英雄は回帰する 3
白い光から世界を取り戻した時、視界に広がるのは先ほどまで立っていた森ではなかった。
「ヴュート様。どうかされました?」
目の前にいたのはカルミア嬢だった。
「おい、ヴュート、カルミア様の可愛らしさにボーッとなってんじゃないか?」
そう横から声をかけて来たのは同僚のセザールだ。
「え?」
状況が呑み込めず、あたりを見回すと、そこは生い茂る丘ではなく、瘴気の濃い、魔物の森の手前に陣取っている駐屯地だった。
「せっかく聖女様が視察に来てくださったんだ。見惚れてないでシャキッとしろよ!」
そう言いながら、力自慢のセザールにバンっと背中を叩かれ、その痛みが夢でないことを知らせる。
「いやですわ。セザール様。まだ十四の私なんてヴュート様から見たらまだまだ子供ですわ」
ねぇ? と恥ずかしそうに笑いながら言う彼女に固まる。
十四歳? さっきまで彼女は十六歳だったはずだ。
まさか……。
まさかと思い彼女に聞いた。
「……姉君は、お元気かな?」
「え? ええ。……お姉様は相変わらずですわ……」
そう言葉にする彼女は少し切なそうに、悲しそうに視線を逸らす。
すると横から小声でセザールが窘めるように言った。
「おい、あんまりお前の婚約者を悪く言いたくないけど、カルミア様はフリージア嬢に虐められてるって話だぜ。ちったぁ、気ぃ遣って話しろよ」
フリージアはそんなことをするタイプじゃない。
そう言いかけるが、この状況で言っても良いことにはならないだろう。
「失礼、カルミア嬢。せっかく魔物討伐の最前線まで慰問に来ていただいたのですが、僕は急ぎの仕事がありますので、ここで失礼致します。聖女様のご来訪感謝致します」
「あっ……ヴュート様!」
彼女の呼び止める声に足を止めることなく、その場を足早に離れた。
彼女は生きている。
その真実が、何よりも胸を震わせる。
それが分かればもう魔物退治などしている場合ではない。
ただただ、彼女に会いたい。
今すぐに。
――「は? 退団する?」
騎士団長のキョトンとした顔とは反対に、こちらは早く退団処理をしてほしくてうずうすしてしまう。
「つってもお前、騎士団長になって、最強の騎士になるのが夢だったんじゃなかったのかよ? いいのか? 途中で投げ出して」
「いいんです。それは急ぐことではありませんから。それよりももっと大事なことが出来まして」
とりあえず、母の体調不良を理由に退団願いを申し出たが、騎士団長は納得行かないという顔をしている。
「今お前に抜けられると、こっちはキチィんだよな。副団長にまでなったんだ。もう少しいられないか? 最近西のユレア国の動きが何か怪しい上に、魔物も増えてるし、近々デカいやつも出てきそうだって話もあ……」
「無理です」
にこりとその話を蹴って、早く許可を出せと笑顔で迫る。
確かに回帰前、……おそらくこれから約一年後に『ヤツ』が現れ、その時に聖剣を手に入れた。
でも、それでは遅いのだ。
富も、名声もいらない。
欲しいのは彼女だけだ。
「領地に戻っても自領の騎士団の統率もありますし、訓練は続けます。でも、ここにはもう居られないんです」
彼女の手紙が減ったのは最近だ。
今ならまだ間に合うかもしれない。
「あの男」に出会ったのが先か、僕に手紙を出さなくなったのが先かは知らないけれど、今戻らなければ、今行動しなければ、必ず後悔する。
誰にも渡さない。
その為に、進んできた道だ。
――それでも『運命』が彼らを引き合わせたら、その時は……。
「分かった。もう何を言ってもダメみてぇだしな。……大事にしろよ」
「ありがとうございます」
そのまま団長の天幕を出て、父に手紙を書く。
多少強引と言われても、彼女を引き止める為には手段を選んではいられない。
戦闘中に傷を付けたくないからと、ネックレスのように首にかけていた彼女と揃いの指輪を本来あるべき指に戻す。
「今度こそ……」
小さく声を漏らし、指で煌めく紫水晶にキスを落とした。
王都に帰り、退団にあたり陛下に謁見した後、従姉妹のオリヴィアに声をかけられた。
「ヴュート、お帰りなさい。元気そうね」
「オリヴィア。君も元気そうだね」
「そうよ、最近もの凄く良いことがあったからね」
聞いてくれと言わんばかりの顔に思わずため息をつく。
「久しぶりに会って色々話したいことがあるんだけど、これから帰ってやらないといけないことが沢山あるんだ」
彼女の長話に付き合ってなどいられず、「また近いうちに」と言って身を翻す。
「後悔するわよ」
「は?」
後ろから投げつけられた言葉に振り向くと、オリヴィアは不敵な笑みを浮かべている。
「後悔するって言ったのよ」
「……何を後悔するって言うんだ」
「フリージアがつい昨日私を訪ねて来たのよ。……聞きたくなぁい?」
オリヴィアの口から出た彼女の名前にピクリと反応する。
燃えるような赤い髪を揺らし、悪魔のような笑顔を浮かべる従姉妹への返答は、もちろん「聞きたい」以外選択肢は無かった。
「……もう一回言ってくれ」
「だから、あの子は貴方に婚約破棄されると思ってるわよ」
「何で⁉︎」
「知らないわよ。シルフェン家から婚約について再検討したいって手紙が来たから多分そういう話だろうって言ってたわよ。あの子、自分の悪い噂が出回ってるからそう思ってるんじゃないの?」
理解の追いつかない内容に冷や汗が垂れる。
「待って。そんな訳ないだろう? 婚約期間の短縮を話し合おうと思ったんだよ……」
「そんなことだろうと思ったわよ。でもあの子、婚約破棄を見越して『アカデミー』に通うつもりよ」
オリヴィアは僕の心配なんてしていない。
ここぞとばかりに目が面白がっている。
「まさか……」
「そう、『次』よね」
ケタケタと笑う従姉妹はいつにも増して王女らしさどころか、令嬢らしさなんてない。
彼女が次の婚約者を探す可能性の話でイラっとするのに、僕で遊ぶ気満々な笑い声が癪に障る。
「ねぇ、笑い方なんとかしたら?」
「あら、それ、フリージアにも言ってみなさいよ。彼女の素を見せてもらえたらね! ホホホホホホ!」
「ぐっ……」
いつもオリヴィアはこうだ。
彼女との仲を得意げに、マウントを取ってくる。
が、突然王女の顔になった彼女は、少しひんやりとした声で言った。
「……貴方が守るんじゃなかったの? 約束が違うんではなくて?」
「守るさ……」
十四の頃のオリヴィアと約束したことは回帰前に、守ることができなかった。
だから今度は間違えない。
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