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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.34. Integral Computing Powers Co., Ltd.

 「廃墟の街の世界」をAM世界の1万倍で時間が進むように設定していたから、これだけ訓練してAM世界に戻ってきても、まだ午後3時。そろそろ皆が集まってくる時間だ。

 今日も昨日の反省会の続きになるのか、それとも、新庄あたりがバトルロイヤルの結果を知らせてくれるかもしれない。あるいは、再戦の準備か?

 高木さんは、そんなこととは関係なく、いつものようにティータイムの準備をしている。


 そんな午後のひと時、携帯端末に通知がきた。何だろう?そう思って手に取ってみると、センチネルをトラップするための罠「センチネルキャプチャー」からだった。捕獲したセンチネルが、「高坂和巳」の情報を取り込んでいたらしい。

 センチネルキャプチャーはオレの家で稼働し、外からのアクセスは遮断している。まもなく始まる高木さんのお茶会に参加できないのは残念だけど、こうなったら一刻も早く家に帰って、「高坂和巳」の情報を知りたい。


 家に戻ると、とにかく急いでPCの電源を入れ、起動するとセンチネルキャプチャーに接続した。それで早速、捕まえたセンチネルから情報を抜き取る。


 センチネルは、何故か登記情報データから、高坂和巳の情報を取り込んでいた。なんと、住所不定無職で金融機関のブラックリストに載っていた高坂和巳は、2年前までIntegral Computing Powersという会社の社長だったのだ。ICPと言えばシステム開発で名の知れた会社だったが、突然大きなトラブルを連発して、倒産してしまった。

 センチネルは、ありし日のICPの登記情報を取り込んでいたのだが、そこには聞いたことのある名前もあった。平山(ひらやま)龍生(たつお)。オレのバイト先である()()()()()()と、共同で「リアライズエンジン」を開発した、レゾナンスの社長だ。この登記情報によると、平山龍生のICPでの立場は社外取締役だ。

 ふと思いついて、かつてのICPの役職員名簿をダークウェブから探し出して、今のレゾナンスの名簿と並べてみた。かつてのICPの経理部長、品質管理部門の副部長、幾人もの開発チームリーダーやサブリーダーが、今やレゾナンスの重要な役職についている。

 ICPの社内行事の写真も見つけたので、ざっと眺めてみた。ここにもオレが知っている顔があった…八神圭伍だ。彼はかつてICPにいたのか。ただし、写真に写った彼は若い。入社したばかりだったのかも知れない。

 この人たちは、ICPが倒産してレゾナンスに拾ってもらったのだろうか?そうだとすると、平山龍生は彼らにとって恩人といっても良いかも知れない。それに、高坂和巳にとってもありがたい申し出だったに違いないが…、彼自身は捨てられたとも言える。


 そんなことを考えながら写真を眺めていくと、平山龍生の姿もあった。そして、その隣に2人の少女が写っている。高校生くらいだろうか?1人の少女は平山龍生と目付きが、もう1人の少女は鼻筋が似ている。きっと、2人の少女は平山龍生の娘なのだろう。

 待てよ。この2人の少女は、見覚えのある姉妹によく似ている。ムーコと平山現咲だ。ふと、現実世界のムーコから来たメールに書かれていたことを思い出した。ムーコの父親はベンチャー企業を経営しているのだと。

 それに、ムーコたち姉妹の苗字は平山ではないか。ムーコ…平山美夢はきっと、いや間違いなく、平山龍生の娘だ。

 

 だとすると、2つ疑問がある。1つは、何故ムーコは高坂和巳に襲われたのか?もう1つは、社長令嬢であるムーコが、何故、父親の会社であるレゾナンス社員の八神圭伍にストーキングされたのか?だ。


 オレは何か誤解しているのだろうか?


 あの事件の時のことを思い返した。ドローンの映像と音、それにその直前に見た予知夢だ。考えてみれば、ドローンの映像を見始めた時には、すでに事件は始まっていたのだ。

 予知夢では、静かだった八神圭伍が突然真剣な声で叫び出した。その声でムーコのドローンが起動して、AM世界のオレに警報を送ってきた。その後は、ドローンに映し出されたように、八神圭伍から逃げ出したムーコと追いかけたオレが高坂和巳に襲われた。

 あの時、オレは逃げ出したムーコに追いついてから、大型ドローンの存在に気づいた。だが、八神圭伍はオレと話していた時に、大型ドローンに気づいていたのではないか?だから、急にオレとムーコに自分の車に乗るように叫んだ…とすれば矛盾は無い。

 とすると、八神圭伍はムーコの敵では無かったのか?何故、八神圭伍は、大型ドローンを見てすぐに逃げるように言って来たのか?それに、八神圭伍がムーコを尾行していたのは何故か?

 もしかすると、八神圭伍はむしろムーコを危険から守ろうとしていたのか?それに、大型ドローンの正体にも勘づいていたのだろうか…?


 疑問が次々に湧き出してきて、思考が霧に閉ざされて何も分からなくなっていく。考えてみれば、オレは高坂和巳のことも八神圭伍のことも、よく知らない。それどころか、平山美夢…ムーコのことですら、知っているつもりで何も知らなかった。…そんな気がしてきた。

 ふと、八神圭伍がかつて高坂和巳の会社であるICPに所属していたことを思い出した。そうだ、八神圭伍は高坂和巳を知っている。高坂和巳が平山龍生に恩でなく害意を持っているとすれば、八神圭伍がその事情を知っていても不思議ではない。

 そう言えば、ムーコはこんなことをメールに書いていた。

「母は異常なまでのリアリストになり、そのメガネにかなった父と結婚した。」

と。そんなムーコのメールを読み、背筋が冷たくなるのを感じたことを思い出した。

 平山龍生が、ICPの屋台骨だった人たちを、次々と引き抜いたとしたら?その結果、ICPが突然大きなトラブルを連発して、倒産したとしたら?高坂和巳の会社であったICPは平山龍生に「喰われ」、高坂和巳は家族を失い、住む場所すら失った…。

 高坂和巳は、平山龍生を恨んでいるだろう。だから、ムーコの誘拐を企んだのだろうか?身代金と怨恨のために…。

もしかすると、ムーコの姉の平山現咲も狙われたことがあったのだろう。八神圭伍はリア子こと平山現咲と親しそうだったから、事情を良く知っていたのかも知れない。

 そして、あの大型ドローンを狙撃した者は、高坂和巳の仲間なのだろうか?「ウォーインザダークシティ」の経験から、あれはプロの仕業のような気がする。それも、グリムリーパキラー並の相当な手練れだ。それに、戦い方も似ている。「グリムリーパキラー並」というよりも、もしかすると同一人物の可能性もあるだろう。


 だが、これらは全て推論に過ぎない。結局、オレは何も知らないまま首を突っ込んだ道化だ。それでも、少しでも真実を知りたいと思ったオレは、平山龍生、八神圭伍、平山現咲、それに平山美夢の名前を対象に追加したセンチネルを、新たに解き放った。

 すると、すぐにセンチネルキャプチャーから、新たな通知が来た。どうやら、平山美夢…ムーコの情報を喰ってきたらしい。

 早速、情報の出所を確認すると、オレのPCとなっている。訝しみつつ内容を見ると…一糸纏わぬムーコの艶姿の画像が何枚も…。これらは…事件前に現実世界のムーコから送られて来た画像だ。

 オレは思考が停止した。それでも我に返ると、オレのPCからは情報を喰らわないようにセンチネルの設定を変えて、再度解き放った。

 現実世界のムーコのイタズラのせいで、オレは彼女の見た目ならば隅々まで見ることができる。それなのに、彼女が何を考えていたのか、解らないことばかりだ。ましてや、彼女の内面は霧がかかって何も見えていない…そんな気がした。


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