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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.40. お葬式

 口をモグモグさせた4人の作戦会議は、傍目にはのどかそのものだっただろう。だが、このAM世界の命運は、この会議の結果で決まってしまうのだ。

 まず、高木さんがマップの動画で「侵蝕」の状況を説明した。続けてオレが4つの世界、すなわち「劉老子の世界」、「上泉先生の世界」、「フォンノイマン博士の世界」、そして「廃墟の街の世界」をマップと対応づけて説明した。

 そして、この「侵蝕」事件の容疑者をフォンノイマンと推定していると話すと、3人とも同意した。だが、オレが「フォンノイマン博士の世界」へ行って確認したいと言うと、賛成と反対が割れた。時宮准教授は賛成、高木さんと木田は反対。

 高木さんと木田の考えは、こうだった。

「わざわざ桜井君が『侵蝕』事件の核心に行かなくても、『フォンノイマン博士の世界』の領域を消去すれば良いと思うわ。」

「お前が『フォンノイマン博士の世界』へ行って、取り込まれてしまったら、この世界全体が終わってしまうんじゃないか?」

 2人の考えは分かるのだが、あの親切で陽気なフォンノイマンが本当に犯人なのか、イマイチ自信が無い。いずれにしても、フォンノイマンに会って直接確認したいと思ったのだ。

 結局、時宮准教授の一言で、議論の方向は定まった。

「『フォンノイマン博士の世界』を消去しても、本当にこの『侵蝕』が終わると言い切れるだろうか?本当にフォンノイマンがAM世界をハッキングしているのなら、彼が自分の世界に留まらないで、別の世界に転移することだって可能だろうさ。」

「では、どうするべきだと考えているんですか?」

と木田。

 木田の質問に対して、時宮准教授は結論を述べた。

「やはり、原因をはっきりさせないと、解決しない。…いや、そもそも解決したかどうかも分からんだろう?だから、桜井君には『フォンノイマンの世界』へ転移してもらわないと。」

 高木さんも、

「他には方法は無いんでしょうか?」

と、時宮准教授に再考を促したが、彼の考えは変わらなかった。

「無い…と思う。」

 そこで、オレは答えた。

「いいでしょう。年老いたフォンノイマンに会ってきます。」


 オレが再び仮眠室でつなぎに着替えている間にも、何やら議論していたようで、3人の声が聞こえた。そして、仮眠室から出ても、まだ議論は続いていた。

 高木さんが時宮准教授に尋ねていた。

「そもそも、あの周辺領域は何なんでしょう?」

「詳しくはわからない。だが、現実世界の桜井君の神経系の量子状態を模擬するように、この『睡眠学習装置(仮)』の全ての量子ビットが構成されている。だから、桜井君が意識していようがいまいが、そこには何らかの情報が書き込まれているはずだ…。」

時宮准教授は、高木さんの顔も見ずにボソボソ言葉を継いで行く。質問に答えているというより、独り言のようにも見える。

 だが、時宮准教授の独り言に、木田が反応した。

「そうだとすると、それを失った桜井は…?」

「そう…容易には思い出せない意識の奥深くにあった記憶を、桜井君は失ってしまったのかもしれない。だが、『睡眠学習装置(仮)』では、記憶はいくつもの量子ビットの量子状態が相互に干渉しあって成立している。だから、あるいは何かのきっかけで、消えたハズの記憶が蘇ることだってある…かもしれない。」

 時宮准教授のはっきりしない言葉に、木田は少しイラついて言った。

「さっきから、時宮先生は『かもしれない』ばかりですよ。」

「そりゃあそうだろう。世界初のAMである桜井君の記憶や意識なんて、まだ誰にも正確にはわからないんだから。それは、今は私の研究だけど、君たちの研究として引き継がれるかもしれないよ?」

 だよな。オレだって解らないんだから、この世界の時宮准教授だって解らないだろう。でも、現実世界の時宮准教授なら、あるいはこの問題の容疑者であるフォンノイマンなら、答えを知っているかもしれない。

 でも、もしフォンノイマンがオレを害して「睡眠学習装置(仮)」を乗っ取るつもりだったら、オレが「フォンノイマン博士の世界」へ行った時に帰さずに取り込むことだってできただろう。それをしなかったのは何故だ?…やはり、フォンノイマンに会わなければ。


 3人ともオレが仮眠室から戻って来たのに、気付かずに議論を続けている。なので、わざとらしく咳払いした。そして、言った。

「そろそろ、『フォンノイマン博士の世界』へ転移したいんですが。」

 3人が振り返る。そして、高木さんが「睡眠学習装置(仮)」の制御PCの前に座ると、時宮准教授と木田は現況のマップを示すディスプレイの前に陣取った。ここしばらく、自動オペレーションで「睡眠学習装置(仮)」で転移していたので、高木さんにオペレーションしてもらうのは久しぶりだ。

 オレがベッドで横になると、高木さんが声をかけてきた。

「桜井君、いいかな?」

「お願いします。」

すると、シェルが動いて、やがて真っ暗になった。

 そのまま、意識が真っ暗でコンソールしか存在しない世界に転移した。そこから「フォンノイマン博士の世界」へさらに転移しようとしたが、「時間同期設定エラー」が表示されてしまった。


 何故だろう?


 「フォンノイマン博士の世界」をAM世界よりも遅く設定しても、「時間同期設定エラー」が出続けた。「フォンノイマン博士の世界」をAM世界の1倍の速度に設定すると、ようやく転移できた。

 設定しながらも疑問が消えなかったが、転移している途中で「真っ暗でコンソールしか存在しない世界」へ戻ることはできない。バックアップしてくれているハズの時宮准教授、高木さん、そして木田を信じて、先へ進むしか無い…。


 目が覚めると、そこはプリンストン高等研究所の職員寮のベッドではなかった。なんと、ログインしたオレは立っていた。そして、行列に並んでいたのだ。その行列に並んだ人々は、皆、喪服だ…そしてオレも喪服を着ていた。

 天井には鮮やかな壁画、窓にはきらびやかなステンドグラス、シャンデリアが煌々と灯っている。行列の前方には、十字架にかけられた神の子が祀られている。すると、ここは教会なのだろうか?そして、その前に棺が安置されていた。オレが並んでいたのは、棺の中の人物に献花をしようとする人たちの列だったのだ。

 やがて、オレの順番が来た。前の人に続いて、オレも棺の前に立った。何も考えずに、ただただ身体が勝手に動いて献花した。そして、棺の中の人物の姿を見た。その人物はフォンノイマン。これは、フォンノイマンの葬列だ。


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