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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.32. 作戦会議

 それから2日が過ぎて、今日は水曜日。商人ギルドの集会が開催されるハズの日だ。午後4時には、今回のミッションに参加する新庄、小鳥遊、川辺、オレ、それに高木さんと木田が、時宮研究室に集結していた。そしてその目的は、今日のミッションのための作戦会議だった。

 だが、その雰囲気は暗殺という殺伐としたミッションに相応しく無く、少し遅めのティータイムといった感じだ。いくら新庄が「マクミラン隊長」であり続けようとしても、ここの「ボス」が醸し出す「のんびりした、ほのぼのとした空気」を微塵も変えることはできないまま、いつもの新庄になっていった。

 そうなると、話題はおのずと作戦会議から脱線していく。「ボス」は、誰かのティーカップが空になると、紅茶を注いでくれる。そして、今日の茶菓も「ボス」すなわち高木さんの提供だ。

 皆がまったりして過ごす中、高木さんが小さいが落ち着いた声でオレに言った。

「私たちの所には、現実世界から何の連絡もなかったわ。それに、私たちが知る限り、このAM世界には何の変化もないわ。平山さんの状況もね。桜井君の所には、何か連絡来た?」

高木さんの言う「私たち」とは、高木さんと木田のことだろう。

 オレは首を振った。


 この2日間、ほとんど「廃墟の街の世界」で過ごした。最初のうちは、ルーミー1人と戦っても30分も経たないうちに殺されてしまった。

 「ウォーインザダークシティ」でルーミーと最初に戦った時、彼女1人となら勝てそうだと思ったのは、オレの勘違いだったのだ。「廃墟の街の世界」でも、あの時と同じような状況になった。ところが、通路で待ち伏せしていたオレは、素早く室内から出てきたルーミーに対応できずに瞬殺されてしまったのだ。

 それでも、AM世界の1万倍で時間が進むように設定した「廃墟の街の世界」では、時間は無限にあった。だから、殺されて強制的ログアウトされても、すぐに「廃墟の街の世界」に戻った。そして、また戦って殺された…。その次も、そのまた次も…。

 だが、こうして戦っているうちに、戦いに定石のようなものがあることに気づいた。そして、知恵比べ、技比べを続けて、50回戦目位でそうやくルーミーを倒した。

 その次は、ハインツも敵に設定した。やはり最初は、ハインツの動きが読めず、「廃墟の街の世界」に戻ると殺された。しかし、今度は20回位戦うと勝てるようになった。

 その後は、敵であるルーミーとハインツの数を増やしていった。こうしてルーミーとハインツを5人ずつにして、全部で10人を同時に相手にしても勝てるようになったのは、今日の昼頃のことだった。

 そんな状況でも、現実世界からの連絡はできる限り確認してきた。だが、現実世界のオレからは何の連絡も来ない。現実世界では、オレもムーコも軽傷で、大した問題にならなかったのだろうか?それなら、AM世界のこのオレに、状況説明やお礼やら言ってきてくれても良いと思うのだが。…当時のオレはそう思っていた。


 脱線しまくりの作戦会議だったが、ついに午後5時を回った。7時から商人ギルドの集会が始まるとすれば、恐らく、もっと早い時間からバトルロイヤルが始まることだろう。すると、遅くとも6時半には各自の持ち場で待機することになる。

 オレ以外のメンバー3人は帰宅に時間がかかるから、5時半には研究室から出なければならない。まともに話し合える時間は、あと30分くらいしかない。

 少し焦った小鳥遊が、研究室の大型ディスプレイに「ウォーインザダークシティ」のマップを表示した。すると、脱線しがちだった皆が…いや、この戦いに関係の無い木田と高木さんまでが、作戦会議に加わってきた。

 次第に乗ってきた新庄が、ついに「マクミラン隊長」モードに変わった。

「それで、ワシとルーキーはこの地点を目指す。」

「その場所なら、この地点から狙われそうだけど、大丈夫?」

って、これは高木さんのご意見だ。

 すると新庄が応えた。

「その地点は、ここにいるシグルドリーヴァから弾丸の雨を降らせることができる。」

木田がそれを聞いて感心した。

「なるほどねえ。さすが、新庄は隊長なんだなあ。」

 でも地図を見ると、こちらの地点の方が、商人ギルドの集会が行われる商館を見渡すことができるのではないか?そう思って新庄に尋ねると、

「シグルドリーヴァと決めたこの狙撃地点は、商館自体は見渡せないが、商館へ出入りする者が確実に通るこの地点を狙撃できるのだ。」

と退けられた。

 そこに、シグルドリーヴァこと小鳥遊も意見を言ってきた。

「それにね、桜井君の指した地点は、バトルロイヤルの真っ只中よ。きっと、どの商人の配下もその地点の確保を狙ってくるわ。そうしたら、何回死んでもキリがないわ。」

なるほど。狙撃しやすいから良いとは限らないのか…。


 ふと時計を見ると、時刻は5時半を回った。ログイン後に噴水前に集合することを決めると作戦会議は終了して、新庄、小鳥遊、それに川辺はそれぞれの自宅へ帰って行った。そろそろ戦闘準備だ。


 お茶会が終わった後、高木さんは研究を始めた。そう、AM世界の高木さんは、現実世界でもそうしていたように、椅子に腰掛けてARグラスを装着して手を動かしている。現実世界の高木さんの研究テーマは、「睡眠学習装置(仮)」で人工意識体(Artificial Mind: AM)を創ることだった。だから、この世界の高木さんも、AMが動作している「睡眠学習装置(仮)」を研究しているのだろう。

 木田も、その隣の椅子で、高木さんと同じようにARグラスを装着している。時折、高木さんが、

「その量子ビットを、このグループと関連づけて。」

とか、

「このグループを、ここからここまでで分割して。」

などと言うと、木田は、

「了解。」

と応えてその手が動く。

 この「睡眠学習装置(仮)」はキュビットがアニーリングにより別な状態に遷移する過程が、現実世界のオレの心の動きを模擬するように設定したものだ。だから、通常のゲート型の量子コンピュータとは違って、プログラムと呼べるものはない。いや、このオレ自身の心が「プログラム」だと言って良いのかも知れない。

 だから、「睡眠学習装置(仮)」のキュビットをマッピングすると言うことは、オレ自身の心を可視化しているのだ。でも、かのチューリングが証明したように、システム内で自らの整合性は証明できない。

 だけど、高木さんが何を見ているのか、気になってきた。いや、現実世界の高木さんは、このAM世界を創り上げている「睡眠学習装置(仮)」を「観測」しているに違いない。それも、システム外からだ。外部から見た「オレの心」は、どのように変化しているのだろう?


 でも、今オレがすべきことは、AM世界の「睡眠学習装置(仮)」を使って、ゲートで「ウォーインザダークシティ」にログインすることだ。ARグラスをかけて集中している高木さんと木田には構わず、「睡眠学習装置(仮)」のベッドで横たわると、自動オペレーションシーケンスを起動させた。


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