シルフェン邸
「どうぞ。君にはこの部屋を。マグノリア様には隣の部屋を使っていただこうと思う。一休みしてから遅めの昼食にして、それから屋敷を案内してもいいかな?」
頭二つ分、私より背の高いヴュート様が、上から覗き込むように言った。
案内された部屋は屋敷の二階にある最奥の部屋。
大きな窓に、屋敷の奥にもある広大な庭が一望できる、日当たりの良い部屋だった。
私がシルフェン家に行くという話し合いが終わってすぐに、馬車で公爵家へと向かった。
自分の荷物などほとんどなく、机の中身と小さな本棚、数着のドレスにわずかばかりの母の形見だけだった。
祖母は後日ゆっくり荷物を動かすということだったので、最低限のものだけ荷物に詰めていた。
弧を描くように建てられた公爵家の屋敷は敷地内の奥に、森や湖畔があり、川も流れている。
「ありがとうございます。あの……公爵夫人や弟君にご挨拶をしたいのですが」
彼は母の体調不良で私にここに来るよう進言した。一番先に挨拶すべきだろう。
そう思ったのに、思わぬ言葉が飛んできた。
「母は弟のトリスタンと王家の療養地に行っていて、体調が落ち着けば帰ってくる予定なんだ。取り合えず君はここでの生活に慣れるとこからお願いしていいかな」
まさかの当人不在に驚きつつも、こればかりはどうしようもない。
「かしこまりました。では、準備が終わりましたら食堂に参ります」
「場所は覚えてる?」
「ええ、もちろん。以前と変わりなければ」
一瞬彼が固まった後、にこやかに言った。
「君が来てくれた時から、変わっていないよ。……じゃあ、また後で」
そう言って彼は部屋を出て行った。
カバンの中に入っていた物を取り出し、机に置く。
母の形見と彼にもらった物、そして小さな頃から大事にしていた旅行記だ。
本棚の一番端に置かれていた旅行記は、一番始めにカバンに入れた。
カルミアがソルト公爵家に来てからつい最近までほとんど見た記憶はないが、ボロボロで、糸がほつれている部分がある。
ぱらりとめくったそのページには、各国の景色や料理、その地域に住まう動物や魔物が書いてあった。
「もう一度、夢を見てもいいかしら」
まだ幼い頃夢見た景色は本の中に変わらずある。
そっと、その絵に触れた。
食堂へ行くと、ヴュートとお祖母様が座っていた。
またミスをしたらお祖母様に怒られるのかしら。
そう心の中でため息をつくと、公爵様が来られ、昼食が始まった。
給仕されたお皿の上には、鶏肉らしきお肉だが、焼いてあるにも関わらずピンク色のお肉を見て、まさか、これは……と思ったその時。
「あら。これは……」
と、祖母がポツリと呟いた。
「マグノリア様、お気づきになりましたか。そうです、フロロ鳥です。お好きですか?」
「え……えぇ」
フロロ鳥はフロロ島と言う離れた島に棲む鳥で、柔らかな肉質と、溢れる肉汁。肉臭さを感じさせない味で、殆ど市場に出回らない高級食材。
我が家でも年に一度食べるかどうかと言った代物だ。
「実は、敷地内でフロロ鳥を飼っているんです。他にも牛や羊だけでなく色んな動物も飼っているので良かったら後ほどご案致しますよ」
フロロ鳥を飼っている?
あの鳥は名前に似合わず結構好戦的で、とても飼えるような鳥ではないと聞いたことがある。
肉食系の鳥で、飛翔スピードも速い。
人間を襲うことはないと聞くが、そんな簡単に飼える物なのか……。
キョトンとした顔で彼を見ていると、にこりとこちらを見て微笑む。
「フリージア嬢もフロロ鳥はお好きですか?」
もちろん、めっちゃ好き!
そう心で叫びながら「ええ。好きです」と澄まして答えた。
その後に続く料理はフロロ鳥の獲れる周辺地域の料理と紹介されたが、国民の口に会うように少しアレンジしているのだとか。
見たこともない料理に内心ワクワクしながら、シルフェン家の料理人の腕に舌鼓を打った。
「ご馳走様です。とても美味しかったわ」
そう言ったお祖母様の言葉に、はっと彼女の存在を忘れていたことに気づく。
いつもは厳しいマナーの言葉の一つも飛んで来ず、美味しい料理とヴュートと公爵様の楽しい話に久々に食事を楽しんでいる自分がいた。
祖母も珍しい料理で私のマナーなど気にもならなかったのだろうか。それともよそ様のお宅では小言を言うのを控えたのだろうか?
「ご馳走様でした。シェフや料理人の方々に美味しかったとお伝えください」
私も最後のデザートまで食べ終え、そう伝えるとヴュート様は照れたように「お褒めに預かり光栄です」と答えた。
……ん?
なぜ貴方が照れる⁉︎
「本当はもう少し熟成させてお出しした方が美味しかったとも思いますが、それはまたの機会に味わっていただけると嬉しいです」
「じゅ、熟成?」
「はい、このフロロ鳥は今朝獲ったのですが、まさか今日お話に行った当日に来ていただけると思わなくて。でもお口にあったなら何よりです」
まさかと思い固まっていると、そこにまさかの公爵様による爆弾が投下される。
「よかったなぁ、ヴュート。朝から仕込んだ甲斐があって」
周りのメイドや執事の方もニコニコと微笑ましくヴュート様を見ている。
ドアの入り口からは暖かい目で見守る料理人の頭が覗いていた。
「ヴュート様の……手料理……?」
「はい」
満面の笑顔でこちらに返事をする彼の言葉に固まった。公爵家の子息が料理をするなんて聞いたことがない。
「お料理が……お好きなのですか?」
「ちょっと作ってみようかなと思ったらハマってしまって。あっ……料理をする男性はお嫌いですか」
にこやかから一転。
何を考えたのか真っ青になって言った。
「いえ、素敵だと思います。趣味があるって素敵ですよね」
私、趣味がないからな。
趣味を作る時間もないけどね……。と思わず自分を卑下してしまう。
「少し休まれたら、敷地内をご案内しようと思うのですがいかがでしょうか? それとも食後の散歩がてらすぐ行きますか?」
ヴュート様がそう言うと、祖母は柔らかく微笑みながらも「お気遣いありがとう。でも今日は部屋でゆっくり過ごしてもいいかしら。年寄りには中々ハードな一日だったわ。フリージアと二人で行って来て」と、やんわりと断った。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。




