シルフェン邸 2
シルフェン公爵邸の屋敷の中は、以前一度来たきりで、訓練場と、食堂でディナーをいただいた後に帰ったので、未知の世界だった。
同じ公爵家でもソルト家と異なり、部屋数が八百程もある。
三大公爵家の中でもシルフェン家は群を抜いて歴史も古く、資産も領地も比べ物にならないほど大きい。
コの字型に作られた本邸は正面玄関から入れば綺麗に二段に整えられた庭が広がるが、コの字型に囲まれた中庭は大きな噴水に、水深の浅い大きなプールがあった。
その中には真っ白なハスの花が咲き乱れている。
「綺麗……」
思わずそう呟くと、ヴュートが嬉しそうに微笑んだ。
「気に入ってくれてよかった。特に君に案内したい部屋があるんだけど」
そう言って案内してくれた部屋は、見上げる程の本に囲まれた図書館だった。
実際、三階まで吹き抜けになって本棚に沿うように通路や階段が備え付けてある。
「入試の勉強もあると思うから、この図書室は君の好きに使ってくれていいから」
いや、図書室じゃなくて図書館じゃん⁉︎
「僕のおすすめの席はここで、窓から蓮の水場が見えて、勉強で煮詰まった時に外を眺めるとちょっと気持ちが落ち着くんだ。でも、正面側の庭も見えるから、お得な席だと思うんだよね」
ニコニコと窓の外を指差しながら図書館……図書室の説明をしてくれる。
「あ、でも一番のおすすめは二階だよ。僕のお気に入りの場所なんだけど」
そう言って今立っている場所の上を指差した。
「丁度死角になるし、本棚と窓の間にある席で、個室みたいな感じだから集中しやすいかもしれない」
にこやかに説明されながら階段に連れて行かれる。
二階に上がると、本棚の裏と窓の隙間に一つ席が設けられており、外と遮断されたような、とても居心地の良さそうな空間があった。
ぽつんとある机には、外から柔らかな光が差している。
「素敵……」
「よかった! 気に入ってくれた? 好きに使ってくれていいからね」
思わずこぼれた言葉に、ヴュートが嬉しそうに言った。
自分のお気に入りの場所と言っていたけれど、もう勉強には使わないのかもしれない。
しかも、彼は以前首席で卒業している為、試験なしで再入学できることが決まっている。
だからと言って合格者の枠が減ることはない。
試験で一定の点数を取れば入学できる仕組みになっている。
そのテストが難関と言われているのだけれど……。
その時、二階の窓から森の中のドームが視界に入った。
温室か何かだろうか。
「あれは、さっき話していたフロロ鳥の飼育場所だよ」
声に出して聞いた訳では無かったのに、私の視線の先を覗き込むようにヴュートが言った。
「あれがフロロ鳥の?」
「行ってみる? 丁度訓練中かもしれないけど」
訓練ってフロロ鳥の躾か何かだろうかと頭を捻りながら案内されたところは、実質本邸よりも三倍はあろうかという高さのあるドームだった。
森の中にある鉄格子のドームは、森の一部をすっぽり囲ったようで、結局いるのは先ほどから歩いている森の中だ。
「どうぞ。危険だから僕から離れないでね」
「はい」
鉄格子の重そうなドアを開け、森の中をしばらく進んでいくと、声が聞こえた。
「あっちに先回りしておけ!」
「追い込むぞ!」
「あっ! 躱された!」
「お前ー! せっかくここまで追い詰めたのに何してんだよ!」
と数人の怒号が聞こえる。
「あ、やっぱり訓練中だった」
そう言って彼が開けた場所に出ると、三人の騎士が言い合いをしていた。
訓練……?
「お前トロいんだよ!」
「何言ってんだよ! さっきお前がミスしたから俺が最後の締めに回ったんだろ。自分ができてから言えよ!」
「おい、喧嘩してる場合じゃないだろ! さっさともう一度……」
「まだ捕まえられないのか」
言い合いをしている三人にヴュートが声を掛ける。
「「「ヴュート様‼︎」」」
こちらに振り向いた三人が彼の姿を認めて敬礼を執った。
そして当然私を見て「どちら様?」という感じで彼らの顔がキョトンとした顔つきになる。
「こちらは僕の婚約者のフリージア=ソルト嬢だ。今公爵邸の案内をしているところだ」
「初めまして。フリージア=ソルトと申します。以後お見知り置きを」
そう言って礼を執る。
「はじ……」
「ところで、いつからやっているんだ?」
騎士の人たちが返事を返そうとしてくれたのを遮ってヴュートが彼らに尋ねた。
「はい……二時間ほど前から。フロロ鳥のスピードについて行けず……」
「しかも時間をかけすぎているからか、興奮したフロロ鳥が攻撃的になってまして……」
その会話を聞いてまさかと思う。
訓練ってフロロ鳥を捕まえる訓練⁉︎
確かフロロ鳥を捕まえるのは餌で誘き出して罠を仕掛けるのが一般的だと聞いたことがある。
飛んでる鳥を直接捕まえるのは不可能なのでは……。
そんなことを考えていると、「キュィー」という甲高い鳴き声が聞こえ、空を見上げた。
と、鳴き声が止んだと同時に足を踏ん張るほどの風圧を感じ、思わず目を閉じると、ドサリという大きな音がした。
「何っ…?」
「フリージア嬢!」
風圧でよろけた体を、温かな腕が体を支えてくれたのが分かる。
ふわりと鼻腔をくすぐるムスクの香りに目を開けると、至近距離でダークブルーの瞳と視線がぶつかり、心臓が大きく跳ねた。
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