3.27. スポッター
ようやく4人揃うと、マクミラン隊長はバーの店員に個室を案内させ、皆が席につくと説明を始めた。
「今回のクエストは要人の暗殺だ。そのために、シグルドリーヴァには情報収集と対象の監視、グリムリーパにはその補助を頼む。ルーキーはスポッターだ。作戦行動が始まったらワシと行動を共にするが、それまでに装備を整えておくように。」
すると、シグルドリーヴァが尋ねた。
「対象は誰なの?」
「この街最大の商人、バサーニオだ。いつも10人位の手練が周りを固めている。それに、彼自身が危険が無いと考えているらしい、決まった場所にしか現れない。」
マクミランの話し方は無骨で、このキャラに良く似合っている。だけど、考えてみれば女子大生の新庄の話し方にもよく似ている。流石に現実世界やAM世界の彼女は、自分自身のことを「ワシ」とは言わないけれど。
シグルドリーヴァは納得した顔で答えた。
「だから、狙撃するのね。」
「そうだ。ワシ自身が狙撃する。それで、ルーキーにスポッターをさせて、彼の問題に対応できるように鍛えてやろうと思う。」
そう言って、オレの方を見た。
オレは少し困惑していた。オレの役割らしい「スポッター」って何だ?そこで隊長に尋ねた。
「マクミラン隊長、スポッターって何ですか?」
マクミランは少し呆れた顔で、シグルドリーヴァの方を見た。すると、シグルドリーヴァが代わりに教えてくれた。
「スポッターって言うのは、観測者のことですわ。」
オレたちの隊で紅一点のシグルドリーヴァは、あの小鳥遊のキャラとは思えないようなフェミニンなキャラだ。それに、噴水で見かけた時にはコミュ障だと思ったのに、そうでも無いらしい。
オレは、そのシグルドリーヴァに向き直って、尋ねた。
「えっと、『観測者』って、確定しない量子状態を確定させる存在のことですか?狙撃と量子力学と、どんな関係があるんでしょう?」
マクミランとシグルドリーヴァが固まった。一瞬、ゲームかゲートがバグったか、時間が止まったかと思った。だが、グリムリーパは、固まったマクミランとシグルドリーヴァの顔をしげしげと見ながら、歩き回っている。それに、バーにいる他のキャラクターも止まらず、動いているようだ。
グリムリーパがシグルドリーヴァのフェミニンな造形に魅せられて掌を頬に当てた時、彼女は覚醒した。その彼女が即実行したのは、平手打ちだった。
新米でレベル1のオレやグリムリーパとは異なり、既にレベルがかなり上がっているであろう、彼女の本気の平手打ち。その一撃で、グリムリーパはバーの外、はるか遠くへ飛ばされてしまった。よくギャグ漫画に出てくるあのシーンだ。キラッと光って、お星様になるヤツ。マクミラン隊長がグリムリーパを殴った時には、かなり抑制したのだろう。
まだ固まったまま動かないマクミランと、遠くに飛ばされて戻ってこないグリムリーパをよそに、シグルドリーヴァが狙撃について説明してくれた。
「ルーキー君、スナイパーって単独で行動して一撃必殺だと思っていない?」
「ドラマで見るスナイパーって、そんな感じじゃないですか?」
相手は小鳥遊のハズなのに、何故か敬語になってしまう。
「まあね。でも、そう言うのって大体警察の特殊部隊の話よね?」
言われてみれば、そうかもしれない。いや、そうじゃないケースもあるかもしれないが…。
シグルドリーヴァは話を続けた。
「警察のスナイパーは短距離、そうね…100m位離れたところから2cm程度の誤差で、一発必中させると言われているわ。それに対して、軍隊のスナイパーは遠いと2km位離れたところから標的を狙うの。だから、初弾が外れることはよくあるのよ。1発目を外してもすぐに2発目3発目を放って確実に敵を仕留める。」
そう言って、銃でオレを撃つようなフリをした。
だが、まだスポッターの話題は出てこない。シグルドリーヴァがまだ話を続けてくれそうなので、黙って聞き続けた。
「スポッターの役割は、スナイパーが狙撃に集中できるようにすることね。まあ、主には周囲の状況把握とか近づいて来る敵の排除かな?」
「観測者っていうからには、着弾地点の観測もするんですか?」
「元々、そうだったんでしょうね。でも、今ではスポッター役が機関銃を持ってスナイパーを護衛するのは当たり前になってますわよ。」
その言葉を聞きながら、現実世界で大型ドローンが撃ち抜かれた時のことを思い出した。あの時、スナイパー1人で狙撃してきたのだろうか?それとも、スポッターや他の人間もいた可能性はないのだろうか?それに、銃声は一発ではなく、連射して来た。それなら、敵は軍隊経験のあるテロリストだったのだろうか?
その考えを、今ここで話すつもりはない。頭を切り替えて、オレがスポッターとして役目を果たすための情報を尋ねた。
「それでは、オレは今回の作戦のために、どんな装備を整えれば良いと思いますか?」
「そうね、先ずはマシンガンが使えないと困るでしょう。それと、スナイプナビが必要でしょうね。」
どちらも使ったことが無い。というか、「スナイプナビ」に至っては、何なのかさっぱりわからん。
オレが戸惑っていると、シグルドリーヴァがフォローしてくれた。
「マクミラン隊長は自分で狙撃をするって言ったから、マシンガンはあまり使ったことが無いのかもね。だから、後で使い方を教えてあげるわ。でも、スナイプナビは恐らく、隊長自身も使っていると思うわよ。」
「でも、『スナイプナビ』はスナイパーじゃなくてスポッターが使うものじゃないんですか?」
「ワンオペで、スナイパーが『スナイプナビ』を使いながら狙撃することもあるらしいわ。」
「そうなんですか?」
彼女は頷くと、こう付け加えた。
「相当習熟していないとワンオペで使うのは難しいらしいけど、マクミラン隊長のレベルなら出来ると思うわよ。」
彼女が言い終わったところに、ようやくグリムリーパが帰ってきた。すると、ほぼ同時にマクミランも意識が戻った。偶然にしては出来過ぎのような気がしたが、まあ詮索しないことにしておこう。
マクミラン隊長は何事もなかったように、話を続けた。
「それでは、作戦を告げる。先ず、グリムリーパ。」
「ハッ。」
グリムリーパが敬礼している。あの陽キャの川辺のキャラクター、女ったらしのグリムリーパが、だ。シグルドリーヴァに平手打ちではるか遠くまで飛ばされて、少しは何かを感じたのか…。いや、川辺はゲームコンソールの向こう側で、新庄にコッテリ絞られていたのかも知れない。携帯端末間の通話か何かで。
マクミランがグリムリーパに指示した。
「貴様は、しばらくバサーニオの経営するレストランで働いて、奴の行動を探れ。」
「ハッ。」
マクミランは、今度はオレの方を向いて言った。
「ルーキー31号。」
「ハッ。」
オレも思わず敬礼してしまった。
「貴様は、スポッターをするために必要な装備だけでなく、知識と経験も足りない。だから、シグルドリーヴァから基本を学んでおくように。」
「ハッ。」
最後に、シグルドリーヴァの方を向いて言った。
「そんな訳だから、シグルドリーヴァは、今日はルーキー31号につき合え。明日は一緒に狙撃地点を探索するぞ。」
「ハッ。」
今度はシグルドリーヴァがマクミラン隊長に敬礼した。
マクミランから指示を受けると、グリムリーパは早々に消えた。使命を果たしに行ったのだろうか?ふと気づくとマクミランも消えて、シグルドリーヴァとオレだけが取り残された。
シグルドリーヴァは、マクミランの行方を気にも止めないようだ。彼女は表情も変えずに言った。
「それでは、早速マシンガンの使い方を教えてあげるわ。それに、さっきのマクミラン隊長の指示では、私がスナイプナビについても教えてあげないといけないらしいわ。でも、スナイプナビは自信ないのよねえ。まあ、いいわ。ついて来なさい。」
オレはシグルドリーヴァに敬礼すると、彼女の後を追いかけた。




