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回帰者

 私とヴュートは公爵様と、祖母を残して、シルフェン公爵邸に先に帰った。


 公爵様は、私の様子を一目見ただけで何も言わず「キャンプはまた来ればいいいから、ゆっくり休むといいよ」と笑って送り出してくれた。



 

「お嬢様、ココアをお持ちしました」


 フィーさんが心配そうにココアを持ってきてくれた。


 それを受け取ると、緊張からか冷えていた指先がじんわり暖かくなり、カップに口をつけた。


「美味しい……」


 口の中に広がる甘さと温かさに胸から込み上げるものがあった。

 ココアひとつで、感情がこんなに揺れ動くなんて、と自分が情けなくなってくる。

 

「……お風呂のご準備をいたしましょうか?」


 いつものフィーさんの圧はなく、気遣ってくれているのが分かる。


「ありがとうございます。……でも、今は少し一人にしてもらっていいですか?」


「かしこまりました。……コレットもレイラもお部屋のすぐ側におりますから、何かありましたらお呼びくださいね」


「ありがとうございます」



 三人が出て行った後、ココアを持ったままぼんやり部屋を眺める。


「……これからどうしよう」


 聖剣のことも、暁の魔女のことも、全部がこんがらがって頭の整理などできない。


 ふと、机の上に置きっぱなしにしていた、シルフェン邸の図書館から借りている『暁の魔女の歴史』という表題の本が視界に入った。


 その本の中には、五千年の歴代の暁の魔女の生まれた年や、国、個々の魔女の特性など、彼女たちの一生が記されていた。


 初代の暁の魔女の歴史から記されているが、五千年ともなればそれもどこまで本当か分からない。

 

 けれども、一貫して『近くにいる弟子(または、聖女、使徒など)たちの能力を増幅させる力がある』とどの魔女の能力にも共通して書かれていた。


 他にも、『高度な浄化や加護の紋様を、一日で五つ作り上げることが出来る』や、『触れただけで瘴気の浄化が出来る』など、個々によって特性が違うことも書いてあった。


 私では小さな加護の紋様ひとつ作るのが一日の限界だ。

 それだけで魔力をゴッソリ持っていかれ、疲労が全身を襲う。


 そして、彼女たちの人生はほぼ同じようなものだった。


 最初の数代は己の生活の基盤の中に暁の魔女の役目があったようだが、その後の歴代の魔女たちは国が保護をしてきた。

 

 それは年を追うごとに完全な管理へと変わる。


 ――そうして『暁の魔女』は国にとっての一大事業。


 商売道具へとなっていった。



 

 私が暁の魔女と分かったら、恐らく神殿の奥底に。

 外の世界に触れることなく。

 


 完全で完璧な警護の元、毎日同じ生活を送るのだろう。




 そうして日々、浄化の紋の作成か、修繕か。世界の安寧の為だけに生きていくのだ。


 これまでの『暁の魔女』がそうだったように。



 まるで囚人だ。

 




 ココアの入ったカップを置いて、机の引き出しの一番奥。

 箱の中に収めたスケッチブックを取り出した。


 表紙を捲ると、ヴュートが一六歳で騎士団に入団した当時の切り抜きが貼ってあった。

 公爵家筆頭のシルフェン公爵家の長男の入団ということで新聞の一面を飾った。


 ため息の出るような端正な顔立ちも相まって、その後も何度か組まれた特集の切り抜きも貼ってあった。


 パラパラとパージを送っていくと、切り抜き記事だけでなく、その横に押し花も添えられている箇所が増え始める。


 ヴュートの長期遠征が始まり、その土地に咲く花をわざわざ押し花にして手紙に添えてくれたものだ。


 私には想像もできない魔物との戦いの中、こんなにも心を砕いてくれていたことに、心が動かないわけなどなかった。



 ――ヴュートには聖剣を手に入れて欲しい。

 

 想像もつかない程の、努力の先にある夢を叶えて欲しい。

 例え、私と結ばれることなどなくても。

 


 

「……あれ?」


 最後のページを捲ったところで、百枚近くは貼ってあるスケッチブックの後ろから一ページずつ戻る。


 そうしてまた初めの一ページ目に戻ったところで再度ページを捲り始める。



「……無い」


 何度目かの往復をした後、思わず声に零れた。


 切り抜きが剥がれた形跡も無い。


 いくら見直してもその『記事』は……、レイラさんと、ヴュートがサラマンダーを討伐した記事が無かった。


 あれは『いつ』の出来事だった?


 コンコンコン、とノックの音がして、レイラさんから「ヴュート様がお会いしたいとのことですが」と声を掛けられ、慌てて机の引き出しにスケッチブックを収めながら「どうぞ」と返事をする。



 ドクンドクンと自分の心臓の音が胸に響き、開かれるドアをただ見つめるしか出来なかった。




 



「どう? 少しは落ち着いた?」


「ええ、お陰様で。ありがとう」

 

 コレットさんがお茶を用意してくれて部屋を出て行った後、ふたりきりになった。


 部屋のドアは閉められており、ソファに隣り合って座る状況がどうにも落ち着かない。


 普通は、婚約者と言えど未婚の男女が部屋に二人きりになる時でもドアぐらいは開けておくものだ。


「……」


「……」


 沈黙が広がる中、重い空気に耐えきれなくなって軽い口調で口を開いた。


「オ、オリヴィアやマクレン達に挨拶もせずに帰っちゃったね。そういえばマクレンが……」


「いつ、回帰したの?」


 

 私の言葉を遮り、ヴュートが言った。


 思わず顔を上げた先には白磁のような滑らかな肌に、通った鼻筋。

 ぞくりとするほどのいつも通りの綺麗な顔なのに、向けられた視線は少し冷ややかだった。


 いつも柔らかく私を見てくる瞳だけが、いつもと異なる。


「……え?」


 暁の魔女についてではなく、『いつ回帰したの』かと彼は言った。


「戻って来たんだろう? いつ? 少なくとも魔竜の討伐は知ってるということは今から一年は先かな?」


「……ヴュート?」


 少し冷ややかだった瞳の色が、少しずつ感情の昂りからか揺れ始めたのが分かる。


 ソファに閉じ込められるようにヴュートの腕が私の前を通って肘当てに添えられた。


「君はなぜシンガル山の魔物が魔竜だと知っていたの?」


「え、だって今日、陛下が……」



言っていたような……。

 

……ヴュートの口ぶりから、そう思ったのだ。



  

「誰も知らない情報だよ。その魔物の正体はヨルムンガンドを討伐して初めて知るんだ。ひょっとしてと思ったら、君は『魔竜』だと言った。……それに、サラマンダーの一件も。僕が回帰してからレイラはサラマンダーの討伐なんてした事がない。その直前に僕が騎士団から引き抜いたからね。君は一体何の『記事』を見たの?」


 ヴュートのその言葉に何も誤魔化す言葉が浮かばない。



「ヴュ……」


「『君も』戻ってきたんだろう?」



 頭は働かず、彼の言葉を反芻するしか出来なかった。



「……も?」

 

 









 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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