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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.29. スナイプナビ

 シグルドリーヴァは、蘇ると言った。

「ちょっと反応し過ぎたかしら?」

意外に冷静なので、今度はオレの方が呆気にとられた。

 待てよ、…そうか。キャラクター「シグルドリーヴァ」は、AM世界の小鳥遊に操作されている存在だ。だから小鳥遊が、

「大笑いし過ぎて、身動きが取れない」

という状態を「シグルドリーヴァ」というキャラに設定したから、こうなったのかもしれない。

 いずれにしても、本番で「スナイプナビ」を使うのはオレだ。シグルドリーヴァがまともに使えないのなら、彼女から教われないだろう。今ここで装着して、直接ディアナから使い方を教わらないと。

 そこで、シグルドリーヴァに頼んだ。

「今度はオレに使わせてもらえませんか?」

「良いわよ。」

彼女は快諾してくれた。


 早速、メガネ型のディスプレイを装着してみる。

「ウォー!!」

オレもシグルドリーヴァと同じ言葉を口走りそうになったが、グッと堪えた。何と言ったら良いのか…。世界がまるっと見えたような気がした。だが、その世界は何かおかしい。

 見えているものは恐らく、「スナイプナビ」のシステムがコントロールしているドローンからの映像や、「ウォーインザダークシティ」の世界にあるとされる偵察衛星の画像、各所にある監視カメラの画像、などだ。それらが、システムによって次々と切り替えられていく。

 そして、それぞれの画像には異なるラグがあるので、それぞれの映像の時刻は微妙に、だけど全部異なる。これらの映像を見ながら、標的に集中して着弾点を見定めるのは、かなり難しいだろう。

 なるほど、これならワンオペのスナイパーは、余程の経験者じゃないと難しいだろう。


 それはさておき、

「これをどうやって使いこなせば良いのだろう?」

オレは、心に浮かんだことを、つい口に出してしまったらしい。ディアナがオレの言葉に反応した。

「使いこなす?それは無理ね。」

「どうしてですか?」

「『スナイプナビ』っていうのは、言ってみれば、一つの世界なのよ。なにしろ、監視カメラも衛星もドローンも、毎日増えているから。『スナイプナビ』が扱うデータは毎日増え続けて、全貌は今や誰にもわからないらしいわ。だからユーザーにできるのは、本人にとって使えそうな画像や情報を探し出して、それを固定して使うだけなの。それが本当に利用者にとって良い情報になるかどうかは、運次第ね。」

 それは、ある意味凄いと素直に思った。

 あの現実世界の事件で、確かにオレとムーコが攫われるのは阻止できた。だが…今も2人の意識は戻っていない。もしもあの時、監視カメラ画像などもうまく利用できていれば…襲撃者の先手をとれたかもしれない。

 そうすれば、現実世界のオレとムーコは無傷でいられただろうか?強引にでも使える情報は全部確保して、そこから必要な情報を抽出するべきだった。

 そうか、この「スナイプナビ」に欠けているのは、情報を抽出する機能だ。だけど、それを人力でやるのは無理だから、プログラムで処理したい。と言っても、「スナイプナビ」はオンラインゲーム「ウォーインザダークシティ」のアイテムの一つに過ぎない。これをゲーム管理者でも無いオレが変更するのは無理か?

 そんなことを考えながら、「スナイプナビ」に浸って次々と切り替わる映像を見ているうちに、映像を自分の意思で切り替える方法が分かった。視線で制御出来るようだ。

 それに、映像の切り替えだけでなく、映像の焦点距離や歪み、波長特性なんかも変更できる。まあ、コツはあるみたいだけど、なかなか面白い。

 ふと、目の前のディアナをドローンのカメラで映し出してみた。彼女はあまり目立たないが、清楚な感じのする綺麗なお姉さんだ。が、それだけに、うまく歪ませると…変顔のディアナに吹き出した。

 なるほど、さっきシグルドリーヴァが吹き出していたのは、こういうことだったのか。こんな機能は「スナイプナビ」には不用かも…。


 結局、マシンガンのIARに続いて、「スナイプナビ」もシグルドリーヴァに買ってもらった。彼女の顔が少し引き攣っているように見えるのは、気のせいだろうか?それとも、「リアライズエンジン(改)」の補正の効果か?

 ゲームの世界ではあるが、きっと結構な金額だったのだろう。AM世界に戻ったら、もう何でも、小鳥遊の言うがままに奢ってあげよう。AM世界の中なら、オレは絶対に金欠にならないけど、ここではルーキーの貧乏人だ。


 次にシグルドリーヴァに連れて行かれた先は、訓練施設だった。「ウォーインザダークシティ」は、テロリストや治安部隊が都市の中で戦う、シミュレーションゲームだ。だから、新規のゲーム参加者向けに、チュートリアルができる訓練施設があったらしい。


 ガタイの良い男が、施設の受付をしていた。

「ハインツ、お久しぶり。」

何のことはない、彼もシグルドリーヴァの顔見知りのようだ。

「お久しぶりです、シグルドリーヴァ様。」

「ルーキーを連れてきたから、鍛えて欲しいんだけど?」

「良いですよ。それで、何を叩き込みましょうか?」

 彼女は少し首を傾げて答えた。

「そうね、マシンガンを持たせてスナイパーの護衛をさせる予定なんだけど…。」

「それなら、ライトマシンガン用の最初のチュートリアルと、『廃墟でのサバイバル』なんていかがでしょう?」

「良いわね、よろしく頼みますわ。」

 シグルドリーヴァは、そう答えて代金を払うと、オレにも一言告げた。

「これも、AM世界で借りを返してね。期待しているわ。」

オレが頷くと、

「それじゃ、私はそろそろログアウトするから。」

と言って、去って行った。


 残されたオレに、ハインツが言った。

「名前は?」

「ルーキー31号です。」

「マシンガンは使えるか?」

「さっき買って、初めて試射しました。」

 ハインツは頷くと、ついて来るように言った。そして、5分くらい歩くと振り返った。

「マガジンを装着しないで、銃床を肩に当てて構えてみろ。」

そう言われて、IARを構えながら前方を眺めた。

 先ほどの武器屋の試射場に似て、目の前が開けていて遠くまで見通しが良い。試射場との違いは、マトが至る所にあって、マトの下に数字が記されていることだ。

 ハインツに構え方を直されたが、そのうち、いきなり銃床を強く当てられて後ろに転がった。

「これ位の力で体勢が崩れるようじゃダメだ。事故を起こすぞ!」

見た目通り、ハインツは鬼軍曹だった。

 その後も、何度か転がされたが、徐々に銃床から加わる力の向きがわかってきた。そうなると、こちらもハインツが加える力に対抗できるようになって来て、転がらずに耐えられるようになった。

 一時間もそんなことを続けた後で、ようやくマガジンの装着が許された。最初に射つように指示されたマトは10m位の所にあったが、教わる前とは違って構え方が良くなったためか、数発打つだけで破壊できた。その後は、徐々に遠くのマトを狙うように指示され、仕舞いには200mと記されたマトも余裕で撃ち抜けるようになった。


 それを見たハインツは、トランシーバに何かを告げた。すると、数機のドローンが遥か彼方から近づいてきた。

「今日、最後のミッションだ。ドローンもお前を攻撃してくるから、その前に破壊しろ!」

 ドローンが遠くにあるうちは、ドローンを狙っても容易にかわされてしまった。一方、ドローンからも何か射出されたが、オレのところまでは届かない。

 だが、ドローンは不規則な動きをしつつ、近づいてくる。その間に、オレは低く伏せつつIARのマガジンを交換した。

 ドローンから射出された何かが、オレの前方数mの所に達した時、ついにオレの射撃がドローンを破壊した。2つの回転翼を失ったドローンが落下したのは、オレの前方100m位のところだった。

 前方数メートルの所に落ちていたドローンから射出された物体を拾い上げて見ると、それは着色剤入りのプラスチック弾だった。それが当たっていれば、「模擬戦」としてはオレの敗北だったのだ。かろうじてだが、今日の卒業試験である「模擬戦」に、オレは勝つことができたらしい。


 ハインツは言った。

「今日はこれまで。明日も朝イチで来い。ここは朝9時から営業開始だ。」

 短時間でここまで鍛えてくれたハインツには感謝だ。それに、明日マクミラン隊長とシグルドリーヴァは、狙撃地点の調査だったハズだ。オレはグリムリーパの手伝いをするようにも言われてないし、明日もハインツに鍛えてもらうのが良いだろう。

 そこでオレは、

「了解。」

とハインツに敬礼すると、訓練施設を出た。


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