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回帰者 2

 シルフェン邸に帰ってきて、フリージアが休みたいと部屋に籠った。




「ちょっと、クマみたいにウロウロしないでくれる?」


 侍女の格好に、燃えるような赤い髪、グリーンの瞳がこちらを睨みつけながら言った。


「母上……。いつまでそんな事をされるのですか?」


「いつまでやるかは私が決めるわ」


 そう言って、向かいのソファに座り、メイドの淹れたお茶に口をつける。


 母は、社交界でのフリージアの悪評に関して自分の目で確かめるから会いたい。と、静養中ということにしてある領地からその旨の手紙を送ってきた。


 しかし、『病気で静養中ということにしてあるのに、こんな元気な母が出て来てもらっては困る』と返事を返すも、執事のアンリに言っていつの間にか侍女としてフリージアの側にいた。

 


 父は喜んでいたが、堂々と母の側にいることもできず、ヤキモキしているのに対して母は、楽しそうにフリージアの世話に明け暮れていた。


「トリスタンは貴方の帰りを待っていると思いますよ」


 ため息と共に言うも母はどこ吹く風だ。


「あの子は笑顔で送り出してくれたわよ。『僕まで行くと不自然だから、命の恩人様によろしく』って」


 チッと舌打ちをすると、母は目線だけこちらに寄越す。


「……貴方こそ、いつまでそんなところでウロウロしているの?」


 従妹と同じように、こちらを見透かすようなエメラルドの瞳に思わず怯む。

 

「……ジアが、一人になりたいと」


「そうね。一人にさせてあげるのも大事だけど、あの子、一人にさせたままでいいって顔じゃなかったわよ」


「……レイラとコレットは?」


「部屋の前で待機してるわ。レイラなんて部屋の前の廊下を貴方みたいにウロウロ。騎士ってみんなそうなのかしら?」


 その言い方に、やっぱり小憎たらしい従妹にそっくりだと思う。


 叔母と姪の関係だが、親子にしか見えない。


「オリヴィアちゃんの大好きなお友達は、社交界に出回る噂とはかけ離れてるわね」


「当たり前でしょう。あんなもの根も葉も無い噂ですよ」


「そうみたいね。……トリスタンの為に薬草を一人で探してくれた子だものね。……ソルト公爵が乗り込んできた時、色々納得したわ。……で、いつまでぐずぐずしているの?」


「だから……」


「警備から、今日の昼、ネズミが1匹紛れ込もうとしていたそうよ。心当たりがあるんじゃなくて? 貴方が言っていた『アレ』じゃないかしら」


 ハッと顔を上げると、控えていたアンリが小さく頷く。


「シルフェン公爵家に潜り込もうだなんて、自信家のネズミなのね」


 クスリと笑う母は、口元は笑っているが目が笑っていなかった。


 

「そんなところでぐずぐずしているようじゃあ、守りたいものも守れないわよ。貴方、何のために騎士になったの?」


 その言葉に、何も言わずにジアの部屋に足早に向かった。







 

「どうぞ」


 そう促されて部屋に入ると、表情の固いジアが机の前に立っていた。


「……落ち着いた?」


 明らかに動揺していると思いながらもそんな言葉しか出てこない自分が情けなくなる。

 

「ええ、お陰様で。ありがとう」

 

 疲れたような笑顔で彼女は答えたが、机の上に置いてあった『暁の魔女の歴史』が目に入り、彼女の動揺の原因に不愉快になる。


 アンリから、ジアが最近暁の魔女に関する書物を読んでいるという報告は受けていたが、彼女は自分が暁の魔女という事を知らなかったはずだ。


 でなければ、『加護の紋』や、『癒しの紋』など、安易に僕に送ったりしないだろう。


 


 彼女が恐れている事が手に取るようにわかる。


 奪われる自由に怯えているんだ。


 先日も図書館で旅行記を机の上に積み上げて、楽しそうに読んでいた。


『暁の魔女』として世間に知られたら、彼女の今後は容易に想像できる。


 


 宝物を、頑丈な鍵を掛けた重い扉の奥に収めるように。


 誰にも奪われることのないように。




 彼女に一番似合わない場所に閉じ込められるんだ。



 なんて声をかけようかと思いながらも、言葉が見つからなかった。



 

 正直に言ってみようか。


 君を守るために、僕は何ができるかと。

 

 

 そして……、僕は回帰者だと。

 


 君もそうなんじゃないかと。


 僕が知っている未来を彼女は知っている。


 もしかしたらと思っていたけれど可能性は今日確信に変わった。


 けれど、それを聞くということは……。


 

「オ、オリヴィアやマクレン達に挨拶もせずに帰っちゃったね。そういえばマクレンが……」


 重い空気を払うかのように明るい彼女の声が響く。


 その言葉に、もう我慢出来なかった。


 マクレン、マクレン、マクレン……。


 君が死んだ時その心は彼のものだった。それはきっと今も――。

 


「いつ、回帰したの?」



「……え?」


 彼女の澄んだ紫水晶の瞳が揺れる。シミ一つない滑らかな肌は何処までも白い。

 わずかに揺れるピンクの唇に目が吸い寄せられる。


 その柔らかそうな唇で彼に愛を囁いたのか。

 抜けるような白い頬を薄桃色に染めて。


「戻って来たんだろう? いつ? 少なくとも魔竜の討伐を知ってるということは今から一年は先かな?」


「……ヴュート?」


 無意識に、彼女の逃げ道を無くすようにソファと僕の腕の中に閉じ込める。


「君はなぜシンガル山の魔物が魔竜だと知っていたの?」


「え、だって今日、陛下が……」

 

 僕がもしかしたらと誘導した。

 

「誰も知らない情報だよ。その魔物の正体はヨルムンガンドを討伐して初めて知るんだ。ひょっとしてと思ったら、君は『魔竜』だと言った。……それに、サラマンダーの一件も。レイラはサラマンダーの討伐なんてした事がない。その直前に僕が騎士団から引き抜いたからね。君は一体何の『記事』を見たの?」


「ヴュ……」


「『君も』戻ってきたんだろう?」


「……も?」

 

「僕もだよ、ジア。君の最後の記憶はいつ? 僕は、君が亡くなって……しばらくしてからだ」


 彼女の手が震え、ドレスの裾をギュッと掴む。


 その目には恐怖と、怯え。

 その瞳に昂った感情が瞬時に冷えた。



 

 追い詰めたかったわけじゃない。



 

 二度目は失わないと決めたのに……。



 

「ジア……。君が望むなら、……マクレンと……」


 


 


「――貴方の裏切りを知った時よ」


 

 僕の言葉を遮った彼女は、今まで見たことのない彼女だった。


 怒りに震え、きっと彼女は紫水晶の瞳から零れる涙に気づいていない。


「裏切り……?」


「そうよ、貴方はカルミアと婚約するって。彼女に手紙を寄越したでしょう? 遠征が終わったら父にカルミアと婚約できるようにお願いするって!」




「そんなことは言ってない! 何かの間違いだ」



 

「だったら何故、貴方に贈ったはずの、ハンカチやフィリグランをカルミアが持っていたの⁉︎ 他にも私が贈ったものを……私に返してくれって……あの子に……渡し……たでしょう」









 滲む視界に自分が泣いていたのだと気づく。



 彼も回帰していたなんて想像もしなかった。



「二年も……。ほとんど手紙なんて送って来なかったくせに。私が死んで罪悪感でも湧いた? だから今回は……婚約を続けようとしたの? 気にしなくてもよかったのに、貴方は貴方の好きな人と幸せになっていいのよ」



 一度口にしたら止まらない。


ずっと溜め込んだ感情が堰を切ったように溢れてくる。



「なんでカルミアから聞かなきゃいけないの⁉︎ 貴方の口から言ってくくれれば……。言って……くれれば」

 


 どうしてこれ以上私の気持ちを揺さぶるの。



「……何を言ってるんだ。君こそ……。君こそずっと僕を裏切って、マクレンと……。だから戻ってきてからは……婚約破棄をするつもりだったんだろう?」


「何を言って……」


 その時はっとした。




 カルミアの最後の言葉。




『あなたが彼を裏切ったという明確なものが欲しい』



 

 

「――君はマクレンと死を選んだんだ」

  


「あれはカルミアが……!」


 その時思いもよらない声がした。



 

「僕とフリージアが死を選んだって何のこと?」




声のした方に視線をやると、開いたドアからオリヴィアとマクレンが顔を覗かせていた。





 

 






ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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