限界 2
「お姉様! 彼らを責めないで下さい! 私の為にしてくれたんです!」
そう大きなエメラルドグリーンの瞳いっぱいに涙を溜めて、子息トリオを庇うように立つ。
そのカルミアの周りには昨日とは違う三人の令嬢が寄り添っている。
「「「カルミア様……」」」
「カルミア……」
彼女のはちみつ色の髪にはいつものお気に入りのライトグリーンのリボンが編み込まれている。
すでにヴュートに会って渡されたのだろうか。
朝早く私が出ると言った時、彼も一緒に出たのはこの為だったのかも知れない。
「お姉様……、そんな怖い顔をしないで……。私が落ち込んでいたのを彼らは気にかけてくださったんです」
懸命に訴える様子のカルミアを慰めるように三人の御令嬢が心配そうにしている。
あぁ、本当に……。
「……私のせいで神事がうまくいかなかったと言ったの?」
「そんな! ただ、お姉様に準備していただいたけれど、女神様が応えてくださらなかったと……」
言ったんじゃない。
昨日父は何も言わなかったのか、それとも、プライドが許さなかったのか……。
「それで?」
「え?」
「それで何故彼らが私のところに詰問しに来たわけ?」
「お姉様……?」
今までこんな風にカルミアに威圧的に話しかけたことはない。
マナーについて言うことはあっても、オブラートに包んで、角が立たないように言ってきたつもりだ。
……父に、嫌われたくなかったから……。
そんな卑しい感情があった自分に腹が立つ。
「それで、私には貴方が私のせいだと言ったように聞こえるけれど、……貴方にそんなつもりはなくても彼らが勘違いで私を責めに来たのなら、貴方が謝罪してくれるの?」
「フリージア=ソルト! 誰に向かって言ってるんだ! 聖女様に何てことを!」
ハデル侯爵令息が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何を言ってるの? アモン=ハデル殿。貴方が仰ったんでしょう? 『アカデミーだから身分や立場を笠に着るな』と。身分や立場がなければ私たちは単なる姉妹です」
「だ……だが!」
「では誰が私にこの件に関して謝罪を? 勘違いさせたカルミア? それとも勘違いしたという貴方達? けれどカルミアは貴方達を責めるなという。……で? 誰の謝罪を受けたらいいの?」
高圧的に、威圧的に。
この件に関して引く気はないと態度で示す。
我慢の限界だ。
「「「「……」」」」
「……カッコイイ」
場にそぐわ無い内容を小さく呟く声が聞こえ、振り向くと、視線の先にはほんのり頬を染めてこちらを見つめるヴュートがいた。
オリヴィアは、その横に扇子で顔を隠しながらも、明らかにお腹を抱えて悶絶している。
「……え?」
思わず聞き返すと、ヴュートはハッと我に返ったように、「あ、どうぞ。続けてください」と促し、「はぁ……」と返事するしかなかった。
なんだか一気に昂っていた気が抜けるも、向き直ると、目の前のカルミアの表情からは怒りと屈辱が溢れている。
「お、お姉様が私を置いて帰るから……」
「は?」
プルプルと震えるカルミアはふわふわの髪を揺らして、小動物のようだ。
「お姉様がいてくださらないから不安で上手くいかなかったんです!」
結局私のせいにする訳だ。
この子は謝るつもりなど微塵もない。
会話は成り立たない。なるわけがない。
「……そう。もういいわ」
「え?」
「間違えたなら、悪いことをしたら『ごめんなさい』、何かをしてもらったら『ありがとう』。それすら言えない人間と会話なんてしたくない……会話にもならないわ」
「……何ですって……?」
目の前のカルミアの顔が引き攣る。
「今まで神事の準備をして貴方から一度も『ありがとう』と言われたことがなかったわね。『他』も含めて」
課題のことを仄めかしたのが分かったのだろう。
エメラルドグリーンの瞳が怒りで濃くなった。
そうして彼女に近づき、耳元で囁く。
「貴方の『便利な姉』はもういないわ」
「……お父様に言いつけるわ」
私を睨め上げるカルミアが切り札というように低く呟いた。
「――どうぞ」
「……っ!」
――貴方にも父にも、これ以上私から何も搾取させたりしない。
目を見開くカルミアから離れ、ヴュートとオリヴィアに話は終わったと言ってその場を離れた。
✳︎✳︎✳︎
「どうしたの? やっと良い子ちゃんは辞めたの?」
オリヴィアが揶揄うような、それでいて嬉しそうな顔で言った。
「そう、辞めるつもりが辞められなかったから。明日から今までの噂に輪をかけて、碌でもない噂が流れそうだわ」
「あぁ、『妹を虐める姉』ね。ふふふ、良いじゃない。やっと貴方らしくなったわね。黙ってやられる貴方じゃないものね」
「ジア! とってもカッコよかったよ!」
興奮気味のヴュートのその言葉に思わず一歩後ずさる。
「……カッコよかった……?」
「うん。カッコよかった」
眩しそうに、それでいて柔く微笑む彼に胸が締め付けられる。
「甘いわよ。ヴュート。フリージアの格好良さはこんなもんじゃないからね」
ふふん、となぜか得意げに言うオリヴィに、「そうか、こんなもんじゃないのか……」と、ヴュートが呟いた。
「これから、もっとジアの色んな顔が見られるかな」
「そうね、来週のウチ主催のピクニックではフリージアの本領が発揮されるわよ。図書館で予習済みみたいだし」
笑顔で話すヴュートとオリヴィアの言葉に詰まり、思わず彼らから視線を逸らした。
「……どうかしら。今日か明日あたり……私をソルト公爵家の籍から抜いたという通知が届くかも知れないから……。婚約はきっと解消だわ。ピクニックも……どうかしら」
政略結婚なのだから、私がソルト家の人間でなくなる以上、婚約関係は結べない。
望んでいた事なのに、胸の奥に何か重い物がある……。
婚約破棄をして、家を出て……。計画通りじゃない。
なのに、何故か気分は晴れない。
きっと、回帰前になかったヴュートの思いやりに、……彼の温かさに慣れてしまったからだ。
だから、距離なんて縮めたくなかったのに……。
「あ、でも。アカデミーには残るつもりだから、学友として……」
暗い気持ちを誤魔化すように、笑顔で視線を彼に戻すと、ダークブルーのヴュートの目は氷のように冷たかった。
表情は穏やかで、綺麗な唇は柔らかな弧を描いている。
それなのに、何故かひんやりとした雰囲気を纏っていた。
「大丈夫だよ。君はソルト家から籍を抜かれる事はない。婚約も、解消はされない」
そう言うヴュートは微塵も自分の言葉を疑っていないようだ。
さらりと、私の髪を一房とって、自分の口元に持っていく。
その仕草に、息が止まりそうになった。
「ヴュ……」
「絶対にだ」
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