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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第3章 メメントモリ
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3.25. 新庄の提案

 やがて、木田が頭を掻きながら、オレと川辺の間に割り込んできた。

「桜井が新庄にちょっかい掛けようとしているという話は面白そうだけど、残念ながらそういうことじゃ無さそうだぜ。」

「それじゃ、なんで桜井はほとんど直接付き合いの無かった新庄を、1人だけ呼び出したんだ?」

「それは、本人にちゃんと説明させれば良いだろう?」

 川辺の強い視線がオレに刺さった。他の連中も、相変わらずおれを注視している。だが、ようやく静かになった。話を始めるのは、今だ。

「木田と高木さんは知っていることだけど、現実世界のオレとムーコが襲われた。」


 一同に緊張が走った。


 AM世界ではそれぞれ独立した身体と人格があるが、それは量子コンピュータにコピーされたオレの意識体の夢の中の存在だ。だから、現実世界の影響を間接的に受けることになるし、そのことを皆知っている。

 オレは話を続けた。

「現実世界のオレとムーコは誘拐されそうになったけど、それはなんとか阻止できたんだ。だけど、犯人は銃を使って反撃してきた。オレは銃を使った戦い方を全然知らないから、恐怖を感じた。今後もこんな事態が起こらないとは限らないから、銃を使った戦い方を知っておきたい。」

 オレは新庄を指差して、言った。

「だから、新庄に教えてもらおうと思って呼び出したんだ。他にこんなことを訊ける奴はいないからな。」

 新庄は狼狽えて答えた。

「えっ、私は銃なんて使ったことないよ。」

「でも、銃で戦うゲームについては詳しいだろう?」

「もちろん。」

「前に、新庄に八極拳と新陰流の先生を教えてもらったじゃないか?お陰で、すごく助かってる。だから今回も、と思ったんだけど?」 

 新庄は少しホッとした表情になった…ような気がする。何しろコイツはあまり表情が変化しないので、分かりにくいのだ。

「そんなことで良いの?1人でここに来たら…桜井君に襲われるかと思った。」

 そんなことを言いながら、でも表情には出ない。

「何故そうなる?オレが新庄を襲う理由がわからん。」

オレはため息をつきながらそう答えると、新庄を軽く睨みつけた。

 でも新庄は気にしない。

「わかった。」

と宣った。だけど、コイツに何がわかったんだろう?

 オレがまだモヤモヤした気持ちでいることを、気にしている素振りもなく、新庄はマイペースで話を続けた。

「そういうことなら『ウォーインザダークシティ』が良いと思う。街中での特殊部隊やスパイの戦いをシミュレートしたゲーム。銃の使い方がリアルらしい。八極拳と新陰流を会得した桜井君なら、ゲートを使って『ウォーインザダークシティ』に転移して経験を積めば、きっと良い戦士になれる。」

 ゲームへ転移すると、リアルタイムでしか経験が積めない。すなわち、「劉老師の世界」や「上泉先生の世界」で20万倍速にして、リアルでは「瞬間」と言って良いほどの短時間で、実質何年もの修行をすることは不可能だ。

 だけど、今のオレには他にやることが無い。仕方がない。しばらく、新庄に「ウォーインザダークシティ」を案内してもらうか。

 だから、新庄にはこう答えた。

「わかった。それなら『ウォーインザダークシティ』を案内してもらおうか?」

 すると、新庄も乗ってきた。

「仕方ない。桜井君は初心者だから、1人でゲートで転移するとすぐ死んでしまう。」

「それなら、すぐ始めるか?」

「わかった。」

 しかし、話はそれで終わらなかった。川辺だ。何故か睨んできた。そして、吠えるように言った。

「俺も付き合うぞ。」

コイツも「ウォーインザダークシティ」のアカウントを持っているのか?川辺はリア充志向で、ゲームの話なんてしたことないのだが。それとも、さっきからの川辺の反応…もしかすると新庄に気があるのか?

 さらに、他にも参加表明があった。

「それじゃ、私も。」

「えっ?」

声の主を振り返ると、そこにいたのは小鳥遊だった。

 そう言えば、小鳥遊はオタクでは無いけど、かなりのヘビーゲーマーだと聞いたことがあった。小鳥遊も「ウォーインザダークシティ」にハマっているのなら、一緒に来てくれると心強い。


 その後は、作戦会議だ。


 オレが銃を使った戦い方を学ぶための「ウォーインザダークシティ」へのアクセスだ。当然オレ自身は、ゲートを使って転移し、この世界での戦い方を体感して理解し、習得しなければならない。

 そのために、皆でパーティーを組むのだ。そして、ゲーム内で新庄と小鳥遊から戦い方の基本を教わりつつ経験を積む。

 それを実現するためにどうしたら良いのか?前回ムーコとの合流に失敗した時のことを思い返した。まずはキャラクターネームだ。ムーコとも確認しあったように、互いのキャラクターネームが分からないと、合流のしようがない。それと、合流地点をしっかり定めた方が良いだろう。


 そこで、新庄と小鳥遊に尋ねた。

「2人のキャラクターネームを教えてくれないか?」

すると、新庄は「マクミラン」、小鳥遊は「シグルドリーヴァ」とのことだった。やはり、見込んだ通り、小鳥遊もこのゲームの経験者だ。それにしても、どちらも変わった名前だ。

 後は、オレと川辺だ。川辺も「ウォーインザダークシティ」にログインしたことは無いらしい。

 とりあえず、オレは「ルーキー31号」を名乗ることにした。「ルーキー」はこのゲームでのオレの立場そのものだが、「31号」は適当だ。

 川辺は「グリムリーパ」を名乗るそうだ。「グリムリーパ」とはいわゆる大鎌を持った骸骨のキャラクター、いわゆる「死神」のことだ。ゲーム経験があまり無い川辺のことだ。名前負けしなきゃ良いのだが…。


 次に合流地点だ。これも、経験者に尋ねる必要がある。

「初めてログインして、分かりやすくて確実に集合できる場所はない?」

と新庄に聞くと、

「初めてログインすると、ダークシティ中央にある公園内の噴水前に出現する。公園内は安全地帯に設定されているから、私たちもそこへ合流する。」

と答えた。


 その他、パーティーの隊長を決めておくべきだろう。

「隊長は新庄ってことで良いかな?」

オレが川辺と小鳥遊に声をかけると、

「もちろん!」

と川辺は答え、小鳥遊は頷いた。


 サーバー上で動作する「リアライズエンジン(改)」に接続出来るヘッドセットは、この研究室内にいくつも転がっている。だけど、AM世界の住人にこれを使わせて問題無いのか?ムーコの意識がまだ回復しない以上、まだ不安が拭えない。

 そこで、オレはゲートを使って「ウォーインザダークシティ」に意識を転移させるが、他の連中には普通のインターフェースでログインしてもらうことにした。


 しばらくAM世界を留守するが、この世界のムーコと現実世界のオレから連絡が気になる。現実世界のオレからの連絡は「ウォーインザダークシティ」内へも転送できるようにしておくとしても、この世界のムーコに変化があっても分からない。

 ふと、高木さんと木田の姿が視界に入った。そこで、木田に向かって言った。

「ムーコのこと、よろしく頼むよ。何かあったら、連絡して欲しい。」

「いいぜ。」

と木田。

「いいわよ。ちゃんと楽しんでくると良いわ。」

と高木さんも言ってくれた。


 そうか、楽しもう。ゲームをしたり、世界を創ってそこに転移するのは、元々オレ自身が楽しむためだった。高木さんに言われるまで、そのことをすっかり忘れていた。「ウォーインザダークシティ」を、しっかり満喫しよう。


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