シルフェン邸 3
「大丈夫ですか?」
抱き支えられている上、さらに耳元でヴュートの低音が響いて体がビクリとするが、早く大きく跳ねる鼓動に上手く呼吸ができない。
「え、あ、ヴュ……」
そうして追い討ちをかけるかのような目の前の光景のにギョッとした。
「えぇ⁉︎」
黄色の嘴に頭部から尻尾にかけて濃いグレーから白のグラデーションのフロロ鳥と思われる鳥が横たわっていた。
何より驚いたのはその大きさだ。
昔、図鑑で見た「フロロ鳥」は両翼を広げても大人の半分程度の大きさだと思っていたが、そこにいるのははるかに自分の倍近くありそうな体躯をした物だ。
「怪我はない?」
フロロ鳥の巨体に視線を奪われていたところにヴュートの声が聞こえた。
先ほど返事をしなかったからか、不安そうにこちらを覗き込んでいる。
そうですね、取引先の娘ですから心配ですよね。
でも、それ以上綺麗な顔を近づけると貴方の取引先の娘は心臓発作を起こしそうです。
そんなことを考えながらも表情は令嬢の仮面を崩さない。
「ありがとうございます。どこにも怪我はありません」
そう言って彼の腕から離れようとした時後ろで歓声が上がる。
「さ、さすがです! ヴュート様!」
「俺にはあの一撃はギリギリ目で追えたぐらいです」
「バカ言え! 二発は打ち込んでたぞ。しかも峰打ちだ!」
何の話?
「お前ら、そんなんじゃいつまで経っても実践に出られないぞ。向かってくるフロロ鳥くらい仕留められるようになっておけ」
そう小さくため息をつくヴュートは少し呆れているようだ。
だから、何の話?
今、鳴き声しか聞こえなかったけど?
『向かってくる』って言った?
私がポカンと上を見上げている間にこの巨体を仕留めた?
いつ?
「これは……。今、ヴュート様が……?」
プルプルと震える指で横たわる巨体を指すと、彼はこちらを見た後、一拍置いて……。
「……はい」
と照れた。
いや、何故照れる⁉︎
そしていつまで私を支えている⁉︎
スッと彼の腕から離れ、風圧で飛んできた草や葉っぱをはたき落とす。
「助けて頂き、ありがとうございました。全く気づかず。知らぬ間に命を落としているところでした」
あんな巨体が突っ込んできたら即死間違いない。
本当に気づかないまま死んでいただろう。
「こちらこそ、このようなところに案内して申し訳ありません。普段は人を襲わないので、飛んでいるところを確保するという簡単な訓練のはずが。……指導が行き届かずお恥ずかいしい限りです」
そう言ってシュンとしたヴュートが頭を下げる。
「驚かれたでしょう? 屋敷に戻ってお茶でもお出しします」
そう言って三人の騎士に「後は任せた」と言って飼育場を出て行った。
屋敷に戻る道中、今見た光景……ではなく聞いた上で想像した彼の攻撃が信じられず、エスコートしてくれるヴュートを凝視してしまう。
本当に王国騎士団副団長というのは伊達ではないようだ。
「あの……。フリージア嬢? 何か……?」
視線を進行方向に向けたまま、困ったような顔で聞かれた。
「あ、ごめんなさい。何でも……ないです」
「いえ…」
以前この屋敷を訪れた時、相手に剣を掠らせることすらできなかった少年は、一体どれだけの努力を重ねたのだろうか。
一度来たきりの公爵邸は、ヴュートがアカデミーに入学したり、卒業後騎士団に入団して忙しかった上、私がカルミアの聖女としての手伝いで二人の合う時間が取れなかったからだ。
彼が入学、卒業を経て長期遠征に見送りに行くまで、彼と顔を合わせたのは婚約者として出た王家主催の舞踏会とお茶会の二回だけだった。
それでも頻繁にやり取りした手紙の内容はアカデミーで騎士になるべく過酷な訓練をしているとか、遠征の大変さなど微塵も書かれておらず、どれほど彼が頑張っているのか私には想像だにできなかった。
ヴュートから届く手紙には只々、彼の優しさと気遣いが溢れたもので、その中には……愚かにも私への愛もあると思っていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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