんと説明して。全部……理解するから」



 そう言われて私はゆっくりと説明した。


 カルミアに飲まされた毒の事も、彼のプレゼントやカルミアがもらった手紙、そしてマクレンと心中に見せかけて殺された事も。







「ヴュート、最低」


 誰も口を挟む事なく話を聞いていたが、終わった途端オリヴィアが言った。

 

「待てよ、僕はそんな手紙送ってないぞ」


「でも、二年間も手紙を贈らなかったんでしょう? フリージアが贈ったプレゼントも無視して」


「僕だってプレゼントなんか届いてないぞ。……カルミア嬢に手紙を出したのだって彼女からフリージアの近況の手紙が届いたから返事を……。婚約のことなんて一切書いてない」


「じゃあ手紙は出したんだ」


「出したけど……フリージアにも出していたさ」


「ねぇ、フリージア。カルミアが読んでいた手紙の中身は見たの?」


 オリヴィアに言われてあの時のことを思い出す。


「……ヴュートの字で宛名が書かれた封筒を持っていて、その中から出した手紙をカルミアは読んでいたから……。中身は確かに見ていないわ」


 そう言うと、ははっとマクレンが笑った。

 

「じゃあ、答えは簡単だね。婚約云々の手紙は自作自演で、どう考えてもカルミア嬢がお互いの手紙を裏で止めていたとしか考えられないし。……返すようにって言われたという贈り物にヴュート殿の心当たりは?」


「ある。遠征中フリージアからもらったものを紛失することが時々あって……。でも、陣に魔物が突然襲ってくる事もあったから、物を無くしたのは僕だけじゃなかった。……不思議に思うこともなかった」


「騎士団の中に彼女の協力者でもいたのかな? まぁ、二年もかけてヴュート殿に対する不信感を植え付ければ、あっさり信じるのも無理ないか」


マクレンのその言葉に、完全に言葉を失った。




 


「フリージア……」


 突然ヴュートが目の前で片膝を突く。


「ヴュート?」


 私の手を取り、それを両手で彼の額に……祈るように、持っていった。

 俯いた彼から出た言葉は、絞り出すような、胸の奥の、もっと深いところを鷲掴みされるような……。


「守ってあげられなくて……ごめん。……本当に……君をずっと……守れていなかった」




 言葉が、出なかった。




「ヴュート……違うの……」

 

「……手紙が途絶えた時点で、何か行動するべきだった……」


「違う、ヴュート……。私も……何もしなかった……から。誰もがカルミアを好きになる。だから……貴方がカルミアと恋に落ちたと聞いても何も疑問に思わなかった……」


「僕は昔から、フリージアだけだよ。僕も、ずっと遠征で君のそばにいなかったから……、他の男に心を移したのかもと。命を絶つぐらいなら……身を引いたのにと」


 

 そう言って彼がそっと頬に手を当てた。


 

「君だけが、ずっと僕の心を占めて離さない」




 祈るようなその言葉に涙が零れた。



「君が死んだと聞かされた時の僕の気持ちが分かるかい?」


 そう静かに近づいてくる彼の仄暗い瞳に吸い込まれてしまうんじゃないかと、目が離せない。


「三年も会えないまま、君が花開いていく瞬間を見ることも出来ないまま、久々に会えた君はもう……。でも僕だけが被害者のように思ってた……。君にはどうすることも出来なかったのに何も気付けなかった。謝ることも許しを乞う資格も……無い」



 彼の胸を締め付けるような声に、言葉が出ない。

 

 



 

「時間が戻ったと知った時、もし君がまたマクレンと恋に落ちたなら……。二人がそうなる運命なら、君を彼に託すしかないと思ってた」


 

「……随分、私たちの会話に入っていたと思うけど……」


 

ふっと笑いながらも流れる涙は止まらない。


「それは、……まあ、嫉妬してしまうのはどうしようもないよね。それでももし、彼と一緒にいる事を願うのなら受け入れる覚悟はあったよ」


「私は、始めから諦めたわ。全て持っているあの子に……カルミアに、あの子に貴方が惹かれるのは当然と思っていたから。だから回帰した時、傷の浅いうちに、逃げ出す道を選んだの。……ごめんなさい」

 


 抱え込んでいた思いは一度言葉にすると止まらない。

 今言わなければ。


 今伝えなければ。 




「……貴方とカルミアの記事が取り上げられるたびに辛かった。貴方は……魔竜を倒して聖剣を手に入れた時、カルミアと恋に落ちたと……」


「新聞なんて遠征地で見ることなんてないけど……。そんなの誰かが意図的に書いた物だよ」


「カルミアの浄化魔法が……貴方の戦いを援護したって……」


「言っただろう? 僕はカルミア嬢の浄化魔法を見たことないって」


 その言葉にハッとする。


 今日シャルティ様がカルミアは浄化魔法を使えるのかと聞いた時、確かに慰問でもヴュートは見たことがないと言った。


「君の遺品の中に『恋愛成就の紋』とマクレン殿の名前がルーン文字で刺繍されたハンカチがあった。だから君はてっきり……」


その時「言っておくけど」とマクレンに会話を切られる。


「今更だけど、俺が好きなのはオリヴィアだからね」


「「え⁉︎」」


 慌てたような声が二つ重なった。


「マ、マクレン。貴方何を言って……」


 真っ赤になったオリヴィアがふるふると震えている。


「だって、言わなかったらなんか有耶無耶に誤解されそうだし。ねぇ、フリージア。二年後の俺は誰を好きだった?」



 問いかけたマクレンの瞳は自信が前面に出ている。


「オリヴィアよ」


 もう笑うしかなかった。


 私の答えを聞いたマクレンは「ほらね」と優しく微笑みながら真っ赤な顔のオリヴィアを覗き込んだ。


 そんな二人を微笑ましく思いながらも、ヴュートに向き直す。


「貴方が見たというハンカチは、正しくは『恋の紋』よ。因みに恋を叶えるものではなくて、思いを伝えるだけなの」


「……は?」



「街の雑貨屋なんかで売られている『恋愛成就の紋』は恋が叶うように聞こえるけど、そうじゃないの。本来は好意を伝えるものなのよ。みんな分かってゲン担ぎのおまじないみたいに使っていると思ってたけど……。つまり、「マクレンの好意を誰かに伝えるハンカチ」であって、私とマクレンの恋愛成就を願うものじゃないのよ。……オリヴィアが亡くなる時、マクレンの気持ちを絶対彼女の中に残したかったの。……貴方は愛されているって。……因みにオリヴィアも同じものを持ってるわよ。昔からね」


するとオリヴィアがまた顔を赤くする。


「今はあまり使われていないけど、『憤怒の紋』とか、『悲嘆の紋』とか用途のよく分からない感情的なふんわりしたものが色々あるじゃない? 近いもので言ったら『魅了の紋』なのかな?」

 

「君はそれらが作れる?」


マクレンの意味ありげな言葉に戸惑いながらも、答えた。

 

「……ええ。一応ね」


 祖母に幼い頃から色んな紋様を教えられてきたけれど、祖母は指定した紋様以外は書くなといつも言っていた。


 祖母はひょっとして……。

 

 

「君が本当に『暁の魔女』とはね」


 マクレンの突然の言葉にピタリと止まる。


「……可能性よ」


 確定ではない。


 

「君が今言った紋様は『暁の魔女』しか作れないものだ」

 

 そう言ったマクレンに、ヴュートとオリヴィアが睨みつけた。


「誰にも言うな」

「誰にも言わないでよ」


 その二人の態度に違和感を感じる。


 そういえば、私が暁の魔女かもしれないと言った時、オリヴィアは驚きもしなかった。


 ヴュートはさっきシャルティ様に指摘された時も、今も全く驚いていない。

 

 

「何で? 『暁の魔女』なんて、今の世界の問題を一気に解決するチャンスだろう?」

  

 その返答に二人はさらにマクレンを睨みつける。


「彼女を物扱いするな」


 


 その時、コンコンコンと、ノックの音がしてアンナさんが声をかけた。


「ヴュート様、フリージア様。ソルト公爵夫妻がお会いしたいといらっしゃってます」



「またか……」


 はぁ、とため息をついたヴュートがアンナさんに取り込み中と伝えるよう言うが、父がわざわざ王家主催のキャンプを放り出してまでここにくる程だ。

 

 簡単に帰るとも思わないし、先延ばしにしても面倒くさそうだ。


「ヴュート、私だけでも会ってくるわ」


「ジア⁉︎」


「何の用か知らないけど、先延ばしにしたくない」



 

 


 あの人にもう何も期待などしない。


 何を言われようとも心は動かない。


 

 

 ヴュートに大丈夫と笑顔を向けると、彼は「僕も行くよ。話の続きはその後にしよう」と諦めたようにため息をついた。


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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