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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.39. ムーコ消失?

 オレはその後、高木さんに4つの世界の説明をした。容疑者と思える「フォンノイマン博士の世界」のフォンノイマンのことも。

 そして、意味があるかどうかわからないけど、「フォンノイマン博士の世界」の時間の進み方をAM世界の1000億分の1に設定した。これで、フォンノイマンが何か企んでいても、この世界への影響が大きくなる前に阻止できるハズだ。

 だが、「フォンノイマン博士の世界」の時間の進み方を設定した時に気付いた。このAM世界の時間の進み方が、いつの間にか現実世界の200分の1に設定されていて、オレの権限では変更不可能になっていたのだ。こんなことができるのは、現実世界の時宮准教授か高木さん位のハズだが、一体どうして…?

 気にはなるが、今は「フォンノイマン博士の世界」の時間の進み方がAM世界に対して相対的に遅ければ良い。そう気持ちを割り切って、高木さんと今後の方針を話し合った。

 高木さんの考えは、「先ずはこのAM世界の時宮准教授に相談してみてはどうか?」というものだった。それに、彼女のマップ作りを手伝ってきた、彼氏の木田の意見も聞いてみたいらしい。木田はオレにとっても親友だ。この2人を呼び出して作戦会議をすることで、意見が一致した。

 オレとしては、2人が来たらもう一度「フォンノイマン博士の世界」へ転移して、何が起こっているのか確認してみたいと思っていた。その間に、念のために高木さんに「睡眠学習装置(仮)」のオペレーションを頼みたいが、そのサポートにこの2人がいるのは心強い。


 高木さんが2人へ連絡している間に、オレは着替えるために、ムーコが寝ている仮眠室へ向かった。「睡眠学習装置装置(仮)」用のつなぎを着たままだったので、作戦会議…いやティータイムの前に着替えておきたかったのだ。

 だが、仮眠室に入ってまもなく、オレは信じられないものを見た。いや…見ることができなかったのだ。思わず絶叫した。

「えーっ!!!」

いや、「ギャー」って叫んでいたかもしれない。

 とにかく、オレの叫び声を聞きつけて、高木さんが走って来た。

「桜井君、一体どうしたの?」

オレは声も出せずに、ベッドを指差した。

そこには誰もいない…ムーコがいるハズなのに。

高木さんも絶句して、口を手で塞いだ。


 そのまま、どれほどの時間が経っただろう?気がつくと、時宮准教授の声が後ろから聞こえた。

「平山さんが消えたのか?」

 時宮准教授の声で我に返った高木さんは、うなずくと、虚な表情でおうむ返しに答えた。

「平山さんが消えました。」

そして、高木さんはオレを振り返ると、懸念を口にした。

「もしかすると、平山さんの領域が侵蝕されてしまったのかも…。」

 だが、時宮准教授は冷静だった。

「それは無いだろう。おそらく、平山さんや我々のようなAM世界で顔のある人は、現実世界の桜井君と良く接していたのだろう。だから、人工意識体の中心近くに容姿や人格を形成する記憶領域があるハズだ。だから、当面は侵蝕されないだろう。」

時宮准教授は、高木さんからの連絡で、今何が起こっているのかを推察したのだろうか?

 そこで、オレはストレートに疑問をぶつけた。

「それなら、どうしてムーコは消えてしまったんでしょうか?」

すると、時宮准教授は、今度は苦笑いをしながら答えた。

「わからん!」

 彼の無責任な回答に、オレはイラッとして言った。

「それじゃあ、さっき時宮先生が話したことだって、正しいかどうかわからないですね?」

「それは違うな。」

「どう違うんですか?」

少し感情的だったオレは、時宮准教授に食ってかかった。

 だが、現実世界の時宮准教授と同じように、AM世界の彼もそういう感情的な話はサラッとかわす。彼はゆっくりと、しかしはっきり言った。

「それは、平山さんが眠り続けたことと関係するのだろう。だが、今回の問題とは別だ。」

 時宮准教授の考えを辿ろうとするが、さっぱり掴めない。

「確か、現実世界の時宮准教授も、ムーコが眠り続ける原因はわからないけど、いずれ問題は解決すると言ってましたが…。」

「そう、その原因は私にもわからない。いや、私もそうだが、現実世界の私だって、全く原因がわからないわけじゃない…と思う。」

 オレが訝しんで時宮准教授を振り返ると、彼は断言した。

「根本的な原因ならはっきりしている。」

「それは一体どういうことですか?」

「AMの桜井君の心の問題ということさ。だって、この世界は君が無意識に創り上げたんじゃないか。何らかの理由で、君の心が眠り続ける平山さんを出現させ、そして平山さんを見失ったんだろう。」

 オレはムッとして反論した。

「でも、オレはムーコが眠り続けて欲しいと思ったことはありませんし、ましてや消えてしまうなんて…。」

「そう。どんな君の心の状態が、平山さんの眠り続ける状態や消失した状態を現出したのか?…そこが私にもわからない。」

「オレがムーコが元通りに現れることを期待すれば、彼女は戻って来るんでしょうか?」

「いや、桜井君はずっとそれを願っているだろう?それなのに、平山さんは戻って来ない。とすると…例えば君が、平山さんが眠り続ける夢を見たり、消失する夢を見たりして、AM世界で反映されてしまったとか?…これは憶測に過ぎないけどね。」

 夢か…。そういえばフォンノイマンは、予知夢を見る可能性を物理学の問題として証明した、って言ってた。現実世界のオレの意識とAMのオレの意識がエンタングルメントされて、現実世界のオレが見る未来のムーコの姿を見ているのではないかと。では、ムーコが消失したのは、現実世界でムーコが消えてしまうからなのだろうか?


 そこに、木田が現れた。

「この世界がハッキングされているんだって?この世界は、桜井の心が反映されたものなんだろう?どうにかならないのか?」

 そうだった。先ずは、このAM世界を防衛しなければならない。そうしないと、我々みんなが消えてしまいかねないし、ムーコも帰るところが無くなってしまうだろう。

 オレは両頬を両手で叩いて気合を入れると、3人に言った。

「甘いものが無いと、頭の回転が悪くなるので、お茶にしませんか?」

目で高木さんに訴えると、高木さんが言った。

「もう準備はできていたんですよ。紅茶が冷めないうちに、いただきましょう。」

研究室の応接テーブルには、いつものようにお茶菓子が並んでいた。


 こうして、作戦会議は始まった。


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