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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.28. 郊外の一軒家

 自動運転のタクシーが停車すると、シグルドリーヴァが振り返って言った。

「着いたわよ。」

そう言われても、郊外の一軒家にしか見えない。こんな所に何があるのだろうか?

 彼女はドアの前までつかつか歩いていくと、不思議なノックをした。

 

コンココンコンココンココン


すると、しばらくしてインターホンから女性の声がした。

「ようこそ、シグルドリーヴァ様。」

 オレは困惑しつつ、シグルドリーヴァに尋ねた。

「ここは何ですか?」

すると、シグルドリーヴァの代わりに、インターホンの声がオレの質問に答えた。

「ここは、上級者の中でも選ばれた方々のための、会員制の武器屋です。」

 シグルドリーヴァはオレに言った。

「入るわよ。」

「はい。」

オレはシグルドリーヴァに言われた通り、ついて行った。


 一軒家の中に入るとすぐにカウンターがあり、建物の大きさから想像していた以上に、ずっと狭く感じた。なんとなく、現実世界の小さい郵便局や調剤薬局みたいな雰囲気だ。恐らく、カウンターの奥に沢山の武器や弾薬があるのだろう。

 シグルドリーヴァが、カウンターの後ろにいる女性の店員に話しかけた。

「こんにちは、ディアナちゃん。」

「こんにちは、シグルドリーヴァ様。今日はどんなご用事ですか?」

「このルーキー君にね、ライトマシンガンとスナイプナビを見繕ってあげようと思ってね。」

 金髪でスタイルの良いディアナの視線が、オレの方を向いた。

「ルーキー君のお名前は?」

「だから、ルーキー君だってば。」

シグルドリーヴァはそう答えたが、ディアナは納得していないようだ。

 そこで、自己紹介することにした。

「オレはルーキー31号と申します。」

「本当にルーキー君なんだ。面白い人ね、そんなキャラ名にするなんて。で、ルーキー君のレベルは?」

「ルーキーだから、まだレベル1です。多分、オレ1人なら、ここに入る資格も無いと思いますよ。」

「そうね。でも、シグルドリーヴァ様のお連れということなら、喜んで取引させていただきますわ。」

 そう言われても、オレにはここで何を買って良いのか、さっぱりわからない。そもそも、ログイン後間も無いオレにはお金が無い。こんな上級者用の武器屋で購入できるモノなんて、あるんだろうか?

 そんな訳で、ディアナのありがたいお言葉にも、オレは狼狽えるばかりだ。そんなオレをよそに、シグルドリーヴァはディアナに問いかけた。

「ライトマシンガンは、『ウォーインザダークシティ』の固有武器じゃなくて、リアルワールドにも存在する初心者向けのものを探しているの。」

 ディアナは少しムッとして答えた。

「ご存知のように、ここには『初心者向け』の武器はありません。」

どうなるかとハラハラしたが、彼女はすぐに「店員モード」に戻った。

「でも、『初心者でも使える』武器なら色々ございますわよ。」

 そう言って、一度カウンターの奥へ消えて再び現れた彼女は、2丁のマシンガンを持って現れた。

「ライトマシンガンとしては、IARなんてどうでしょう?『戦争』じゃなくて『戦闘』なら、これくらいかなあと。」

「精度が良くて、500m位なら攻撃できるヤツね。それで、もう一つは?」

「こっちは、サブマシンガンですわ。PDWも良いかなって。」

「ライフル弾を使った貫通力重視のヤツか…悩むわ。よしっ、両方とも試射するわよ。」


 そう言ったシグルドリーヴァは、オレの手を掴むと、入ってきたドアとは別のドアを開けて外に出た。すると、眼前に深い谷が拡がっていた。後ろから、ディアナが2丁のマシンガンを持って、ついてきた。

 シグルドリーヴァはそのうちの1丁を受け取ると、

「ルーキー君、実演してあげるから見てなさい。」

と言って、架台に設置しマガジンを装着すると、谷に向けて撃った。


ガガガガガン


遠くで土煙が舞い上がった。


 すると、ディアナはもう1丁のマシンガンをオレに渡して言った。

「こちらは、サブマシンガンのPDWよ。操作は、今、シグルドリーヴァ様がしていたのとほとんど同じよ。だけど、架台が無いので、こうやって銃床を肩に当てて撃つのよ。ちゃんとした姿勢で撃たないと、反動で危ないことになるわ。」

 受け取ったPDWはズシリと重かった。見た目では、シグルドリーヴァが手にしているIARの方がもっと重そうだったが。2丁を持ち歩いたディアナは、実は結構筋肉質なのだろうか?

 いや、単に「ディアナ」というNPCが、仕事をしただけなのかもしれない。「シグルドリーヴァ」でさえ、小鳥遊のゲームコンソールの操作を反映して動いているだけなのだから。このプログラムで構築され、計算された数値で決定される世界を、「体感」しているのは多分オレだけだ。


 今しがた見た、シグルドリーヴァの操作を真似して、カートリッジを装着して銃床を肩に当てて構えると、ゆっくり引き金を引く。


ドドドドドッ


 肩に凄まじい反動の力が加わったが、それに耐えて引き金にかけた指を戻した。オレにも撃てた。撃つだけならなんとかなりそうだ。だが、狙った場所に当てられる自信はない。「敵」に当たる保証が無いどころか、今のままだと「味方」に当てない保証すら無い。

 結局、両方持ってみてあまり重量が変わらないのと、射程距離がIARの方が長いので、IARを選んだ。お金は…とりあえずシグルドリーヴァが出してくれた。AM世界で小鳥遊に何か奢るという条件付きではあるが…。


 次は、「スナイプナビ」だ。と言っても、名前を聞いた時点では、「スナイプナビ」が何なのかさっぱり分からなかった。だが、ディアナが持ってきたものを見て、即座に理解できた。

 ディアナが持ってきたものは、小型のドローンとメガネ型のコントローラ兼ディスプレイのセットだった。それは、現実世界のオレがムーコを守るために仕込んだシステムを、攻撃用に作り替えたようなものだろう。だから「スナイプナビ」が何なのか分かった気がするが、ここは素直に、ディアナとシグルドリーヴァの話を聞くことにした。

 でも、シグルドリーヴァは「スナイプナビ」を全く知らなかったし、これが何なのかも理解していなかった。

「ディアナちゃん、これってどう使うの?」

「まず、これをかけてみて。」

ディアナがメガネ型のディスプレイを、シグルドリーヴァに手渡した。

 すると、シグルドリーヴァは叫んだ。

「見える。見えるわよー!」

「え、何が?」

シグルドリーヴァに尋ねても、何も答えてくれない。そこで、ディアナの方に視線をやったのだが、彼女も呆気に取られてオレの視線に気がつかない。…どうしたものか。

 そうだ、恐らくあのディスプレイには、ドローンが撮る映像も映されているハズだ。そこで、オレはドローンを持ち上げて裏返すと、カメラに貼られた保護シールを剥がして、変顔しつつ覗き込んだ。

「ぶひゃー!」

吹き出したシグルドリーヴァは、そのまま座り込んで腹を抱えて笑い出した。何が見えているのか尋ねても、全く反応がない。


 オレの変顔がそこまで面白いとは思えないのだが…。一体、あのメガネ型ディスプレイにはどんな映像が映し出されたのか気になったが、シグルドリーヴァが復活するには少し時間が必要だった。


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