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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.36. 劉老師との立ち会い

 翌朝、オレの時間感覚では久しぶりに…でもこの世界での時間は僅か1日しか経っていないそうなのだが…教練場に来た。かつて、ここで劉老師に徹底的にしごかれた。幾度か修行をやめようと思った位、苛烈だった。今でもここに立つと、当時のことが思い出されて戦慄する。

 でも、他人と喧嘩して勝ったことすらなかったオレが、なんとか八極拳を習得できたのは、劉老師のおかげだ。今なら、あの時のオレにはあの厳しい修行が必要だったことが良くわかる。それに、ここで八極拳を習得できたから、その後も比較的スムーズに新陰流を習得できたんだと思う。


 やがて、教練場に隣接する闘技場で、その劉老師と対峙した。互いに獲物を自由に選んで立ち会うということだったが、結局2人とも素手だ。修行の最後の日の立ち合いでは、劉老師とほぼ対等に組み手ができた。…と言っても、勝負をつければ、4回に1度勝てるかどうかのレベルだった。

 相変わらず、劉老師にはオレが付け入る隙はない。だから、攻めあぐねて既に10分以上経過したが、ほとんど動けずにいた。劉老師はいつものように不動だ。基本的には下位の方から攻め込むのが礼儀だ。だから、オレから攻めなければいけない。


 このまま飛び込めば、たちどころに反撃されて終わりだ。そこで、これまでの戦闘経験を思い返してみた。「廃墟の街の世界」のグリムリーパキラーと戦った時も、今の状況と同様に、奴の射程に入れば即終了だった。それを回避して相手を倒すために、オレがやったことは何だったのか?…そうだ!

 オレが劉老師の間合いを外して、横へ一歩踏み出す…これはフェイント。だが、予想通り劉老師は不動のままだ。それを戻して、さらに別な方向へ踏み出すが、やはり不動だった。

 そんなオレに対して、今度は劉老師がジワリと間合いを詰めてくる。そこで、斜めに下がったが、劉老師はさらに真っ直ぐ詰めてきた。


 ここだ!


 グリムリーパキラーとの戦いでフェイントをかけ続けると、やがて奴はフェイントに反応しなくても良いと思うのか、イチイチ動かなくなった。そこで今度は、奴が動かないのを見越して、一気に大きく動くと対応できなくなって隙ができたのだ。

 劉老師はどうか?

 大きく横へ回りつつ、腰を落として脚を払った。だが、劉老師は体勢を崩しつつも、オレの脚をかわして飛び上がった。だが今度は、すぐにこの場所から動かないと、オレが降りてくる劉老師から蹴りを喰らうことになる。

 そこで、自ら転がりながら劉老師の着地点から離れた。だが、相手は劉老師だ。それだけでは終わらない。着地と同時に襲いかかってきた。


ダン!


震脚で地面が震える。来る。劉老子の得意技の猛虎硬爬山だ。

 劉老師の攻撃は猛烈に速く鋭く、とても1人が素手で攻撃しているようには感じられない。複数人の剣客に連携して攻撃されているようだ。こうなると、劉老師には勝てない…。

 そう思ってあきらめかけた時、ふとどこかで、腕の立つ剣客に囲まれて真剣で襲われたことがあったような気がした。…そうだ、「上泉先生の世界」でのことだ。あの時、どうやって生き残ったのか…意識の底で眠っていた記憶が浮かび上がってくる。

 後は、体が勝手に動いた。オレの体は、相手の攻撃を転じて無刀取をするように、劉老師の猛虎硬爬山をわずかな力で受け流して、そのまま攻撃に転じる。劉老子の左側後方から肘打ちを繰り出したが、今度は劉老師がギリギリで回避して、そのまま間合いを外した。

 攻防は終わった。これでまた向き合っても、睨み合いが続くだけだ。拳で語り合ったオレたちは、言葉を交わさなくても意思が通じ合う。お互いに距離を取ると、共に八極拳の礼の姿勢をとった。


 ここまでの動きを言葉にすると長くなったが、実際にはオレがフェイントをかけてからは一瞬のことだ。オレとしては、フェイントを外されたのは残念だが、こちらから仕掛けて負けなかったのは初めてだったのだ。この引き分けは、オレの善戦だったといえる。


 劉老師は柔和な表情を浮かべて、感想を語った。

「なるほど。昨夜話を聞いた『転』を体験できた。今の立ち会いは、ほとんど私の負けと言って良いだろう。あなたが相当に闘いの経験を積んできたのは、良く分かった。」

「ありがとうございました。」

 一方、フェイントについては少し厳しい評価だった。

「フェイントを仕掛けるのは良いが、仕掛けた側にも必ず隙が生じる。だから頼ってはいけない。」

「それでも、今回の立ち会いで真っ直ぐに劉老師に立ち向かえば、すぐに敗れてしまうと思ったんですが。」

「それは一理あるが、フェイントをかけると、相手にもさまざまな選択肢が生じる。だから、フェイントに対しての対応が、フェイントをかけた側にかえって混乱をもたらす可能性もある。」

 劉老子の言葉を聞きながら、グリムリーパキラーとの戦いを思い出した。そう言えば、奴の戦い方はやや単調だったような…。相手がAIじゃなくて人間だったら、こんなに単調な戦い方をするだろうか?

 いや、劉老師はAIだけど、予想もつかない戦い方をしてくる。もしかすると、「ウォーインザダークシティ」でのグリムリーパキラーとの戦いが短時間でデータが少なかったため、それを学習した「廃墟の街の世界」のグリムリーパキラーの動きが単純になってしまったのかも知れない。

 そんなことを考えながら、劉老師に答えた。

「ありがとうございます。フェイントは、もっと注意深く使うようにしたいと思います。」

「よしよし。それと、あなたの使った『転』という技、もっと磨かれると良いだろう。私の猛虎硬爬山に対して完璧に『転』で対応されていれば、あなたの勝利は確実だっただろう。」

「また来ます。その時までには、もっと技を磨いてきます。」

「ははは。その間に『転』の対応策を練っておくとするか。いや、私も『転』を使えるように修行して待っているぞ。」


 戦い終えたオレは、軍事顧問の寮の自室に戻ると、「劉老子の世界」からログアウトした。ログアウトしながら、頭のどこかで、オレが「劉老子の世界」に来た理由を思い出そうとした。しかし、それを思い出せないうちに、真っ暗でコンソールしか見えない世界に意識が転移してしまった。

 さて、どうしよう?少し考えたが、劉老師に言われたように、もっと「転」を磨かなければならない。そう思ったオレは、「上泉先生の世界」に転移することにした。


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