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「フリージア!」


 神事の後片付けをしてソルト公爵家に戻り、自室に戻ろうとしたところを祖母に声をかけられた。


 開け放たれたリビングにはカルミアの新調したドレスの話をしながらお茶を楽しんでいるのか、母とカルミア、祖母の三人が座っていた。

 

 私のドレスは亡くなった母の残した数少ないドレスをリメイクして着ているが、父も義母もカルミアには湯水の如くお金を使っている。


 カルミアは今月も何着新しくドレスを作ったか分からない。それに合わせるアクセサリーもだ。


 私と同じ銀髪に、紫の瞳を持つ祖母が立ち上がりこちらに近づいてきた。


「帰ったのに挨拶もなしだなんて」


 祖母は、少し釣り上がった目を更に吊り上げ、体が竦むような冷ややかな声で言った。


 

 昔は優しい祖母だった。

 表情も穏やかで、いつも柔らかい笑みをこちらに向けていた。


 いつから変わったのか…。


 思い出せるのは私が九つの時、義母と義妹がソルト家に来て、カルミアが聖女認定を受けたという頃からではないだろうか。

 祖母だけではない。

 彼女が来てから友人は一人、二人と離れていき、私が聖女であるカルミアに嫉妬していじめているという噂も広がり始めた。

 最近ではどこに行っても『聖女をいじめる姉』、それでいて妹の威光に縋り付くため、彼女の後をついて回っているという目で見られている。


「フリージア。聞いているの?」


 祖母のきつい口調に現実に引き戻される。


「ただ今戻りました」


「カルミアのアカデミーの課題は終わったの?」


「はい。済ませてあります」


「そう。私もすぐ課題がきちんとできているか確認しに貴方の部屋に行きますからね」


「はい……」


 チラリと妹を見ると、こちらには無関心なようで、美味しそうなケーキや焼き菓子が数種類用意された物をまさに『物色』している。

 妹は新しいドレスの話に花を咲かせながらアフタヌーンティーを楽しんで、私は彼女の神事の手伝いに彼女の課題まで……。

 私に至っては学費がもったいないとアカデミーの試験すら受けさせてもらえなかったのに。

 

 ……やってられないわね。


 小さく溜息と共に呟いて部屋に戻った。


 机の上には妹の学生カバンに教科書、ノートが置いてあり、思わずカバンの校章に触れた。


『ウォーデン国立アカデミー』


 ここは、国内外から身分を問わず優秀な人材を集めた学園だ。

 貴族の中でもこのアカデミーに通うことがステータスとなっているほどだが、平民も入学できる。


 何よりこのアカデミーには優秀な人材を育てるための奨学金制度もあり、更には卒業時、各学部において、首席で卒業すれば三千万レニーという額の褒賞がもらえる。


 一般的な平民ならば、家族が五年は遊んで暮らせる額のそれは、学校から主席卒業者へのいわゆる投資だ。

 

 平民では手の届かない自分の研究用の道具や高価な書籍、材料費。王都で仕事、勉強や研究を続けるための家を買う者もいる。


 

「褒賞……」


 思わず呟いた。



 ――これしか無い。


 この家にいても自分の思ったように生きることは不可能だ。

 

 一度しかなかった筈の人生をやり直せるのだ。

 どうせヴュートに捨てられるくらいなら、さっさと婚約破棄をしてアカデミーに入り、主席の卒業を目指す。

 そして報奨金を持ってこの家を出て、自分の生活基盤を新たに作る。


 父も義母も、私のことを何の役にも立たない娘と罵り、祖母はカルミアはとことん甘やかすくせに、私には公爵家の娘として相応しく無いと、理不尽としか思えないヒステリックな厳しさで私に当たる。

 使用人ですら私を居ないものとして扱う者もいる。

 

 そしてカルミアにとって私は便利屋以外の何者でも無い。

 

 ……この家で息を潜め、大人しく言われるがまま暮らしてもいつかは妹に殺されるのだから。

 

『暁の魔女』の力が私にある以上。

 

 妹は死んだ私に寄越せと言ったけれど、暁の魔女の能力は能力の受け渡しなどできるのだろうか。


『やってみなくちゃ分からない』そう言った彼女はどこか自信がありげで、思いつきで言ったようには思えなかった。


 本棚にある古びた絵本を手に取る。

 この大陸に住む者なら、誰でも知っている言い伝えだ。


『暁の魔女』

 昔、太陽神と冥界神が喧嘩をして、太陽神を閉じ込めてしまった。

 数ヶ月、夜が続き、その間に濃くなった瘴気は魔の森を作り出し、魔物が跋扈し始める。

 作物は枯れ、川は汚れ、動物達も数を減らし、病気が蔓延し始め、人々も生き残るための奪い合いの戦争を始めた。

 そんな中、一人の魔女が、占いによって太陽神を探し出した。太陽神は助けてくれた魔女にたくさんの魔法の『紋様』を授ける。

 それがこの世界の『紋様』で生み出す魔法の始まりだった。

 世界に広がった瘴気は彼女の織りなす浄化の『紋様』と浄化魔法により昇華され、少しずつ平和を取り戻し、夜明けを取り戻した彼女は「暁の魔女」と呼ばれるようになる。

 しかし、浄化の『紋様』は彼女しか作ることができなかった為、広がった瘴気や病気はとても彼女一人では昇華しきれない。

 そこで女神は彼女の五人の弟子達に浄化魔法の力を与え、「暁の魔女」が作った紋様を持って各地を浄化していき、世界に平和を取り戻していく。

 各地に散らばった暁の魔女の弟子たちは、足を運んだ各土地で、『聖女』『神子』『聖人』等と呼ばれた。

 しかし、魔女にも弟子たちにも寿命がある。

 浄化しきれない世界を心配した彼女たちに女神は、魔女たちの死後も彼らの力を受け継ぐ人間が生まれるようにした。



「約百年前から暁の魔女は新しく生まれていないと聞いたけど……」


 

 暁の魔女の能力を受け継ぐ者はどの世代にも一人で、暁の魔女が亡くなった後、新たな暁の魔女が生まれるが、聖女や神子は、常に大陸の各国に一人いるかいないかだ。それでもこの国では二人の聖女がいる。

 祖母とカルミアだ。


 祖母は以前、大きな魔力溜まりの浄化に行った際、無理をし過ぎたせいか聖女としての力が弱くなったが、それでも聖女としての役割を果たしていたそうだ。だが、カルミアが現れたことにより、彼女に引き継ぎ、祖母は引退した。


 あの死の間際、カルミアは私を『暁の魔女』と言ったけれど、自分では全く自覚がない。

 何を以てして『暁の魔女』と言ったのか。

 

「ここに暁の魔女の資料なんてほとんどないものね。大きな図書館や、……アカデミーに行けば沢山資料はあるはずだわ。まずは暁の魔女についての知識を得なくては何の対策も取れないもの」


 カルミアはいつ、私を『暁の魔女』だと思ったのか。恐らくまだそうは思っていないはずだ。

 彼女が気づく時間を遅らせて、距離を取って、首席卒業を目指さなくては!

 

 それに主席卒業は雲を掴むような話ではない。

 宿題も課題も、優秀で主席卒業の可能性が高いと以前カルミアの担任教師が屋敷を訪れた際に言っていたことがある。

 その課題も宿題も全て私がやっているのだ。

 学園できちんと学べば私の首席卒業の確率も上がるはずで、そう考えれば入学試験も問題はないはずだ。

 


「この家を出られる……」


 自分の存在価値を疑うような、こんな息苦しい家から出られるかもしれない。


 パタンと絵本を閉じ、本棚の端に戻すと、その隣に置いてある、ボロボロの本が目についた。



『ガイゼル旅行記』


 幼い頃、母が存命中、祖母にもらった本だ。

 パラパラとめくった本の中にはガイゼルが訪れたと言う場所が色鮮やかな色彩で描かれている。

 光り輝く洞窟に、炎の絶えない谷。子供の心をくすぐるのにはもってこいの場所がたくさん載っていた。

 私も行ってみたいと幼い頃母と祖母に楽しく話していたのを思い出す。


 母の笑顔も、祖母の笑顔も……もう二度と触れることのできない時間に涙が滲む。

 


「行ってみようか……」

 


 昔憧れた世界に、この閉ざされた自分の世界から……。


 


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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