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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.1. 湊医科大学

 ゴールデンウィークが終わった次の日、オレは湊医科大学(みなといかだいがく)の大学病院に来ていた。目的の認知機能科は、その3階の奥の方にある。

 認知機能科は、主に何らかの記憶障害を持った人が受診する診療科だ。ここに来る患者の多くは認知症だが、事故で脳に障害を負ったりして、一部あるいはほとんど全ての記憶を失った者も来る。

 ここは予約制だから、待ち時間が短い。待合室の椅子に腰掛けて2分も待たないうちに、携帯端末にオレの診察番号と診察室の番号が表示された。表示に従って診察室に入ると、思宮教授が待っていた。

 彼は時宮准教授の知人で30代後半らしいが、丸顔で体格も良い…少しお腹が大きい…という意味で。その貫禄で、医院長を名乗っても誰も疑わないだろう、とオレは思っていた。

 思宮教授に挨拶して椅子に座ると、問診が始まった。

「この1週間で、何か変わったことはありましたか?」

「そうですね…里奈についての記憶を修復していただいているのですが、むしろ亡くなった父母や祖父と一緒に過ごしていた日々を良く夢に見るようになりました。」

 思宮教授はカルテに何やら書きながら、問診を続けた。

「夢には、妹さんも出てきましたか?」

 オレは目を閉じて記憶を辿った。…そう、どの夢にも確かに里奈はいた。

 でも、夢の中で、里奈といつも良い関係でいられた訳ではない。時には衝突して、里奈の心が完全に閉じたこともあったし、オレが里奈の言葉を聞く気になれなかったことも…。

 それでも、両親が亡くなった時、兄として里奈を守ると言う気持ちだけがオレの心の支えだった。やがて、祖父に引き取られても、その気持ちは変わらなかった。

 だが、里奈とずっと一緒にいると約束したことも、同時に思い出した。だが、記憶の中で里奈を愛しいと思うと、彼女が妹であるという実感が消えて行った…。

 心に湧き上がってきた思いを全て、思宮教授に説明するのは無理だ。浮かんでは消えて行く言葉を拾って、適当にまとめて話すしかないだろう。

 それでも、出来る限り正直に話した。

「もちろん、里奈も夢に出てきましたよ。仲良く過ごしている時のことだけでなく、喧嘩したり心の距離が離れたりした時のことなんかも…。」

 しかし、思宮教授の反応はオレの予想とは違い、前向きだった。

「それは大きな前進ですね。恐らく、里奈さんについての記憶と一緒に、関連するご家族の記憶も失われていたのかもしれません。」

 そう言えば、AM世界に両親も祖父も登場しなかった。オレが望めば登場したはずなのに。そして、それを不思議とも思わなかった…。

「『睡眠学習装置(改)』による記憶の修復は、うまく進んでいるようですね。時宮研の方が来て、記憶改善処置室で準備中です。そのうち呼び出されるので、処置室の前で待っててください。」


 オレは診察室を出て、処置室の前のイスに座った。あの日、オレの意識が戻ったのは、この記憶改善処置室だった。


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