広げられない距離 3
「マグノリア=ソルトでございます。オリヴィア王女殿下。ご挨拶に参りました。入室してもよろしいでしょうか」
落ち着いた祖母の声が聞こえる。
「ええ、どうぞ」
そう答えたオリヴィアから親しみのある表情は消え、王女の顔に戻った。
静かにドアが開き、祖母がカーテシーで礼を執る。
「ご無沙汰しております。オリヴィア王女殿下。この度はフリージアの為に足を運んでいただき誠にありがとうございます」
「お久しぶりですね、マグノリア殿。今回は大事な友人の入学試験と聞いてじっとしていられなかったのです。『優秀』な彼女と共に机を並べて学べるのなら、私の学力も向上することと思います」
にこりと微笑みながら彼女は祖母に言った。
いや、さっき学園のサボり場所とか、出席の取り方とか網羅しているから、遊ぼうって話してなかった?
「……不肖の孫に過分なお言葉。ありがとう存じます。ただ、今後は私が孫の試験勉強を見ようと思いますので、王女殿下におかれましては、ご公務……」
「マグノリア殿」
祖母の言葉を遮ってオリヴィアが声をかける。
ハッと息を呑んだ祖母が彼女を正面から見据えるが、オリヴィアの無言の威圧にも動じない。
オリヴィアが祖母の元に近寄り、耳元で何かを囁いた。
その言葉に祖母が、軽く目を見開いた。
「――なので、安心して私にお任せいただけたらと思います」
口元に柔らかな笑みを湛えたオリヴィアがそう言うと、祖母は静かに頭をさげ、「何卒、よろしくお願い申し上げます」と言って出ていった。
「何を言ったの……?」
祖母の出ていったドアを見ていたオリヴィアに後ろから声をかけると、笑顔のままくるりと振り向いたオリヴィアは得意げだ。
「アカデミーの試験官が入試の指導をすると、問題があると言ったのよ」
「……は?」
「マグノリア様が聖女として一線で活躍していたのは知っているでしょう? 今年からマグノリア様に魔法学部の特別講師として来ていただくのよ」
「知らないけど」
寝耳に水のこの内容は不安しか無い。
「前からアカデミーはマグノリア様に特別講師としての依頼をずっとしていたのよ。でも聖女として国の役に立てなくなった自分では相応しくないって言ってずっと断られていたけれど、今回その件に関して了承をもらったの」
「何で貴方が知ってるの?」
「何言ってるの、私は王女よ。アカデミーの運営に関しては王家が知っていて当然でしょう? 大した人事権はないけれど、ずっとアカデミーが彼女にお願いしていたのは知ってるわ」
知らなかった。
浄化魔法が弱まっている中、後継の聖女であるカルミアが現れ、第一線から退いていたのは知っていたけれど、アカデミーの教師として話が来ていたなんて、そんな話聞いたこともなかった。
というか、そんな話を私にするとも思わないから知っていなくて当然かもしれない……。
「で、今回は編入試験にも関わっているからね。万が一でも不正を疑われてもしようがない関係だから私がお手伝いさせて下さい。って言ったわけ」
小声で言わなくても良いのでは?
と思ったけれど、祖母がすんなり引き下がってくれたので、納得する他なかった。
「あ、それでお祖母様は最近お小言が無いのかしら」
「は?」
今度はフリージアが訝しがる。
「ソルト公爵家にいた時は、ナイフやフォークの使い方はもちろん、指先の動きにまで一緒に食事するときは注意されていたの。食事以外もだけど、この年になってもずっとよ。でも、ここに来てから全く何の注意もされてなくて。他人がいるからかとも思ったんだけど、今朝は二人きりの朝食だったのに何も言われなくて……。私の勉強から解放されて、新しい環境で教鞭を振るうことが出来てご機嫌なのかな……」
見た目にあまりわからないけれど、ソルト家よりリラックスしている気がする。
「……」
オリヴィアは何も言わなかったけれど、あまり気にならなくて「あ、続きお願いしても良い? もう試験は三日後だし」と入試対策の勉強に戻った。
試験対策が終わり、オリヴィアが公爵家でみんなと一緒に夕食をしてから帰城することになった。
ヴュートや公爵様も夕方には戻って来ており、いつもより少し賑やかな食卓を楽しんだ。少し賑やかというのは、オリヴィアが猫を被っていたからだけれど……。
オリヴィアが帰りの馬車に乗りかけたところで、振り返り、見送りのため立っていた私のところにやってきた。
「聞き忘れていたんだけど、ヴュートはどこの学部に編入するか聞いた?」
扇で口元を隠しながら、私の耳元で小さく尋ねる。
ヴュートも見送りのためすぐ近くにいるのだから本人に聞けばいいのに。
チラリと彼を見ると軽く小首を傾げている。
「……私と同じ学部とは聞いたけど……」
そう小さく答えると、他の誰にも見えない角度でオリヴィアの薄紅色の唇が弧を描く。
「やだ、カルミア嬢も一緒の学部なのね、入学したら楽しい学校生活になりそうだわ。ふふふ……」
「何が楽しいのよ。私はカルミアとも……彼とも関わるつもりはないからね」
当然二人に関わるのは極力避けたい。二人に巻き込まれて被害を被るのは私なのだから。首席卒業が遠のいてしまう。
「そうなれば良いけどね」
オリヴィアはそう囁いて、心底楽しそうな顔をして帰って行った。
――そうして、二週間後『合格』通知が手元に届いた。
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