消えた取り巻き
「本当にこのドレスで行くんですか……?」
「とてもよくお似合いですわ。プラチナのお髪とそのアメジストの瞳にピッタリです。今回のキャンプはフリージア様が話題の中心間違いないですね」
フィーさんが着るのを手伝ってくれたのは、青をベースとしたドレスで、体にピッタリとフィットするものの、温かい気候でもさらりと着られる素材で、とても動きやすいものだった。
スカートの裾の部分にあしらわれている刺繍は繊細で、屋外で着るのは躊躇われてしまう。
「でも、私屋敷から持ってきているドレスで十分なんですが……」
母のドレスは流行遅れかもしれないが、どうせ森の中を散策したりする分には新しいドレスが汚れることを心配しながら着るよりも、気兼ねしなくていい。
「ダメです」
フィーさんに、にこりと笑顔で断られ、反論する空気ではない。
「で、でも、この衣装なんか、涼しい素材で……」
そう言って、母の綿のドレスを提示するも、無言の笑顔でクローゼットに収納された。
「フリージア様」
「は、はい」
何だろう、フィーさんの圧って、ソルト公爵家の侍女長よりかよっぽどか怖い。
ここ、王都にあるシルフェン家邸の侍女長はシーナさんという人がいるけれど、フィーさんは王都からだいぶ離れたところにある公爵領の本邸の侍女長を務めていたらしい。
つい先日ここのシーナ侍女長とのやりとりを見た時も、明らかにフィーさんの方が『格上』と言った感じで、シーナさんも丁寧な対応をしていた。
「この、クローゼットのドレス。何着袖を通されましたか?」
「……七着です」
「つまり、私が貴方にお仕えする以前は一着もお召しになったことがないという事ですよね?」
「はは、はい」
怖い!
笑顔が怖い!
フィーさんの笑顔怖い!!
「いいですか? このドレスはヴュート様からの贈り物です。一着一着、フリージア様を思いながら選ばれたんです」
「は、はぁ……」
多分ヴュートはそんなに暇じゃないと思う。と考えながら生返事をすると、さらに圧がかけられる。
「ここに並ぶ小物類、アクセサリーも! 全てです!」
「は、はい!」
「相手の気持ちを無碍にしていると思われませんか?」
「……仰る通りです」
「侍女にそんな話し方しないでください!」
「はいぃぃ」
だって、明らかに私より『格上』の匂いというか、本能が逆らってはいけないと警鐘を鳴らしている。
「では、貴方様がする事は?」
「……今着ているドレスを着て、頂いた小物を持って王家のピクニックに……行くことです」
そう答えると、フィーさん今日イチの笑顔が広がる。
「良く出来ました。ちなみに、今日のお衣装はヴュート様にお伝えしておりますので、フリージア様に合わせた御衣装でお部屋にお迎えに来られると思います。……コレット! メイク!」
「お任せください!」
コレットと呼ばれた黒髪に黒い瞳の女性は、父との一件があった翌日に、私付きの侍女と紹介された。
レイラさんが護衛として専念する為にももう一人付けたいと言われたのだ。
フィーさんがいるので不要ではと思ったけれど、フィーさんは屋敷で私に関することを取りまとめたりするので、外出時は同行出来ないこともあるからと説明があった。
今回も同行できないそうだ。
そもそも執事のアンノさんの仕事では? とも思ったが、歴史あるシルフェン家ではそういうものなのかなと反論はしなかった。
「ヴュート様をフリージア様の美しさを以て心臓発作で仕留めます!」
「よく言ったわコレット!」
いや、多分ヴュートの美しさにキャンプに来た御令嬢方がそうなると思います。と、心で突っ込みながらも、楽しそうに私にメイクするコレットさんの横で、フィーさんがドレスに合わせるアクセサリーや小物類を吟味している様子にチラリと視線を送る。
あぁ、あんな豪華そうなアクセサリーを着けたら、落とした時が怖すぎて気軽に森の散策も出来ない……。
そんなことを考えていると、フィーさんと目が合った。
「……良いですか、フリージア様」
「……はい」
ビクリと自然と背筋が伸び、話を聞く体勢を取る。
「ピクニックではくれぐれもお一人での行動はなさらないように。あの広大な森で迷子になろうものなら、シルフェン家、使用人、騎士団総動員での捜索に当たることとなるでしょう」
そんな大袈裟な。
と思ったのを見透かされたようにこちらを見るフィーさんの雰囲気がピリっとする。
「レイラ」
「はっ」
側に控えていたレイラさんも侍女の格好をしているにも関わらず、騎士のように返事をする。
「二度目は、ありませんよ」
「勿論です」
これは先日、私が父に叩かれたことを言っているのだと気づく。
あえて私の目の前でレイラさんに釘を刺すとは……。
いや、釘を刺されたのは私だ。私に何かあればレイラさんが……。
――今回は頑張って大人しくしていようと心に決めた。
✳︎✳︎✳︎
「わぁ……懐かしい」
久々に来た王家主催のピクニックは、以前よりも賑わっているような気もする。
アカデミーのローブを着た人も多く、本当に交流が盛んなんだと実感する。
既に豪華なテントや天幕の中でくつろいでいる人もいるが、小さな子息令嬢たちは大きな広場を駆け回っていた。
そんな姿を見て「あんな頃もあったなぁ」と、微笑ましく見る。
そんな中、今日はシルフェン公爵様と一緒にヴュートがキャンプの準備の指揮を執り、湖畔の近くの大きな木の横に使用人たちが天幕を張っていた。
私は近くにいても邪魔にしかならないので、木陰で風に当たっていた。
その私の立っている木にもランタンをいくつかぶら下げ、夜は幻想的な雰囲気が出そうだと胸を踊らす。
上位貴族から事前にどこに陣取るか決められるらしく、人気の湖畔周辺でも、一番展望の良いここは三代公爵家の筆頭であるシルフェン家が当然確保できていたようだ。
「フリージア嬢」
オリヴィアの声がして振り向くと、そこにはアカデミーのローブを纏ったマクレン。そしてその後ろに、黒髪にアイスブルーの瞳を持つ、息を飲むほどに美しいご令嬢と、真面目で誠実そうな短髪の男性がいた。
周囲の貴族の目があるからだろう、王女らしく落ち着いた雰囲気で微笑んでいる。
「オリヴィア殿下。この度はお招きありがとうございます」
「ふふ、来て頂いて嬉しいわ」
扇子で口元を隠しながらオリヴィアが言う。
「こちら、ご紹介してよろしいかしら。マクレン=ヴェルダーはご存知よね。その隣にいらっしゃるのが、彼と同じウィンドブル国から留学生としていらっしゃっているノーマ伯爵家のシャルティ様。ウィンドブル国の聖女をしてらっしゃるわ。で、更に隣にいらっしゃる方が彼女の護衛騎士のアレクス=サンレイル様よ」
「初めまして、フリージア=ソルトです。以後お見知り置きを」
そうしてカーテシーで礼を執ると、アレクス様が丁寧に挨拶を返してくれる。
マクレンは、「ヤッホー」とにこやかに手を振っているのに対して、シャルティ様の目は少し驚きの色が滲んでいた。
「ソルト……」
そう呟いたシャルティ様はまさかという目で私を見る。
「……ご推察の通り、カルミア=ソルトは私の妹です。今回はカルミアとご一緒にシャルティ様にも色々とご披露いただけると伺っております。至らない点も多い妹ではございますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
本当に迷惑をかけるのではないかと心配で、心からの言葉だ。
「……こちらこそ、よろしくお願い申し上げますわ……」
そう言って私を見る彼女の目は、氷点下の、ひんやりを通り越した冷たさだった。
これは、……どっちだろうか。
元々いい噂のない私に対する不信感か……、既にカルミアと何かあったのか……。
はたまた両方か……。
その時、今、一番聞きたくない声が湖畔に響き渡る。
「えー、ここなの⁉︎ いつものあっちの大きな木の下はダメなのー⁉︎ 朝焼けも夕焼けも一番綺麗に見える場所なのにー。場所替えてもらって来てよ!」
思わず声のした方を向くと、そこにはカルミアがソルト家の執事を叱責していた。
ソルト家はここから少し離れたところに天幕を張っていたが、人気の場所なので近くなるのも当然だろう。
こればっかりは我慢するしかない。と小さくため息をついた。
その時、カルミアと目が合い、憎しみの籠ったような目で睨みつけられ、思わず固まる。
ソルト家の執事はカルミアを宥めているようだが、結局彼女は怒ってそのまま自分の天幕の中に入っていった。
「彼女、最近あまりご友人と一緒にいらっしゃらないわね」
ソルト家の天幕の方を見ながら、ぽろりと零したオリヴィアの言葉にそういえば……と、最近のアカデミーでのカルミアの様子を思い返す。
確かに私と一週間前に揉めたあたりから、彼女の周りの人が減っているような……気がする。
カルミアに関わらないようにしていたし、同じ授業の時は席を離れたところにとっていたので、言われてみれば……と思い起こした。
神殿に見学に来ていた令嬢トリオも見かけた記憶がない。
キャンプなんてこんな楽しい行事に、取り巻きを連れていないカルミアは想像も出来なかった。
現に、アカデミーで見かけたことのある令嬢子息たちは各々、友人と楽しんでいるようだ。
それに今日は目立つのが大好きなカルミアの「聖女」のイベントがあるのに……。
不思議に思いながら彼女の消えていった天幕をぼんやり見つめた。
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