父の怒り 3
「ソルト公爵、お帰りはまだですよ?」
「な、……何を!」
先ほどの紋様無しでの氷塊魔法で己との力の差を見せつけられたのか、父の顔はまさに血の気が引いて真っ白になっている。
「フリージアに謝罪を」
「は⁉︎ な……何故私が謝らねばならんのです! そもそも、……フリージアが神事が終わるまで神殿にいて、カルミアが神事を無事に行えるのを確認しなかった事も問題です! カルミアが意味を理解していなかったとしても、フリージアがそこにいて再度説明すれば今回の問題は起きなかった!」
死んでも私に頭を下げたくないのだろう、ヴュートとの力の差を見せつけられてもなお、彼に食ってかかるなんて、そのメンタルはある意味尊敬だ。
「まだそんな事を……!」
ヴュートは父の頭ひとつ分上から彼を見下ろしながら、父の腕を更に締め付ける。
「……ヴュート、ソルト公爵を離して」
「ジア⁉︎」
「『彼』に反省する気持ちなんて微塵も無いのに、言葉だけの謝罪なんていらない。……欲しくもない!」
そう言って父の前に進み出ると、父は更に不愉快そうに顔を歪めた。
「はっ……。シルフェン家に来て気が大きくなったか? 誰に対して言ってるん……」
父の言葉が終わらない内に、彼の左頬を引っ叩いた。
パンッ……と、いう音だけが室内に響く。
「これでおあいこです。当然私も謝りませんよ。……これで……」
これで本当に、『終わり』だ。
ジンジンとする右手を隠すように下ろし、父を睨みつける。
「きさっ……ま」
怒りの形相で、頭に血が上ったのだろうが、充血した目で私を睨みつけるも、ヴュートが彼の腕を握っていた為父は何も出来ず、悔しそうに歯軋りをするだけだった。
「何が謝らないだ! 何様のつもりだ!」
父が私に叫ぶのを無視して、ヴュートは冷ややかな目で父を見る。
「……アンノ、ソルト公爵をお見送りしてこい」
「はい」
ヴュートがアンノさんにそう指示を出すと、父は、アンノさんと、シルフェン家の警備騎士達に引きずられるように連れて行かれた。
「放せ! 私を誰だと思っている!」
父は、玄関の方に連れて行かれながら、大声で騒ぎ立てている。
もう、何も感じない。
「ふざけるな! フリージア! 勘当だ! お前のような人間はソルト家にはいらん! 何をいい気になっているのか知らんが、ソルト家から出れば貴様はシルフェン家の婚約者でも何でもない! 後で謝ってもここにも、ソルト家にも帰ってこられると思うなよ!」
もう姿は見えないが、父の声だけが屋敷に木霊する。
勘当?
結構だ。
ソルト家から絶縁され、婚約解消でシルフェン家を出ようとも、アカデミーで奨学金を借りて、学生寮に入る方法だってある。
平民や留学生の為に、勉強しながら働ける仕事を募集する掲示板もアカデミーの中にあった。
優秀な人材を輩出するウォーデン国立アカデミーならば短期の仕事でも引く手数多だと聞いている。
「ジア、大丈夫?」
そっと、無意識に握りしめていた私の右手に触れ、ヴュートが心配そうに覗き込むように言った。
「だ、……大丈夫です。騒ぎを起こして申し訳ありません。シルフェン家の皆様にもご迷惑を……」
「ジアのせいじゃないよ」
違う。私のせいだ。
いつものように素直に謝れば父はそれで納得したのかも知れない。
そもそも、カルミアの伝言通り父の言葉に従ってソルト公爵家に行けば父が乗り込んでくる事もなかった。
……でも、これが限界だ。
限界だった。
そっと、ヴュートがハンカチを私の口元にもって来る。
「血が……。口の端が切れている……」
何かを堪えるように、彼のダークブルーの瞳が揺らいでいる。
確かに血の味が口の中に微かに広がっている。
「ありがとう……。父……ソルト公爵も、血が出てた……かな」
「君の細腕では、跡も残らないよ」
眉間に皺を寄せながら、困ったようにヴュートがふっと笑う。
「ふふ……。そうかも……」
そう笑いながらも目の前のヴュートがボヤけ、口の中に塩気が広がる。
「……あれ……。今更頬が痛くなってきたの……かな」
いつの間にか頬を伝うものを、……『終わり』にした気持ちに対する最後の涙は、そう誤魔化すことしか出来なかった。
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