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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.5. 新入りのバイト

 その翌日、オレはいつも通りの1日を送っていた。朝9時には時宮研究室に入り「勉強」を始める。残念ながら、まだ「研究」を始められない…必要な知識が不足している。オレの卒研テーマは、非ノイマン型システムのためのプログラミングだ。

 ノイマン型のコンピュータは、一般的にはフォンノイマンによって確立されたとされる方法で「計算」する。具体的には、入力データと計算手順を示す情報であるプログラムを記憶装置に保管しておき、プログラムから命令を一つずつ読み取っては実行する。大雑把に言えばこんなものだ。量子コンピュータでもゲート型ならノイマン型のシステムとして動作する。

 だけど、例えば「睡眠学習装置(改)」では、そうは行かない。「量子状態の変化」が「計算」となる。解こうとする「問題」を、「量子状態の変化」に対応させるように変換しなければならないのだ。でも、そんなことが出来る「問題」は限られる。それが、量子アニーリング/イジング回路で構成された量子コンピュータの限界だった。

 その限界を、ある意味で突破したのがオレのAM、人工意識体だ。データだけでなく「プログラム」的な情報もオレの身体から「コピー」して、AMを実現した。そしてオレのAMは、もちろん、汎用的にいろんな問題を解決できる。ただし、一般的な「コンピュータ」とは違って、命令されて解決するのではなく自発的に、ではあるが…。

 ということは、適切な「プログラム」が組めれば、量子アニーリング/イジング回路で汎用的な問題が解決できるハズだ。時宮准教授にそう唆されて始めてみたのだが…、「前途多難」とか「五里霧中」とか、そんな四字熟語に飲み込まれていた。

 いくら文献を漁っても、そんな「プログラム」を書くためのヒントは見つからない。限られた問題を解くためのプログラムなら、ずっと昔から存在する。でも、その発展形では上手く行きそうに無いから、AMを参考にしてプログラムを作るなどという怪しい方法を検討しているのだ。

 

 気づくと、もう午後3時だ。今日は高木さんが来ないから、ティータイムも無い。昼食も忘れて没頭していたが、挙動のわかりにくいこのシステムを勉強するのはいささか疲れたので、学食に立ち寄った後はノイマン型のシステムに向き合うことにした。そう、()()()()()()でのお仕事だ。


 現実世界に戻って、初めて()()()()()()に出勤したあの日のことは、今でも忘れられない。

 ここは社員が100人に満たない小さい会社だけど、顔も名前も分からない人も少なからずいる。それなのに、たかだかバイトのオレが自動ドアから入った瞬間、かなりの人がエントランスに集ってクラッカーやら拍手やら…みんなで歓迎してくれた。

 中でも、こっそり泣いていた加賀さんと三笠さんの顔、駆け寄って手を握ってくれた吉川さんの手の温もりは、多分一生忘れられないだろう。

 そして、その中には意外な人物が2人いたのだ…。


 だが、過去の記憶に浸りながら()()()()()()のエントランスに入ると、吉川さんに呼び止められた。

「桜井君、ちょっとこっちに来てよ。」

「はあ、何でしょう?」

 吉川さんはデザインチームなので、システムチームのオレとは所属が違う。それなのに割と親しいのは、かつてムーコがそこにいたのと、同じプロジェクトの仕事が続いているからだ。

 吉川さんに引きずられて、デザインチームのブースに入った。吉川さんの席の隣は空席…そこがムーコの席だった。この空席を見たく無いから、最近このブースに入らなかったんだけど…。

 オレの袖を引っ張って来た吉川さんの歩みが止まった。そして、何かを待っているようだ。そこで吉川さんに尋ねた。

「一体どうしたんですか?」

だけど、吉川さんはオレの方を振り返りもせずに、

「まあまあ、ちょっと待ってね。」

と言う。

 その言葉が終わらないうちに、デザインチームの他のメンバーも集まって来た。何が始まるんだろう?そう思っていると、吉川さんが呟いた。

「始まるわよ。」

「何なんですか、一体?」

「これから、新しいアルバイトの人が来るらしいわ。」

 吉川さんやデザインチームのメンバーの目線の先には、40歳位の男性の姿があった。彼には見覚えがある。名前は覚えて無いが、確かデザインチームのチーフだ。

「その人が私の新しい相棒になるそうよ。」

「…てことは?」

「平山さんの代役よ。一緒にプロジェクトの仕事をやってる桜井君にも、サポートを頼むわよ。」

「そうですか、分かりました…。」

 …と言いながらも、オレの気持ちは冷めていった。ムーコが生活していた証が消えて、ムーコが遠くなって行くような気がする…。でも、ムーコが()()()()()()に来なくなって2年以上、バイトのムーコの代わりが配属され無かったのだ。それは、ムーコが提携先のレゾナンス社長である平山龍生の娘だから、()()()()()()側も席を残し続けた…気を使ったということだろうか?

 そんなことを考えているうちに、デザインチームのチーフが話し始めた。

「皆さん、集まってくれてありがとう。事前にお知らせしたように、新しい仲間を紹介したいと思います。」

 そして、彼が後ろを振り返って手招きすると、デザインチームのブースの外から1人の女性が中に入って来た。彼女はメガネをかけて、スニーカーにジーンズ。ボーイッシュな娘だが、帽子を目深にかぶっていて顔がよく見えない。まあ、デザイン関係の学生なら珍しくないかな?

 チーフに促されて、彼女は自己紹介を始めた。

「初めまして。西玉美術大学芸術学部、デザイン学科1年の玉置由宇たまきゆうと申します。この度、アルバイトではありますが、こちらのデザインチームに配属されました。」

えっ、それでは彼女は里奈と同級生ではないか?

 彼女は自己紹介を続けた。

「アニメーションやコンピュータを使ったデザイン、それを仕事としてやってみたかったんです。知らないことばかりですが、皆様どうかよろしくお願いします。」

 言っていることも、まるで「里奈」本人みたいだ。


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