カルミアの誤算
「あぁもう! 何で『女神の祝福』が為されないのよ! 計画が台無しじゃない! 今まで失敗なんてしたことないのに!」
今日は人生で最高の日になるはずだったのに。
私に見惚れたヴュート様の顔を姉に見せつける予定も、惨めに俯く姉を見る予定も全部台無し。
ヴュート様の前で神事が上手くいかず、泣きながら帰るしかなかった。
そのせいであまりに腹が立って今日は夕食も食べる気にならなかった。
「カルミアお嬢様……、落ち着いてくださ……」
「うるさい! マリアも出て行って!」
手元にあった花瓶を侍女のマリアに投げつけ、部屋から追い出した。
帰ってきてから部屋中の物を投げては壊すも、一向に気分は晴れない。
「お姉様がわざとやったのよ……。私にヴュート様を取られるのが嫌で……」
綺麗に磨かれた爪を噛みながら、そう呟くと、父がノックも無しに突然ドアを開けた。
「カルミア!」
「お父様⁉︎」
見た事もないほどの剣幕で父が部屋に入ってきて、思わず抗議の声を上げる。
「カルミア。お前、今日の神事の説明をフリージアから聞かなかったそうだな」
「はぁ?」
そんなのいつも聞いていないに等しい。
祈りの前に姉がいつも何か説明しているけど、ちっとも理解できないので、返事だけして、内容なんて右から左に抜けている状態だ。
「今日はお前の代わりに母上が神事を行なったそうだ」
「何でお祖母様が……。今日神事が上手く行かなかったのは、お姉様がわざと星見計算や神具の位置を……」
「それに関しては、何も間違いは無かったそうだ」
「そんな……。だったら何故……」
絶対姉のせいだと思っていたのに、神事が執り行われたことに驚かざるを得ない。
「母上が言うには、お前が神事に『臨む姿勢』に問題があったのではと言っていた」
そんなもの、いつもと何ら変わらなかったはずだ。
私の仕事はただ祈るだけ。
それだけだ。
「いいか、カルミア! お前が聖女であることで年間どれだけの補助金があるか分かっているのか? 八千億レニーだぞ? 何故自分がいい暮らしができるのか考えろ」
「何言ってるの、私のおかげも当然だけど、お父様の宝石事業がうまく行って領地経営だって好調だからでしょう?」
「それもそうだが、今日シルフェン家で帰り際にあの執事が……ッチ。何でもない。とにかくよく考えろ」
「……っ」
何の反応も無い私に少しイラついたのか、父が小さくため息をつく。
いつもは私にこんな態度絶対取らないのに……あの出来損ないの姉のせいだと、心の中で愚痴る。
「いいか、今後は神事の準備が自分で出来るよう用意をしておけ。来月の神事は失敗など出来んぞ!」
「無理よ!」
思わずそう叫ぶと、父がピクリと片眉を上げる。
「無理じゃないだろう? カルミア、お前には聖女の事を学ぶための専門の家庭教師がいたはずだ。フリージア如きに出来て、お前が出来ないはずがない」
「……それは……」
確かに家庭教師はいた。
けれど、そんなのは母に言って何年も前にクビにしたのだ。
そのことは父にも言ったような……言わなかったような……。
もう記憶も曖昧だ。
私には便利な『姉』がいる。
全部姉がやるのに、勉強に時間を割くなど無駄だし、それならお茶会に行ったり、お買い物に行ったりしたい。
私だって暇じゃないのだ。
その時、名案が頭に浮かぶ。
今日神事の引き継ぎをしにきた三人の令嬢達なら喜んで手伝う事だろう。
そもそもその為に今日は神殿に連れてきたのだ。
「……大丈夫よ、お父様。来月は完璧にやってみせるから」
そう微笑むと、父は少し安心したようで、「さすがカルミアだな」と笑って出ていった。
「マリア」
「はい」
外に出していたマリアに声をかけると、彼女が部屋に入ってきた。
「さっぱりしたいからお風呂の準備をして」
「畏まりました」
私の機嫌が回復したのを見たマリアが、ホッと安心したのが手に取るように分かる。
それからお風呂に入るため、私のドレスを脱がしたり、小物を外しながらマリアが声をかけた。
「本当に素敵なリボンを頂きましたね」
チャリ……と、金属の音がしてエメラルドと石の付いたシルクのリボンをマリアが丁寧に外し、鏡台の上のリボンケースに収める。
「うふふ。ヴュート様ってセンスもあるのね。毎日着けたいけれど、飾りが繊細すぎてアカデミーで落としたりしたら嫌だから、特別な日だけにするわ。明日からまたいつものリボンにして。あのリボンはヴュート様から返して頂いた?」
「はい、神殿からの帰り際にお預かりしました」
そう言って、お気に入りのライトグリーンのリボンをマリアがリボンケースに片づけたのを確認して、お風呂に向かった。
✳︎✳︎✳︎
「ジア……落ち着いた?」
温かなココアを、下から覗き込むようにヴュートが渡してくれ、それを一口飲むと、ほっと体が緩んだ。
「ええ、ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「全然迷惑だなんて思ってないよ」
困ったように眉根を寄せる彼が、優しく微笑むも、申し訳なさでいっぱいだ。
「……助けてくれて……ありがとう」
あの時守って貰わなかったら、……と考えるとゾッとする。
「……守れなかったよ」
そう言って苦しそうに私の頬に、彼の右手が羽のように触れる。
「でも……」
「ここは、シルフェン家で、僕のテリトリーだ……。……っ君が怪我をすることなどあってはならない。謝るのは僕だよ」
『今』彼は、『婚約者』である私をきっと大切に思ってくれている。
彼の言葉が責任感から来ていたとしても、痛々しく濃紺の瞳を揺らす瞳に胸が締め付けられる。
「……アンノさんは、対応しなくていいと言ってくれたけど、それでも父に会ったのは私が決めたことだから。……それから、レイラさんを責めないでね……」
「え?」
ヴュートが目を見開く。
「……王国騎士団の……方でしょう?」
「何で知って……」
やっぱりそうだった。
自己紹介の時に敢えて名乗らなかったのは、私に知られたくないのだろうと思ってあえて触れなかったのだ。
国営新聞で、少なくても月に二回は組まれる騎士団の特集は、専らヴュートの活躍ばかり書かれていた。
人気騎士の活躍はきっと女性読者層に売れる要素で、彼自身騎士団の広告塔のようなものだ。
マクレンじゃないけれど、私もヴュートの記事を切り抜いてはノートに貼り、会えない時間を埋めるように何度も眺めていた。
「以前、新聞で見て……何だったかしら、火を吐くトカゲの……」
「……サラマンダー?」
「そう、それ。その時の討伐時の写真に一緒に写ってたから」
そう言うと、彼は小さく項垂れた。
「……そうか……」
「きっと、こっそり守ってくれるつもりだったんでしょう? ありがとう」
「護衛、って言うと身構えちゃうと思ったからね」
顔を上げたヴュートはにこりと笑って答えた。
でも、その笑顔はどこか不自然さを感じる。
「? ……ヴュ」
「じゃあ、レイラに今後は堂々と護衛に専念するよう伝えてくるよ。……ジアは今日はゆっくり休んでね」
よいしょ、と立ち上がった彼はそのまま笑顔でドアに向かって行く。
その時、彼のポケットからライトグリーンのリボンが覗いているのが見えた。
ーーカルミアのリボンだ。
一瞬で、今日神殿でヴュートがカルミアにリボンをつけてあげていたのを思い出す。
「……まだ返していなかったのね」
「え?」
私の呟きを聞き取れなかったヴュートが振り向くが、笑って誤魔化す。
「ううん、今日は本当にありがとう……」
私のその言葉にヴュートはにこりと笑って出て行った。
――彼が聖剣を手に入れ、名実ともに最強の騎士、『英雄』となるのは『聖女カルミア』と一緒の魔竜討伐が必須条件だ。
歴代最強と言われるカルミアの浄化魔法が彼の討伐を成功に導いたのだから。
どんなに、『今』彼が婚約者の私の為に心を砕いていてくれるとしても、それが現実。
彼の『夢』にはカルミアが必要だ。
――私ではない。
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