父の怒り 2
「ヴュ……ヴュート殿……」
「ご説明を」
いつの間にか、私の背後にいたはずのレイラさんに抱えられるように抱きしめられ、
彼女の肩口から見えるのはヴュートの背中だけ。
けれど、レイラさんが持ち上げていたはずの父の腕はヴュートの手が捻り上げていた。
「フリージアお嬢様、大丈夫ですか?」
「え、あ……はい」
心配そうに私を覗き込むレイラさんの榛色の瞳は不安気に揺れている。
「レイラ……、フリージアをソルト公爵の手の届かない所へ……」
こちらを振り向かず、そう言ったヴュートの声は低く、ぞくりとするほどの怒気を孕んでいた。
「はい。お嬢様、こちらへ」
レイラさんに案内されるまま離れたソファに座ると、アンノさんが氷嚢を渡してくれたので、「ありがとうございます」と受け取り、左頬を冷やした。
「――ソルト公爵、説明を」
「説明も何も、ヴュート殿はご存知でしょう! 今日の神事が失敗したのはフリージアのせいなのですぞ! カルミアは皆の前で恥をかかされたと泣きながら帰ってきて、部屋から出てきません! カルミアの聖女の衣装もフリージアがダメにしたと報告を受けております! 大事な神事を邪魔するなど、捕らえて審問されるべきです! この神事が執り行えなかった事で国にどれだけの被害が出ると思っているのですか!」
「それが、ここでフリージアに火炎魔法を放つ理由になるとでも?」
「私が火炎魔法を放ったのは、そこの侍女にです! 娘の躾を侍女如きに邪魔をされるなど!」
「躾……?」
その時彼が父の腕を捻り上げたままこちらにチラリと視線を寄越した。
目が合った瞬間、彼の目はすぐさま冷やしている私の左頬に注がれたのが分かった。
「っ……!」
父の小さな呻き声が聞こえ、ヴュートが父に視線を戻す。
「……手を上げたのですか……?」
「……これっは、……我々親子の問題です! フリージアを甘やかした結果が今回の問題が起きたのです! ヴュート殿! 腕……、腕を離しなさい!」
さらに捻りあげられた腕に痛みを訴えるが、ヴュートは取り合わない。
「……神事は無事に行われましたよ」
「……は? しかし、カルミアは……」
ヴュートのその言葉に私も目を見開く。
「カルミア嬢が神事を行った際、一瞬、女神像の真下にある紋様が淡く光ったのです。天井のステンドグラスはなんの反応もありませんでしたがね」
それは神事を行えたとは言えない。
当然父も知っているようで、乾いた笑いをこぼす。
「はっ! ヴュート殿、貴方はご存知ないのかもしれませんが、紋様が光るだけではダメなのです! 天井に描かれた紋様から……!」
「知っていますよ。カルミア嬢が何度やっても反応がなかったので、神官長や神官が神具の位置確認や星見計算をもう一度してはどうかと進言しましたが、カルミア嬢はただ泣くだけで、そのまま帰って行かれました」
そう言ってヴュートはゆっくり父の腕を離す。
父は恨めしげにヴュートを睨みつけながら、自分の腕をさすりながら言った。
「それでは神事は行われていないではないですか、何を言って……」
「私が行いました」
「母上⁉︎」
応接室の入り口から祖母の声がし、全員の視線がそちらに集中する。
「ヴュート殿がアカデミーに神官長と神事が行えないとやって来たのです。カルミアが帰ってしまったから、戻ってきてもらうために星見計算をし直して、神具の位置を『正しい場所に』直して欲しいと」
その言葉を聞いて父はほらみろと言わんばかりの顔で私を見た。
「やっぱり、わざと星見計算も全て間違ったんだろう⁉︎ 引退した母上まで巻き込んで、恥を知れ! は……」
「発言にはご注意を」
ヴュートは父の周辺を取り囲むように紋様無しで巨大な氷塊を打ちつけた。
「……っ」
「マグノリア様に来ていただいて神事を執り行う場所を確認していただいた結果、『問題無し』という事でした。しかし、この状況でカルミア嬢に女神の祝福が無い以上、彼女に再度神事を行うよう言っても来ないだろうという事で、マグノリア様に神事を行なっていただきました」
「……母上が? 引退したはずでは」
「ええ、カルミアに聖女としての立場も仕事も譲りましたが、私もまだ少しなら神事を行う力があります。……全盛期とまではいきませんけどね」
祖母は自嘲するように言った。
「では! 何故カルミアは神事を……女神の祝福を受けられなかったのですか⁉︎」
父は困惑しながら氷塊に囲まれた状況で祖母に喚いた。
「知りませんよ。……ただ、神事を疎かにしたことが問題なのではないかしら?」
「疎かに?」
「ええ、ご一緒だった御令嬢方に聞いたところ、破れた神事用の衣装を持ってきたとか。さらには煌びやかな衣装で来た上、フリージアの説明も聞かなかったと。……魔法は思いであり祈りです。神事であれば尚更。紋様の意味を理解し、なんの為に女神に祈りを捧げるのか、『見れば分かる』と言った彼女が今回の為の紋様をきちんと理解していたのか……」
祖母がそう言うと、父は口を噤んだ。
「し、……しかし衣装はフリージアが……」
「フリージアがソルト家を離れてどれくらい経っていると思うのです? 直前に衣装の確認をするほど杜撰な扱いをしているのですか? 前もって準備をすれば衣装が破れていても一日もあれば代わりは用意できます。『明日の準備は寝る前に』そんなの子供でもわかっている事ですよ。カルミアも散々フリージアにそのことを指摘していたぐらいですから、……カルミアは出来て当然でしょう」
「……母上……?」
今まで祖母がカルミアを批判したことなどあるだろうか。
父が困惑するのも当然だろう。
私ですらこれが現実とは思えない。
「何です? 貴方がすべきことはここでフリージアを責めることではありません。帰ってカルミアと話すことがあるでしょう?」
「ぐ……っ。し、失礼する!」
父は、苦虫を噛み潰したような顔をして氷塊の隙間からドアの方に向かい、ヴュートの横を通り過ぎようとした。
その瞬間ヴュートに腕を掴まれ、父がビクリと跳ねる。
「ーーソルト公爵。お帰りはまだですよ?」
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